この快挙は、単なる若き才能の爆発ではない。数年にわたり女王・早田ひな(日本生命)の後塵を拝し続けた屈辱、そして日本人最多クラスの国際大会出場による「経験の蓄積」「思考の進化」がもたらした、必然の結末といえる。

分離開催と移動、過酷を極めた「25連勝」の軌跡

 今回の全日本選手権は、会場が二箇所に分散して開催された。1月19日から25日までは東京体育館で「一般・ジュニアの部」が行われ、その翌週の1月29日から2月1日までは愛知県のスカイホール豊田で「ダブルスの部」が開催されるという変則的なスケジュールだった。

 張本美和はこの2週間で、合計25試合を戦い抜き、そのすべてで勝利を収めた。東京での1週目にジュニア女子で6試合、女子シングルスで6試合の計12連勝。続く愛知での2週目に混合ダブルスで6試合、女子ダブルスで7試合の計13連勝。合計25連勝という数字は、卓球という極めて集中力の消耗、頭脳の疲労が激しい競技において、驚異的な記録といえる。

休息なき連戦、表彰式から30分後のコートへ

 特筆すべきは、物理的な限界に挑むような過酷なタイムスケジュールである。東京体育館でもスカイホール豊田でも、ジュニアと一般、あるいは複数のダブルス種目が重なる日程において、1日に4試合から5試合をこなす日がそれぞれ2日間ずつあった。

 特に、四冠への執念が試されたのが「試合間のインターバル」のなさだ。種目の枠を超えて勝ち進む張本美和にとって、一息つく時間は皆無に等しかった。ジュニアシングルスの表彰式を終えた直後、満足なクールダウンも次の試合への練習もできないまま、わずか30分後には一般女子シングルスのコートに立たなければならない局面もあった。

 通常、トップレベルの試合では、一戦ごとに心拍数を整え、対戦相手に合わせた戦術的な再確認を行う時間を要する。しかし張本美和は、セレモニーという公の場での緊張感から、即座に「勝負師」の顔へとスイッチを切り替えなければならなかった。この過酷な状況下においても、一度も集中力を切らさず、体力的な衰えも見せなかったタフネスは、現在の日本卓球界において張本美和だけが持つ特異な資質である。

宿敵・早田ひなという壁を越えた「戦術」と「心理」の変容

 張本美和にとって、この25連勝の中で最大の山場は一般女子シングルス決勝の早田戦だった。二人の全日本における歩みは、2023年の準々決勝から始まった。当時14歳の張本美和は女王に挑み1-4で敗退。その後、2024年、2025年と2年連続で決勝の舞台で相見えたがいずれも敗れ、2025年夏のWTT横浜でも、あらゆる手段を講じて勝利を掴み取る女王の執念と、その老獪な戦術の前に屈してきた。その存在は、張本美和にとって単なるライバルを超え、自身の現在地を厳格に突きつける絶対的な基準点であり続けたのである。

 今回、張本美和が見せた戦術的な進化は「球質の変化」と「緩急の使い分け」にある。これまでの張本美和は、持ち前の高速両ハンドによる打ち合いで勝負を挑んでいたが、早田のような百戦錬磨のプレーヤーにはそのリズムを逆手に取られる場面が多かった。しかし今大会では、あえて打点を遅らせた回転重視のドライブや、コースを突くブロック、さらには早田のミドルを執拗に攻めることで、相手の得意なフルスイングを封じ込めた。

 心理面での変容も著しい。以前の張本美和は「負けたくない」という思いが強く、接戦でミスが出ると表情に焦りが見える場面もあった。しかし、今大会の彼女が繰り返していたのは「悔いが残らない試合をする」という言葉だ。これは結果への固執を捨て、目の前の一球に対するプロセスに集中することを意味する。

 その真価は、決勝の第6ゲームで試された。ゲームカウント3-2とリードした張本美和は、第6ゲームでも10-6と4つのチャンピオンシップポイントを握った。しかし、ここから早田の驚異的な粘りに遭い、6連続ポイントを許して逆転でこのゲームを落とす。かつての張本美和であれば、精神的なダメージから崩れてもおかしくない、まさに「負けのシナリオ」が頭をよぎる窮地だった。だが、最終第7ゲームのコートに立った彼女に動揺はなかった。立ち上がりから迷いのない攻撃を貫き、最後はロングサービスからのバックハンドで仕留めた。一度は逃した流れを即座に引き戻す強靭な切り替えの速さは、世界各地で修羅場をくぐり抜けてきた経験の産物といえる。

史上初の四冠、その難易度と意義

 全日本での四冠は、技術や戦術の優秀さだけではなく、2週間にわたる長丁場を戦い抜くフィジカルと精神のタフネスが不可欠な極めて困難な挑戦である。ジュニア4連覇という石川佳純以来の快挙を成し遂げつつ、混合ダブルスでは松島輝空(木下グループ)と、女子ダブルスでは長﨑美柚(木下アビエル神奈川)と組み、それぞれの役割を完遂した。

 一戦ごとにパートナーが入れ替わり、求められるリズムが激変する中で、その全てを勝ち切る。このマルチな対応力こそが、現在の日本卓球界において張本美和が突出している証左といえる。 事実、松島輝空と組んだ混合ダブルスでは、前週のシングルス戦との兼ね合いから事前の調整時間がほぼ皆無という過酷な状況だった。初戦は現地でのわずか数時間の練習のみで臨んだため、呼吸が合わずに苦戦を強いられる場面も目立った。しかし、翌日には別人のような連係を見せ、試合運びを完全に支配。全日本王者同士だからこそ成し得た、驚異的な修正能力と適応力であった。

 特に大会最終日、混合ダブルス決勝のわずか後に行われた女子ダブルス決勝において、平野美宇(木下グループ)/木原美悠(トップおとめピンポンズ名古屋)という世界トップレベルのペアをストレートで下した集中力は、もはや「若手」という枠組みでは括れない凄みを感じさせた。

四冠すべてのメダルと張本美和

加速する市場価値と次なるステージ

 今回の歴史的快挙により、張本美和の市場価値は決定的なものとなった。17歳にして国内の主要タイトルをすべて手中に収めたという事実は、メディアの報道量をみてもスポーツ界を代表するアイコンとしての地位を確立した。

 現在、兄の張本智和と共に日本卓球界を牽引する存在であるが、今回の四冠によって「張本美和」という個人のブランドはさらに強固なものとなる。すでに所属する木下グループに加え、今後は世界を舞台に戦うナショナルアイコンとして、さらに規模の大きなナショナルクライアントからのスポンサーシップが加速することは間違いないだろう。実力、若さ、そして過酷な日程を笑って乗り切る精神力を兼ね備えた彼女は、企業側にとっても理想的なパートナーとなるはずだ。

 しかし、当の張本美和にとって、この四冠はゴールではない。女王・早田を乗り越え、国内最強を証明した今、彼女の視線は世界ランキング1位、そして2028年ロサンゼルス五輪での金メダルへと向いている。

 2週間で25の白星を積み上げたその足跡は、彼女がこれから世界に刻んでいく巨大な記録の、ほんの序章に過ぎない。早田という「壁」を、自らの「糧」へと変えた17歳。張本美和が作る新しい時代は、今、始まったばかりだ。


VictorySportsNews編集部

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