祝!2026年春季リーグ戦開幕

 2026年4月11日。春季リーグ戦の開幕を告げるオープニングゲームは東京大学と明治大学の対戦となった。先発した東大エース・松本慎之介投手は6回途中(5回1/3)8安打されるも失点・自責ともに2で試合を作る。結果は2―3で惜敗もエースの好投と終盤に見せた打線の粘りに次戦への期待は膨らんだ。しかし、翌日の明治との二回戦以降、相手の喉元深くまで攻め込むも、なかなか勝利を掴めない。明治に0勝2敗(2―3、0―12)、早稲田に0勝2敗1分(0―5、2―2、4―7)、慶應義塾に0勝2敗(1―3、0ー9)第4週を終えて0勝6敗1分。勝ち点なしで最下位に沈む。手を伸ばせば届きそうな白星がするりと逃げていく現実にもどかしさを覚えながら勝利への渇望だけが募っていく。シーズンは終盤へと差し掛かった。

勝利、そして勝ち点奪取へ

 2026年5月9日。リーグ戦第5週。東京大学は法政大学とのシリーズに臨んだ。この日。明治神宮野球場の上空は澄み渡っていた。午後1時37分、試合の幕が上がる。東大の先発は松本慎之介投手。ここまで4試合に登板(4先発)で0勝1敗、防御率2.91、クオリティースタート(QS)は2と安定した投球を継続している。その立ち上がり。今季5試合でチーム打率.313、チーム本塁打4、総得点39(1試合平均7.8得点)二桁安打4度を誇る強打の法政打線を三者凡退に仕留め波に乗る。一方、法政の先発は助川太志投手。初回に2死一、三塁のピンチを背負うも後続を断ち無失点で切り抜ける。先手を取ったのは法政。6回裏。2死一塁から土肥憲将選手のライトへの3ベースヒットで均衡を破る。これまでなら嵩にかかって攻めたてるのが法政のパターン。だがこのタイミングで三塁ダグアウトを出た大久保裕監督がゆっくりとマウンドに歩を進める。一呼吸間を取って次打者と対峙した松本投手は三振に打ち取りピンチ脱出。ベンチ、グラウンドが一体となって相手の勢いを防いだ瞬間だった。そして。7回表。この日、5番に起用された明石健捕手が右翼スタンドに値千金の1号同点本塁打をかっ飛ばす。その後2死一塁から8番・樋口航介選手が右中間突破の二塁打を放つ。一塁から一気に小村旺輔選手が本塁を狙う。ライトからの好返球でクロスプレーとなり判定はアウト。際どいジャッジにベンチを飛び出した大久保監督。リクエストが要求されビデオ検証の結果、セーフに覆る。逆転!リードを奪われた法政も7回裏に2安打で1死一、二塁と食い下がる。が2番の金谷竜汰選手が併殺打に倒れ流れを引き戻せない。迎えた9回裏。マウンドには松本投手が仁王立ち。この回もリクエストの成功があり結果的に三人で退けてゲームセット。ついに東京大学が2026年春季リーグ戦で初勝利を掴み取った。

力投する東京大学・松本慎之介投手

 試合後。大久保監督は記者団の前で「今日は松本がうまく相手を抑えてくれた」とエースを労った。「7回で100球越えたあたりでどうしようかと思ったが、本人から“行きます!”と言われたので続投を決めました。相手も松本に合ってなかったので」と完投勝利の舞台裏を明かしてくれた。一方、主役の松本慎之介投手は「法政は打線が強力で良い左バッターがいるので左に対してはインコースにストレート、アウトコースに変化球という組み立てでいきました。特にスライダーはスピードを変えて投げました」と冷静な分析を交えてゲームを振り返った。完投を意識したのは8回くらいだったと語り、126球の熱投について「いつも6回くらいでここ(の球数)に到達して長いイニング投げられなかった。完投出来て良かったです。人生初の完投勝利なんでメチャクチャ嬉しいです!」と実感が湧いてきたのか喜びで表情が緩んだ。松本投手が大事にしている先輩からの金言がある。2017年秋。奇しくも同じ法政相手に連勝で勝ち点を奪った時のエース左腕・宮台康平さん(元北海道日本ハムー東京ヤクルト)から、「東大の投手は自分のせいではない負け方をすることがあるけど、そんな時、心の拠り所になるのは練習だよ」と言われたエピソードを披露した。その言葉を胸に日々グラウンドに立ち、たとえ厳しい局面になろうともチームの勝利の為に腕を振っている。126球9回完投したエースの力投、その気迫に応えた女房役の一発、冷静沈着なベンチワーク、2度のリクエスト成功。どれ一つ欠けてもたどり着けなかった今季初勝利。難敵・法政大学を撃破できたのは東京大学が持てる力の全てを注ぎ込んだ総合力で相手を上回った結果だったと、筆者は感じた。

左から明石健捕手、松本慎之介投手、樋口航介選手。試合後の取材に笑顔で答える

 翌5月10日の二回戦は、前日とは打って変わって打撃戦となった。序盤から点の取り合いとなったゲームは3―1と法政リードで迎えた3回裏、この日、1番に起用された長谷川優選手が無死一塁の場面で法政先発・菅井颯投手の外角高めストレートを捉え左翼へ同点の1号2ランを放ち試合を振出しに戻す。左打者の長谷川選手が逆方向、スタンドまで運ぶパワフルな打撃でチームに勢いを呼び込んだ。続く4回に秋元諒選手の2点タイムリー2ベースで勝ち越すと5回、7回にも追加点を奪い主導権を握る。試合は5人の投手リレーで相手の反撃を凌ぎ、最終回、池田剛志投手が3人で締めてゲームセット。東大13安打8得点、法政11安打5得点。強打の法政に8―5で打ち勝つ。前日に続き連勝で2017年秋以来、9年ぶりの勝ち点をもぎ取った。試合後、大久保裕監督は「9年かかってしまいました」と少しはにかみながら勝利の余韻を噛締めていた。「去年までは1つ勝ってもなかなか(次が)取れなかった。今年は勝ち点を(取る)、春は難しいので秋に勝ち点を取るために、春に何としても1勝をと考えていました。(勝ち点が取れて)目標を達成できて安心しています」淡青のユニフォーム、その背番号30を背負う重圧から束の間解放された安堵の表情が印象に残った。

前日の一回戦に続き連勝で東大勝ち点1。スコアボーの文字がピンクなのはこの日が母の日だったため

 さて。9年ぶりに勝ち点1を挙げた東京大学。活躍したヒーローは枚挙に暇がない。その中で、敢えてMVPを一人挙げるとすると、やはり明石健捕手になるのではないだろうか。対法政2試合で8打数4安打1打点1本塁打 三塁打1本 打率.500 出塁率.556 長打率1.125 OPS:1.681と打ちまくり、扇の要としても巧みなリードで松本慎之介投手をはじめ個性豊かな投手陣の持ち味を引き出した。試合後の取材に開口一番「いやぁ、めっちゃ気持ちいいっすね!」と一言。満面の笑顔が成し遂げた事の大きさを物語っていた。「東大野球部のファンは六大学で一番じゃないかと思うくらいの熱量だと思います」スタンドで9年ぶりの歓喜をともに分かち合った応援団、ファンへの感謝の気持ちが言葉になる。「今日は松本じゃなかったんで、(投手陣が)最少失点で抑えて打線がどれだけ頑張れるかがポイントだと思っていた」(みんなバントを振り切っていた?)「冬から体重を増やすプロジェクトに取り組み、自分も去年秋の73kgから79kgまで増えました。その分、相手の速球に力負けする事がなくなって打球も飛ぶようになりました」特にこの試合に顕著に表れた各打者の速球への対応、しっかり芯で捉えた鋭い打球が飛んでいたのは選手個々が継続し取り組んできた肉体改造によるパワーアップが実を結んだ証左であった。日々の目標を設定し、地道に取り組んだ成果が春の勝ち点1につながった。(次に目指すのは)記者からの質問に指揮官は、「もうひとつ取って最下位脱出を目指したい」と静かに前を見据えた。ここまで56季連続最下位。順位をひとつでも上げてシーズンを終えられるか?東大にとって春の最終カード、その対戦相手立教大学が最終順位決定のキャスティングボードを握っていた。

立ちはだかる立教大学の壁

 第7週、迎えた東京大学の大一番。対立教一回戦に10,000人、二回戦に9,000人の観衆が歴史の証人となるべく神宮球場に集った。だが、“歴史”は動かなかった。0―13、3-8。連敗で春季全日程を終える。二回戦、最後の打者・長谷川優選手が三振に倒れた瞬間、東京大学の57季連続最下位が確定した。奇しくも45年前。東大が明治との一騎打ちに挑む、その挑戦権を得るために倒さなければならなかったのが立教。この時も1勝2敗1分で縦縞のユニフォームが立ちはだかった。浅からぬ因縁だな、筆者は一人そう呟かずにはいられなかった。

 最終カードはスコアだけを見れば完敗だった。しかし、立教大学の木村泰雄監督は試合後、筆者の“東大の印象は?”との質問にこう答えてくれた。「ずっと最後まで気が抜けない。ピッチャーもそうですしバッティングも力強い。今日も最後食いつかれましたし、本当に気の抜けない、良いチームだと思います」ベンチで対峙した指揮官は明らかに相手の“圧”を感じていた。ただ立教との2試合に今後、東大がクリアすべき課題が詰まっていた、という言い方もできる。まず挙げられるのが変化球への対応。初戦は田中優飛投手のカーブ(12 to 6の軌道)、二回戦は道本想投手のスライダー、フォークに苦しんだ。法政との対戦ではストレートに強さを発揮し効率よく得点した赤門軍団が、対立教2試合で放った安打は僅かに8本。試合後、大久保裕監督は「変化球を混ぜられると脆いところがある。変化球を頭に入れておいて真っ直ぐが来るととらえきれない」課題の一つは真っ直ぐを待ちながら変化球にも対応すること。そして芯で捉える再現性を高める事。課題の二つ目は松本慎之介投手に次ぐ2番手投手の育成。監督は「松本は今シーズン、しっかりエースの役割を果たしてくれた。次にもう一人、二人、5回くらいまで試合を作れるピッチャーが出てきて欲しい」と秋に向け、投手力の底上げに言及した。そして課題の三つめは守備力の強化。「もともとウチは二遊間中心に守りからって形でやってきている」春はチームの失策数が8個とやや多め、大事なところで出てしまったのが悔やまれる。だが、明石健捕手、秋元諒二塁手、樋口航介遊撃手。他大学に勝るとも劣らない鉄壁のセンターラインを敷く布陣。要がしっかりしているので守備力の整備は早晩、完了できるのではないか?赤門旋風2026の発動は秋季リーグ戦までの約3ヶ月間で、この三つの課題をどれだけクリアできるのかにかかっている。

 シーズンを戦い終えた東大主将・堀部康平内野手は、「エース松本が投げる試合はもう少し付加価値をつけたい。しっかり点を取って確実に勝つ。走塁の意識を高める。先輩方がやってきた事の継続。少ないチャンスでいかに点を取るか?そこに拘って更にレベルを上げていこうと話している。(今季から採用となったDH制については)9人だけの力だと東大の戦力としては少し厳しい。ベンチ入り25人、そしてベンチ外の部員も含めて一芸に秀でた選手を適材適所に起用していくことで勝機が見えてくる」とシーズンを振り返り、「このチームが始まった時、春は全敗だとなかなか勝ち点は取れない。何とか春1勝して秋に勝ち点を取ろうと話してきた。今季勝ち点が取れて結果が出たので、しっかり高い目標を掲げて秋はどこに照準を合わせていくか、チーム全体で共有し、またもう一回リスタートしてやっていきたい」と秋に更なる成果を求めレベルアップを目指す決意を改めて示してくれた。

兆し

 春季リーグ戦で芽吹いた若き力もポジション奪取のために奮闘を誓うだろう。その中で筆者が注目したのが投手では小山喜弘投手(2年)、野手では長谷川優外野手(2年)。両選手とも今春リーグ戦デビューを果たした新戦力。小山投手は左投げで得意なボールはスライダー。一見カーブにも見える軌道で打者はタイミングが合わせにくい。少し昔の話で恐縮だが、加藤博人投手(ヤクルトー大阪近鉄)を連想させるサウスポー。春は長いイニングになるとまだ厳しい面もあったが、2イニングくらいならばしっかり抑えていた印象。ポイントになる場面で相手打線を止めてくれれば、流れを呼び込む一手となりうる。課題はスタミナ、という事か?長谷川選手は何といってもパワフルな打撃。法政戦で見せた逆方向への一発は強烈なインパクトを残した。春は10試合の出場で22打数5安打 1本塁打 2打点 打率.227 OPS:.655(筆者調べ)序盤は打率1割台と苦しんだが徐々に数字を上げあの劇弾へとつながった。外野の一角を担う存在になれば、チームとして得点力アップが見えてくる。

前列左から長谷川優選手、小山喜弘投手、後列左から秋元諒選手、明石健捕手、大久保裕監督、池田剛志投手。法政二回戦後、笑顔で記念撮影に応じる

 期待に応えられた選手、そうでなかった選手と明暗が分かれる結果となった春季リーグ戦。筆者がこの企画を始めるきっかけとなった松本慎之介投手はエースとして奮闘、9年ぶりの勝ち点奪取に大きな力となり、計算できる投手へと成長した。6試合登板(6先発)1勝2敗 防御率:3.12 34回2/3 失14 自12 被本塁打3 三振23(奪三振率5.97) 四球17(与四球率4.41) K/BB:1.35 WHIP:1.38

 野手では扇の要として投手陣を支えた明石健捕手、勝負強い打撃でもチームを牽引した。秋元諒二塁手、樋口航介遊撃手の鉄壁の二遊間、全試合中軸に座り出場11試合中8試合で安打をマーク、マルチヒットゲームも5試合を数えた荒井慶斗外野手。間もなく訪れる暑い夏。炎熱のグラウンドで春を越えるため自らを追い込む彼らの姿が想起される。新戦力とレギュラークラスが切磋琢磨の夏を過ごしたら、果たしてどんな化学反応が見られるのか?あの赤門旋風を越えるようなビッグバンが起これば、開場100年を迎えた明治神宮野球場にとんでもない?ドラマが生まれる(筈)。そう考えると、“嵐を巻き起こす秋”その兆しは、微かにだが確実に見え始めている。今年のチームスローガンは“勝撃” 神宮球場で勝って世間に衝撃を与える事を目指す。春の勝ち点1で強烈なインパクトは残せた。だがこれはあくまで通過点。赤門軍団の挑戦は続く。


渡邉直樹

著者プロフィール 渡邉直樹

1967年4月8日生まれ 東京都出身  1993年7月:全国高等学校野球選手権西東京大会にて”初鳴き”(CATV) /1997年1月:琉球朝日放送勤務(報道制作局アナウンサー)スポーツ中継、ニュース担当 /琉球朝日放送退社後、フリーランスとして活動中 /スポーツ実況:全国高等学校野球選手権・東西東京大会、MLB(スカパー!、ABEMA) /他:格闘技、ボートレース、花火大会等実況経験あり /MLB現地取材経験(SEA、TOR、SF、BAL、PIT、NYY、BOS他)