大の里についての心配と期待

 本来は賜杯レースを引っ張る存在の横綱だが、優勝は昨年秋場所の大の里を最後に遠ざかっている。5月の夏場所は豊昇龍が右太もも裏痛で途中休場し、左肩痛の大の里は全休。特に昨年11月の九州場所で左肩を脱臼した大の里は2場所連続休場中で、回復具合が気になる。番付発表後、角界内からは不安の声も上がった。7月4日の熱田神宮奉納土俵入り。光景を映像などで見た日本相撲協会幹部はこう評した。「体の張りがいまひとつだし、所作でぶれたりしてちょっと心配だ」。初日まで時間がある時期ではあったが、懸念を口にした。横綱にはいくら休場しても番付が落ちない特権がある。ならば、しっかりとけがが治るまで思い切って休むのも選択肢の一つだが、大の里は負傷した翌場所の今年初場所にフル出場して10勝5敗。その次の春場所で初日から3連敗した後に途中休場と、流れの悪さは否めない。

 26歳と若い。長く最高位に君臨するためには、さらに進化することが期待される。これまではとかく192センチ、189キロの恵まれた体格を生かした取り口で白星を重ねてきた。右差しからの寄りや突き、押し。細かい技術を使わなくても圧倒する馬力があった。しかし当然、相手も対策を講じてくる。ある横綱経験者はこう指摘した。「四つに組んで巻き替えたり、まわしを引いたりとか、長い相撲があまりない。番付を上げていくときにそういう相撲も見たかったけど、身に付かないうちに横綱になった。まだ十分な技術を持ち合わせていないので、出る力が戻ってこないとつらい」。

 場所前は二所ノ関一門連合稽古などで調整した大の里。「初日に向けていい状態で、また準備して頑張っていきたい」と意欲を語っていた。名古屋場所に出場する決断を下した場合、初日からいつも以上の重圧との闘いも待ち受ける。

負けなし旭富士の末恐ろしさ

 幕下に目を転じると、歴代記録を塗り替えようとする逸材がいる。東幕下11枚目で24歳の旭富士。周囲の証言を集めれば集めるほど、末恐ろしさが伝わってくる。初場所で序ノ口デビューして以来、負けがなく、夏場所まで本割で21連勝。序ノ口、序二段、三段目の各段で優勝を続けてきた。もし名古屋場所で7戦全勝すれば、佐久間山(のちの小結常幸龍)の持つ序ノ口からの連勝記録「27」を塗り替える。

 新弟子が通う相撲教習所を夏場所後に卒業したばかり。教習所に詰める現役指導員の力士による評価が、如実にすごさを物語る。「旭富士は別格でしたね」。体格としては187センチ、148キロと、特別に大きいというわけではない。しかし、この指導員が実際に相撲を取ってみると、腰の重さなどいわゆる〝相撲力〟が並外れていたという。「自分が得意の形になったので押していこうとしたのですが、旭富士は片手で上手を取って余裕の表情で残し、全く前へ出ることができませんでした」と述懐した。

 モンゴル出身で神奈川・旭丘高から入門。外国出身枠の関係で約4年半も伊勢ケ浜部屋で稽古を重ねながら、本場所の土俵に立てるタイミングを待った。その間、稽古で関取衆をしのぐほどに成長。厳しい修行の場である〝虎の穴〟で、じっくり養成されたとの見方ができる。ただ、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱照ノ富士)が「よく辛抱してくれた」と話していたように、本場所という目標が見えない時期を耐え抜いたのは称賛に値する。前出の指導員はこうも明かした。「ぶつかり稽古でかわいがられた後も、すぐに元気になるんです。教習所に通うようになってからも強くなっている印象ですね」。名古屋場所で全勝すれば、初土俵から所要5場所の速さで新十両昇進を手中に収めることにもなる。

41歳玉鷲が年老いていかない秘けつ

 十両では大ベテランが注目を浴びることが必至だ。関取最年長で41歳の玉鷲。幕内出場1497回、通算連続出場1793回の史上1位記録を保持し「角界の鉄人」と称される。西前頭13枚目の先場所、右脚痛の影響もあって2勝13敗と大負けした。今場所は2013年夏場所以来、実に13年ぶりとなる十両で土俵に上がる。

 最高位は関脇で、幕内優勝2度を誇る実力者。189センチ、179キロの体の張りは年齢を感じさせない。片男波部屋は所属力士が少ないが、一度に2人を相手にして相撲を取ったり、3人を前に立たせて当たりを磨いたりと、常識にとらわれない鍛錬法を取り入れ、結果につなげてきた。その若々しくて前向きなたたずまいは、土俵を離れての行動とも無縁ではないだろう。アクセサリーをはじめとする小物やお菓子をつくることなど、さまざまなことにチャレンジしてきた。最近では、昔のモンゴル帝国もストーリーに絡んでくるテレビアニメ「天幕のジャードゥーガル」で声優に挑んで話題を呼んだ。ユーチューブチャンネルで「最初は難しかったけど、だんだん慣れてきた。初めて経験してやっぱり楽しかった」と明るく未体験ゾーンの感想を語った。

 現状維持ではなく新たな分野へのトライ。この点で、多くの人々に感動を与えた元プロレスラー、故アントニオ猪木さんの言葉が思い出される。〝燃える闘魂〟と呼ばれた猪木さんは1998年4月、引退試合終了後にリング上で「この道を行けばどうなるものか」から始まる有名なスピーチを残した。その前ふりで次のようなメッセージを発した。「人は歩みを止めたときに、そして挑戦を諦めたときに年老いていくのだと思います」。いろいろなことに挑みながら若さを持続させるレジェンド。熱い魂を胸に秘め、午後4時より前の土俵に登場する姿にも、魅力がたくさん詰まっている。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事