日本語では「国内総生産」と訳されるGDP。一定期間内に国内で生み出された物やサービスの付加価値、いわば「儲け」の合計額を表す数字で、経済成長の度合いを測る指標とされている。一競技の国際大会でありながら、これだけ国の経済に大きな影響を及ぼすW杯。そこで気になるのが国の経済規模とチームの実力、つまり「サッカーと経済の強さには相関関係があるのか」という点だ。GDPの観点から、今大会の実例や研究データをもとに掘り下げてみる。
対照的な国による対戦だった決勝
今大会の決勝では、スペインが連覇を狙ったアルゼンチンを破って16年ぶり2度目のW杯制覇を果たした。FIFAランク2位(W杯開幕時点、以下同)のスペインは、GDPが1兆9038億2600万ドル(2025年IMF統計による名目GDP、以下同、約304兆6121億6000万円)で世界12位。近年、欧州トップクラスの実質GDP成長率(2026年の見通し2.6%)を誇り、いわば低迷するユーロ圏の中にあって、サッカーの勢い同様に目立った経済成長を見せている国といえる。
この結果を見ると、やはり経済の規模、勢いがサッカーにも影響しているように思えるかもしれない。確かに、今大会で3位となったイングランドのGDP(国単位として英国の数字を採用)は世界5位、3位決定戦で敗れたフランスも同7位と上位で、それぞれFIFAランクも4位、3位につけており、経済とサッカーの強豪国がベスト4に残っている。
ただ、準優勝のアルゼンチンはサッカーとGDPの相関関係を否定する典型的な例として大きすぎる存在感を見せる。アルゼンチンはインフレや通貨安で国内経済が低迷しており、GDPは6814億8500万ドル(約109兆376億円)で25位。1人当たりのGDP(名目、以下同)は1万4355ドル(約230万円)で75位と、FIFAランク1位につけ、常に大国であり続けるサッカーの状況と比較すると、大きな乖離がある。決勝ではGDPで3倍近い差があるスペインに敗れたが、前回大会の覇者は今大会でも世界屈指の実力国であることを示した。
実は、アルゼンチンは先進国から新興・途上国に逆進した世界唯一の国といわれており、かつては農牧業を中心に発展し、1人当たりのGDPで世界4位に位置する経済大国だった。しかし、政情不安や経済政策の混乱により、現在はその地位を失っている。ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者、サイモン・クズネッツ氏が残したとされる「世界には4種類の国がある。先進国、発展途上国、日本とアルゼンチンだ」との言葉が示すように、途上国から先進国に昇格した日本とともに特異な例としてしばしば挙げられるほどだ。一方で、サッカーでは1900年代初頭から強豪国として君臨。第1回のウルグアイ大会では準優勝し、イタリアのジェノアやナポリでも活躍したFWギジェルモ・スタービレというW杯初代得点王を輩出している。
実例や研究で見るサッカーとGDPの関係性
研究の分野でも、サッカーの強さとGDPの関係はテーマになっている。スポーツビジネス、スポーツマネジメントなどに関する分野に実績があるスペイン・バルセロナ大学の研究論文によると、100カ国を超える国々を対象にFIFAランキングと1人当たりのGDPの相関関係を調査した結果、その相関係数は「-0.4355」という数字になったという。
この相関係数は「0」に近付くほど相関が薄くなることを示し、「-0.4355」という数値自体は、一般的に「相関が弱い~ほとんどない」と判断される。ただ、マクロ経済的には「無視できない強力な要因の一つ」として扱われ、同研究でもそのように説明されている。FIFAランキングは順位の数字が小さいほど強さを表すため、この負の数値は「豊かな国ほどサッカーが強い」という関係を意味し、GDPとサッカーの強さには一定の相関関係があることを示す。これは今回のW杯でベスト4のうち、3つの国がGDPでトップ12に入っていることからも納得できる結果といえるだろう。
ただ、同研究はここで終わらず、サッカーの文化としての定着度やインフラの充実度など国固有の事情を加味した変数を使って改めて計算すると相関係数は「-0.03」とゼロに近い水準まで下がることも明らかになっている。GDPの増加がすぐにサッカーの実力を押し上げる要因になるわけではなく、歴史や投資の成果が重要になるということは、さきのアルゼンチンの例にも明確に表れている。
では、ここからは今回のW杯の実例を、より細かく見ていきたい。まずは、ベスト8進出を果たしたノルウェー。1人当たりのGDPが9万4468ドル(約1511万円)で世界7位と、出場国の中でもトップクラスの「裕福な国」だが、W杯の代表チームは今大会の8強が過去最高成績だった。その中で、FWアーリング・ハーランドという突出したストライカーを擁して、ついにGDPに見合った成績を残した形に。出場国の中で11万5620ドル(約1850万円)と最も1人当たりのGDPが高いスイスは、準々決勝でアルゼンチンに敗れた。
逆に、W杯初出場だったアフリカ最西端の島国カボベルデは初出場でスペインとの初戦に引き分けるなどして決勝トーナメントに進出し、最後は延長戦の末アルゼンチンに惜敗したものの、強豪国と互角に渡り合った戦いぶりが大きな話題になった。カボベルデのGDPは30億8100万ドル(約4930億円)で世界169位、1人当たりのGDPは5995ドル(約95万9500円)で世界117位と経済規模では今大会出場国の中でも最小クラス。それでも、日本と同じ32強という結果を残してみせた。
2022年カタール大会でアフリカ勢初の準決勝進出を果たし、今大会でも準々決勝まで勝ち上がったモロッコは、近年の躍進ぶりが目立つチーム。FIFAランキングも7位と強豪国の一角を占めるまでになっているが、経済の豊かさの面では決して上位ではなく、1人当たりのGDPは世界126位の4842ドル(約77万5000円)にとどまる。
世界2位のGDPを誇る中国、同6位のインド、同9位のイタリア、同17位のインドネシアのように、経済的な指標でトップ20に入っていても、48チームに拡大したW杯の出場権を得られなかった国は少なからずある。ここからも、サッカーの強さとGDPに深い相関関係があるとは言い切れないのが現実だ。
サッカーと五輪に表れる明確な違い
興味深いのは、五輪との明確な違いだ。パリ五輪での金メダル獲得数のトップは米国と中国の40(それぞれメダル総獲得数は126、91で1位、2位)。3位は日本の20(同45)で、オーストラリア、フランス、オランダ、英国、韓国、イタリア、ドイツが続く。つまり、金メダルの獲得数トップ10はGDPでもトップ20に入る国が占めているのだ。GDPで世界6位ながら金メダルがゼロ、総メダル数でも6にとどまるインドは例外といえるが、1人当たりのGDPが世界148位であることからも分かるように、人口の多さから国民1人に対するスポーツ投資額が低く、スポーツ振興に積極的な政策を進めていないことが大きいとみられる。そうした特殊性を除けば、GDPとメダル獲得数には細かな計算が不要なほどに強い相関関係があることが分かる。
なぜサッカーと五輪では、こうも傾向が異なるのか。専用施設や環境が必要になる競技が多い五輪は、そもそも国家的に予算をつぎ込まないと競技人口を増やすことすら難しい種目が多い。日本は近年フェンシングで好成績を残しているが、これも強化費を有望選手や種目に集中させるなど明確な戦略があるからこそ。ボール一つで始められるサッカーとは入り口のハードルの高さが違い、組織的な強化策が不可欠なのが五輪競技。しかも、その種目が多岐にわたれば、より経済格差が生まれやすいといえるだろう。
また、サッカーの特殊な点として育成の場が「世界」であることが挙げられる。新興国の代表チームの多くは自国のリーグではなく、欧州の強豪クラブでキャリアを積んでいる選手が多い。国境を超えたスカウト網、欧州を中心としたグローバルな移籍市場が確立されているサッカー独自の仕組みが、母国の経済水準に依存しない選手の育成を可能にし、経済規模の小さい国にもスター選手が生まれる素地をもたらしている。先述のカボベルデのW杯メンバーには国内リーグ所属選手は1人もおらず、欧州のクラブに所属する選手が23人と大多数を占める。ポルトガルから独立した同国をルーツに持つ選手はサッカー界にも多く、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの祖母もカボベルデ出身。そうした自身のルーツがある国の代表チームを選ぶ有望選手を発掘する動きも、躍進の大きな要因となった。
サッカーが「国技」ともいえる南米勢に代表されるように、スポーツの中でもサッカーへの投資が集中している国は多く、これも「GDPの高さ=サッカーの強さ」とは限らないことを後押しする要素といえる。また、元日本代表MF本田圭佑は自身の公式YouTubeでのライブ配信で、世界と日本との差が縮まった理由として「ネットの普及」を挙げた。確かに、世界最高水準のプレーを手軽に見られる環境は、経済規模の小さな国が大国を負かす可能性をより高め、サッカーの強さとGDPとの相関関係をより薄めていく一因になるかもしれない。
W杯はテレビなどでの視聴者数、予選の参加国数、経済効果で五輪を上回る世界最大級のスポーツイベントであり、国際サッカー連盟(FIFA)の加盟国・地域数は国際オリンピック委員会(IOC)を上回ることからも、世界的な熱狂を生み出す稀有な競技であることが分かる。経済規模では推し量れない結果や、時に大どんでん返しが起こり得るところが、まさにサッカー、W杯の魅力の一つといえるだろう。
※参考文献:バルセロナ大学(ロベルト・ガスケス、ビセンテ・ロイエラ氏)の研究論文:Is Football an Indicator of Development at the International Level? (2014)