すでに山本由伸や大谷翔平といった超一流の投手陣を擁し、ワールドシリーズ2連覇を果たしている“王者”が、さらに球界トップの先発投手を迎え入れる。ファンやメディアからは「悪の帝国」「スポーツの機会均等を破壊している」といった批判の声も渦巻いている。
しかし、ビジネスの観点から見れば、この補強はドジャース、タイガース双方にとって極めて合理的であり、MLBという巨大ビジネスが機能している証左でもある。なぜドジャースは即戦力を買い続けられるのか。そしてなぜ、日本のNPBではこのようなトレードが起きないのだろうか。
レンタル補強の合理性と、両球団の「損して得取れ」
今回のトレードでドジャースが放出したのは、若手有力プロスペクト(有望株)3選手だ。スクーバルは今季終了後にフリーエージェント(FA)となり、超大型契約を結ぶことが確実視されている。わずか数か月間の保有権のために貴重な若手を放出することにはリスクが伴うが、世界一の「3連覇」という歴史的偉業を絶対目標に掲げるドジャースにとっては、勝ち筋を完璧にするための極めて合理的な投資といえる。 現在、ジャスティン・ロブレイスキーと山本が二桁勝利をしてローテーションを支えているとはいえ、本来シーズンを支えるはずだったブレイク・スネル、タイラー・グラスナウの左右の看板投手を怪我で欠き、リリーフ陣の負担が増えている中、首位をひた走るドジャースとしてもポストシーズンにむけての最大の補強になったことは間違いない。
一方のデトロイト・タイガース側の事情もまた合理的だ。今季のプレーオフ進出が危ぶまれる中、オフに巨額のFA争奪戦でスクーバルを引き留められないと判断すれば、トップチームのプロスペクトであり「将来の主軸候補」をトレードで得ておく方が得策だ。勝利を「今」買うドジャースと、「未来」に再投資に舵を切ったタイガース。
マーケット原理に基づいた極めて効率的なリソースの分配といえる。
なぜ日本のNPBでは「スクーバル級トレード」が起きないのか?
こうしたダイナミックなトレード市場を見るにつけ疑問に思うのは、「なぜ日本プロ野球(NPB)では、シーズン中にエース格が移籍するようなトレードが起きないのか」という点だ。
その背景には、日米における「文化の差」、「資本力の差」と「球団経営の哲学の違い」がある。
まず、プロスペクトの市場価値とマイナー組織の充実だ。MLBはルーキーリーグ、1Aから3Aと傘下に何層ものマイナー球団を保持し、選手層が分厚い。そのためドジャースのように、若い才能を投じて「いま欲しいピース」を買う資源が豊富なのである。一方、NPBは二軍(一部三軍)までに留まり、即戦力や超有望株を手放すトレードは「自チームの将来を切り捨てる行為」と捉えられやすい。
加えてFA権取得までの期間とビジネス構造の差もある。NPBのFA取得年数はMLBより長く、球団が選手を長期間コントロールできる一方でアメリカでは取得年数が大幅に短い。活躍した選手が高額年俸の交渉もしやすく、資本原理が動きやすいのがアメリカであり、日本はその逆だ。ただでさえアメリカに選手の流出が止まらない中、シーズン途中に主力を出してまで若手を得るインセンティブが働きにくい。
そして何より「ファン感情」と「情の文化」の側面だ。NPBでは自チームで育った生え抜きエースをシーズン途中で他球団に放出することに対する抵抗感が根強い。ドライにビジネスとしての資産(人)をマネジメントしきれない日本独自の文化も、流動性を下げている要因だ。
スクーバル獲得でドジャースの「3連覇」に死角はないのか?
スクーバルの加入により、ドジャースの先発ローテーションはMLB史上でも屈指の先発陣を誇ることになってしまった。短期決戦のポストシーズンにおいて、圧倒的なエースが複数揃っているアドバンテージは計り知れないことはここ数年MLBを見始めたかたもおわかりだろう。
だが、スポーツに「絶対」は存在しない。
最大の死角は、やはり「故障リスク」と「プレッシャー」だ。スクーバル自身も今シーズンはWBCの出場から怪我もあり、過去に肘の手術を経験しており、年間を通して過酷な登板が続くなかでの疲労蓄積は懸念材料だ。FA前なので無理もしないことが予想される。また、ドジャースという常勝を義務付けられたチームで、「勝って当然」という巨大なプレッシャーの中で本来のパフォーマンスを発揮できるかも見ものである。
勝利を「買う」ことは、スポーツの美徳を損なうのか?
ドジャースのあまりにも隙のない補強に対し、アメリカの一部のファンからは「お金でタイトルを買っている」「エンタメとしての面白みを奪っている」という批判の声も絶えない。
しかし、卓越したビジネスモデルを構築して潤沢な資金を生み出し、それを惜しみなく「勝利」と「ファンへの娯楽」に再投資するドジャースの姿勢は、プロスポーツビジネスとしての一つの完成形とも言えるのではないか。
富める者がさらに補強を重ね、勝利を掴みに行く絶対王者。そして、その巨大な壁を打ち破ろうとするライバルたちの挑戦。
スクーバルという最強のピースを得たドジャースの独走を、私たちはただ指をくわえて見るしかないのか。それとも、この「完璧なチーム」が破れるドラマも見えてしまうのが、メジャーリーグの新たな真骨頂となるのだろうか。今シーズンのホワイトソックスのように生え抜きや若い世代の選手が一つになって前年100敗の最下位チームからの脱却ストーリーもまた見ていて面白い。
この「超大型補強」を、スポーツの発展として歓迎するだろうか、それとも興行の衰退として憂うだろうか。