悔しさを吐露した過去
強豪の近大相撲部出身の朝乃山はスケールの大きな右四つを得意とし、2020年春場所後に大関へ昇進した。かつての横綱候補にとって、大の里との顔合わせは以前から熱望しており、待ちに待った取組だ。両者の経歴をたどると、まだ一度も本場所で対戦していないのが不思議なくらいだが、そこは土俵人生のあや。番付の上昇と降下が入れ替わるようにしてなされ、割が組まれることはなかった。
朝乃山は大関から転落した後、2023年夏場所で再入幕を果たして12勝した。翌名古屋場所では東前頭4枚目まで上昇したものの、さまざまな箇所を負傷して休場が頻発。東小結だった2024年夏場所では全休したが、この場所で幕内を初制覇したのが西小結大の里だった。そして朝乃山は次の名古屋場所で左膝に大けがを負い、途中休場して手術。2025年初場所までの長期休場を余儀なくされた。
その間、大の里は2024年秋場所で2度目の優勝を成し遂げ、場所後に大関昇進と番付を駆け上がった。朝乃山は同じ秋場所後の9月末、破竹の勢いだった大の里への意識を次のように明かした。「秋場所をずっと見ていましたが、大の里は強かったです。1年で2回も優勝して、初の〝ちょんまげ大関〟ですしね。何か悔しい思いもありますね。早く本場所で闘ってみたいです」。けがで戦列を離れている現状のもどかしさに、初土俵から2年未満で大銀杏も結えない若手の大関昇進。いろいろな気持ちが去来し、自身の大関復帰より出世で先を越された思いがにじみ出ていた。
不祥事や大けが克服からの到達
雌伏の時を経験しての大の里挑戦でもある。朝乃山が一気にブレークしたのが2019年夏場所。平幕優勝を果たし、トランプ米大統領から新設された米国大統領杯を授与されてスポットライトを浴びた。力士人生の歯車が狂い始めたのが大関時代の2021年5月。新型コロナウイルス禍で日本相撲協会の定めた対策ガイドラインに違反し、何度もキャバクラに通っていたことが発覚した。しかもその後の相撲協会の聞き取り調査に対し、当初は「事実無根」と潔白を主張。後になって虚偽の証言だったことが分かり、翌6月の協会理事会で6場所出場停止処分の厳罰が下された。
当然、番付は降下の一途で2022年名古屋場所で本場所へ復帰したときには西三段目22枚目まで落ちていた。復活後に2024年の左膝の手術などで再び三段目まで降下した。術後にリハビリを始める頃、苦しい胸の内をこう告白していた。「体重をかけると痛いのでまだ四股を踏めません。膝は大事なので、ここでしっかり治さないと、またやってしまえば相撲人生の危機になります。まずは散歩がいいと言われたので昨日も1時間くらい歩きました。東京スカイツリーの方まで行きましたが、誰も自分のことなんかには気づきませんよ」。自虐的な言葉を発した時期もあった。
それでも不祥事を反省し、三段目から再び地道な鍛錬を重ねたことは称賛に値する。昨年春場所で本場所に戻り、今年初場所では再入幕。先場所は東前頭6枚目で、幕内では3年ぶりの2桁勝利となる10勝を挙げ、状態が上向いていることを印象づけた。ようやくたどり着く大の里戦。以前「稽古でやったことがありますが強かったですね」と評していた東横綱に、自身二つ目の金星獲得も懸ける。
ドラマ連発の活気と経済学用語
受けて立つ大の里にとって朝乃山戦は一つの試金石。先場所の優勝インタビューで、こう語った。「レベルの高い優勝をしたいです」。1場所15日制が定着した1949年夏場所以降、優勝力士が13勝以上を挙げられない状態がここまで続く例はない。朝乃山は元大関とはいえ、平幕への取りこぼしはハイレベルな制覇を狙う上で痛手だ。右四つに組めば迫力ある引きつけ合いが予想される。圧力で上回る大の里の優位は動かないが、差し身の良さでは相手に一日の長がありそうで侮れない。前へ出る力を生かすために離れて取るか、組んで料理しようとするのか、内容も興味深い。
そんなドラマが毎場所のように起こり、今年も大相撲人気が目立った。かつて九州は集客に苦戦しがちだったが、今場所も入場券は完売した。土俵の充実は言うまでもないが、歴代担当部長を中心とした下支えも見逃せない。経済学などで用いられる言葉に「バンドワゴン効果」がある。多くの人が選んでいるとの理由で、その選択がより拡大して流行する現象を表す用語。相撲協会事務所の一部で意識された言葉だ。協会関係者は「今のファンの方々に10年後も来ていただける保証はありません。常に先を見据えることが大切」と人気拡大の現状にあぐらをかかない姿勢を説明。場所を開催する地元との結びつきなど、堅実な活動の継続も活気づけにつながっている。
主役の力士たちに視点を戻すと楽しみは盛りだくさん。気っぷのいい取り口で売り出し中の関脇藤ノ川、場所中に42歳になる再入幕の玉鷲、沖縄県出身初の三役に昇進した小結美ノ海ら枚挙にいとまがない。多彩な要因で盛り上がり必至の状況で、朝乃山と大の里の北陸対決は場所全体の流れにも影響を与えうる必見の一番となる。