文=生島淳

ヤンキース黒田の最後の登板内容が手に取るようにわかる

 職業柄、メジャーリーグの過去の試合について、調べることが頻繁にある。

 私の場合だと、黒田博樹投手について書くことが多い。具体的に調べた試合でいちばん多いのは、メジャーリーグの最後の登板になった2014年9月25日のヤンキース対オリオールズ戦だ。ちなみに、この試合はデレク・ジーターがヤンキー・スタジアムでプレーした最後の試合でもあり、名勝負として語り継がれていくことだろう。
 
 この試合を調べるにしても、どこを調べればいいか分かっているので、慌てることはない。アメリカの野球サイトは充実ぶりが強烈で、過去の試合について詳細な記録が残っている。

 たとえば、baseball-reference.comをクリックすると、黒田投手がメジャーリーグに渡ってからのすべての投球、何球目がストライクかボールかまで分かるようになっている。

 だから、ヤンキー・スタジアムでの最後の先発でも、初回にオリオールズの先頭打者マーケイキスに4球目を本塁打され、続く2番のデ・アーザにも同じく4球目をスタンドに運ばれ、いきなり2点を失ったことが分かる。そこから立ち直り、8回まで投げ勝ち投手の権利を持ったまま、マウンドを降りた。

 ところが、ヤンキースが5対2と3点リードした9回表、抑えのロバートソンが追いつかれてしまい、黒田の勝ちが消えてしまった。しかし9回裏にジーターがサヨナラヒットを放ったところまで、baseball-reference.comで詳細に試合結果を追体験が出来る。

 野球の記録に対する「リスペクト」が、このサイトだけでなく、あちこちで発見できる。これこそが、アメリカ野球の「奥深さ」だろう。

カープ黒田の登板内容を調べようにも……

©共同通信

 では、2015年に広島カープに帰ってきた黒田博樹の記録を調べてみようとすると――これがまったく資料が無いに等しい。

 日本プロ野球機構(NPB)のホームページに行ってみよう。2015年3月29日(日)、マツダ・スタジアムで行われたヤクルト戦が、黒田にとっての凱旋登板だった。

 3月29日のところには、スイスイ行ける。2対1で広島が勝ったことを示す部分をクリックすると――ほぼ一般紙と同じ内容だ。

 黒田は7回を投げ、打者26人に対して安打5、三振5、四球1、自責点は1。ひとりひとり、相手の打者とどんな対戦だったのかを知る術は残されていない。これでは、試合内容を想像することさえ出来ない。

 これではイカン……ということで「ググッて」みると、スポーツ紙のサイトや、速報で定評のあるサイトを探っても、「指定されたページは存在しません」などとメッセージが出てくる。探りようがないのだ。

 私が調べた限りでいちばん丁寧だったのがヤクルトの公式サイトで、ここでは打席ごとの結果が分かるので、試合の流れを想像しやすい。ただし、1球ごとのストライク、ボールを知ることは出来ない。

 日本プロ野球の記録保管は、アメリカに比べて「貧しい」のひと言に尽きる。
 
 野球は過去と現在がつながっているスポーツだ。他の競技に比べると、ルールの改正も少なく、選手の力量を比較しやすい。
 
 黒田だけでない。長嶋茂雄がいかに勝負強かったか、王貞治がどれほど敬遠されたのか、すぐにたどれる情報があれば、彼らの業績はより輝いて見えるのは間違いない。
 
 現状、NPBは過去の遺産に対するリスペクトが足りないのではないか――そう思わざるを得ない。

 予算がかかることは承知している。しかし、日本野球の財産を守るために、記録管理の整備は絶対に必要である。


生島淳

1967年、宮城県気仙沼生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。勤務のかたわら、取材・執筆活動に携わる。1999年に独立。NBAやMLBなど海外ものから、国内のラグビー、駅伝、野球など、オールジャンルでスポーツを追う。小林信彦とD・ハルバースタムを愛する米国大統領マニアにして、カーリングが趣味。最近は歌舞伎と講談に夢中。