2死満塁のピンチで、シモンズの打球は――
6対5と日本の1点リードで迎えた8回裏のオランダの攻撃だった。日本は大きなピンチを背負ってしまう。この回からマウンドに上がった日本の6番手・宮西尚生が、2つのヒットと四球を与えて1死満塁のピンチを招いたのだ。ここで日本ベンチは動き、7番手として増井浩俊をマウンドに送った。
ここでオランダの9番・オデュベルに対して、増井は初球のフォークがボールになったあと3球続けて渾身のストレートを投げ込み、見事に3球とも空振りを奪って三振に仕留めた。捕手の小林誠司はガッツポーズを見せ、スタンドは大歓声に沸く。これで2死満塁だ。
続いて打席には1番のシモンズを迎えた。しかし初球、2球目と外角低めに変化球が外れて、2ボールとなった。満塁でカウントが悪くなり、スタンドからは増井を応援する拍手が鳴り響く。「頑張れ!」の声援もたくさん飛んだ。そして次の3球目。小林は外角にミットを構えたが、増井が投げたストレートは内角高めの明らかなボール球。だがパチという音がしたあと、ボールは一塁側ベンチの方向へ転がっていった。
何が起きたのか。肘にでも当たったのか。当たっていればデッドボールで押し出しである。しかし当たったのはバットだった。シモンズの身体を通過したあとで、止めたバットのヘッドに当たってファウルとなったのだ。これでカウントは2ボール1ストライクとなった。
続く4球目、増井は148キロのストレートを真ん中高めに投げ込んだ。シモンズはこれを打ちにいったが、詰まってショートゴロとなる。坂本勇人が捕球し、二塁ベースに入った菊池涼介にトスしてホースアウト。日本は見事にこのピンチを脱したのである。
シモンズが見逃していたら、逆転負けしていた恐れも
©️共同通信 野球は格闘技などのような連勝が続くことはほとんどなく、実力差がとんでもなく離れていなければ劣っている側にも勝つチャンスが十分あるスポーツである。ということは他の競技と比べて偶然性の要素が占める割合が大きいスポーツといっていいのではないだろうか。それだけに野球の神様がどう微笑むかによって、結果が違ってくるのだ。
このシモンズの打席の3球目は、明らかにボール球だった。これをそのまま見逃されていたら、3ボールとなっていた。2死満塁でカウント3ボールだったら、増井は4球目に腕を振ってストレートを投げ込めていただろうか。
押し出しとなるだけにボール球は許されず、ストライクを取るために置きにいっていたかもしれない。もしくはオーストラリア戦での岡田俊哉のように、腕が振れなくなって自分のフォームを見失い、ストライクが入らなくなっていたかもしれない。それほど日本代表として日の丸を背負うことは重責なのだ。
しかも押し出しになっていた場合、6対6の同点となってさらに2死満塁のピンチが続く。打者は2番、3番、4番とオランダ打線が誇る中軸へと向かうことになる。ここは逆転されて、大量失点する可能性もあったといえよう。結果的に試合は9回に同点に追いつかれたものの、延長11回の末に日本が勝利を得たが、もしここで押し出していたら、おそらくこの8回に逆転されて日本は敗れていたように思われる。
しかしこの3球目はデッドボールでもなく、ボールにもならず、偶然にもバットのヘッドに当たってくれたことによってファウルになった。押し出しか、もしくは3ボールにもならず、ストライクカウントが1つ増えて2ボール1ストライクとなったのである。これがどれだけ増井を、バッテリーを、日本チーム助けてくれたことか。
次の4球目に押し出しを心配することなく、増井はしっかりと腕を振って148キロのストレートを投げ込み、見事ショートゴロに仕留めたのだ。あの3球目は、野球の神様が侍ジャパンに微笑んでくれたファウルだったと言えるかもしれない。