文=西尾典文

高校生に200球も投げさせるのはおかしい

 投手の投球数についての議論に火がついたのは、大会3日目の第2試合がきっかけだった。延長14回の熱戦となったこの試合で滋賀学園の棚原孝太投手が192球、東海大市原望洋の金久保優斗投手が218球を投じたのだ。そして、7日目には滋賀学園対福岡大大濠、健大高崎対福井工大福井の2試合が連続で延長15回引き分け再試合となり、福岡大大濠の三浦銀二投手が196球、福井工大福井の摺石達哉投手が193球を投じたことで、その議論はさらに燃え上がることとなった。

 センバツと同じ時期に行われていたWBCでは1次リーグは65球、2次リーグは80球、準決勝と決勝は95球に球数が制限され、連投についても厳しいルールが設けられた。身体のできあがった大人でも故障のリスクを考慮して制限しているのに、発達途上の高校生に200球も投げさせるのはおかしい、というのは至極真っ当な意見であろう。

 春季大会や明治神宮大会では早く決着をつけるために延長10回から一死満塁でスタートするタイブレーク方式もとられているが、最も注目の集まる春夏の甲子園大会とその出場をかけた夏、秋の県大会、地区大会では大きなルールの変更は見られていないのが現状である。

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(写真=選抜高校野球大会第3日。 東海大市原望洋―滋賀学園で力投する東海大市原望洋先発の金久保は、この試合218球を投げた)

現場の指導者は球数制限に諸手を挙げて賛成しない

 では、高校野球でもWBCと同様に球数制限を導入するべきなのだろうか?

 現場を預かる指導者10人に話を聞いてみたところ、選手の故障を防がないといけないというのは大前提だとしても、諸手を挙げて賛成という意見は一人も聞かれなかった。

 まず、最も多かった意見はWBCと高校野球を並列にしては語れないということである。WBCの場合は投手に対して多額の報酬を支払っている球団側の要請というビジネスの面が非常に強い。そして、選ばれている選手は実力者揃いだ。高校野球の場合、今大会の不来方や中村のようにベンチ入りの上限である18人にも達しないチームも数多く存在しており、そのようなチームが複数の投手を抱えるということは非常に困難である。そうなると結果的には選手層の厚い強豪と呼ばれる学校が、ますます有利になるというのは容易に想像することができる。この意見は部員の少ない学校だけではなく、甲子園の常連校の指導者からもよく聞かれた。

 次に聞かれた意見としては、球数制限より前にやるべきことがあるというもの。一つは、高野連主導で故障予防のための取り組みをもっと行ってもらいたいという意見だ。大会の開催要項には、大会前および大会中に重大な障害が発生していると判明した場合は、大会の投球を禁止すると明記されている。しかし、運営側では大会前と大会中のチェックを行っているだけで、各チームそれぞれ自前でトレーナーを帯同させている。各県の高野連で講習会などは実施されているものの、故障予防の取り組みはまだまだ学校任せというのが現状なのだ。

 そして、改善策としてやはり多かったのが過密日程の問題だ。現状の日程では引き分け再試合や雨天中止が続くと、最後は3連戦、4連戦とならざるを得ない。地方大会でもそれは同様である。球数制限よりも日程改善のほうが効果的であるというのは、誰もが感じていることだろう。

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(写真=選抜高校野球大会第5日、 静岡―不来方。 10人の登録メンバーで大会に臨んだ不来方は、初戦で敗退しグラウンドの土を集める)

選手の立場を考えると賛成できない

 また選手の立場を考えるからこそ、賛成できないという意見も聞かれた。一つは、投手の成長機会が失われるというものである。身体的に異常がないというのは大前提として、ある程度疲れている場面や緊迫した局面で投げることで、一皮むけるケースも多いというのだ。また試合での球数を制限してしまったら、逆に肩や肘に負担をかけないフォームで投げようという意識が低下するのではないかという声もあった。

 もう一つは、選手の個人差の問題である。球数制限を設けると、力のある投手が何の故障もなく元気な状態でも交代となるケースは十分に考えられる。そしてマウンドを降りた結果、チームが逆転負けを喫したら、その投手も交代で登板した選手も、大いに悔いが残るのは目に見えているというのだ。一発勝負で負けたら終わりの高校野球では、確かに酷な話と言えるだろう。

解決策は他にもある

 現場の声だけがすべてではないが、現状の大会方式のまま球数制限だけを導入するというのは解決策とはならないように感じる。大会でいくら制限したところで、普段の練習で過度な負担をかけたり、ケアを怠っていたりしては故障を防ぐことはできない。

 まず行うべきは全国で統一して、医師やトレーナーの支援を手厚くすること。そうなると当然費用の問題が出てくるが、現在の高校野球は良い意味でもっとお金を生み出せるコンテンツであることは間違いない。大会の運営方法を改善し、そこで得た収益を選手の故障予防のために使うことは、決して商業利用ではない。

 もう一つは、やはり日程の改善である。甲子園大会の球場使用については、阪神タイガースとの兼ね合いもあると言うが、それにしても現状の日程は過密である。球場の仕様をプロ仕様、高校野球仕様に変更するのに時間がかかるという理由もわからなくはないが、もっと柔軟に対応できないか検討すべきだろう。そして、甲子園大会だけでなく地方大会の日程も当然改善が必要である。センバツの後に行われる春の県大会、地区大会は優勝しても甲子園につながらないということもあって、位置づけが微妙なのが現状だ。この大会をもう少しコンパクトにして、夏の地方大会で余裕を持ったスケジュールにすることも検討すべきだろう。

 ここで示した方法が当然すべて万能というわけではない。他にもさまざまな意見があるだろう。しかし前にも述べたように、ただトッププロと同じように球数制限を設けるだけで、すべてが解決するというわけではない。将来ある選手を守り、またすべての選手が納得して高校野球を全うできるように、これからも議論を重ねて改善していくことが重要だろう。


西尾典文

1979年、愛知県生まれ。大学まで野球部で選手としてプレーした後、筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から技術解析などをテーマに野球専門誌に寄稿を開始。修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材し、全国の現場に足を運んでいる。