文=北條聡

日本のマエストロが海外で成功を収めた例は少ない

 日本サッカーをめぐる七不思議の一つかもしれない。近年のJリーグMVP(年間最優秀選手)だ。リストに目をやると、いとも簡単に受賞者たちの共通点が浮かび上がってくる。

 マエストロ(指揮者)だ。司令塔と言い換えてもいい。2013年の中村俊輔、2014年の遠藤保仁、2015年の青山敏弘、そして昨年の中村憲剛も、そうだ。ここに2009年の小笠原満男を加えてもいい。

 中村俊を除く4人のポジョションは、いずれもボランチである。今季、浦和がリーグ優勝を果たせば、新たに柏木陽介がこの列に加わることになるかもしれない。ともあれ、彼らマエストロ群はJリーグのアイコンと言ってもいいわけだ。

 もっとも、この中で海外組として成功を収めた実績があるのは中村俊ただ一人である。2006年にイタリアへ渡った小笠原は目立った活躍もないまま翌年に帰国。遠藤、青山、中村憲に至っては海外進出のキャリアさえない。

 ボランチを担う日本のマエストロが、海外で成功を収めた例は極めて少ない。フェイエノールト(オランダ)時代の小野伸二くらいだろうか。そもそもヨーロッパの市場において、この手のタイプのニーズ(需要)が少ない、という事情もあるだろう。

 外国籍のマエストロは、ポゼッション・フットボールを志向する、ほんの一握りの強豪クラブに「生息」するくらい。ラテン・アメリカでも、この手のタイプを目にする機会が減りつつある。やがてはサッカー界のレッドリスト(絶滅危惧種)に指定されそうな勢いだ。

 もっとも、見方を変えれば、日本にとって都合がいいかもしれない。海外でのニーズが少ないおかげで、彼らのプレーを国内(Jリーグ)で堪能できる。さらに言えば、日本代表にとっても「利」が大きいのではないか。

近年のイタリア代表はピルロの偉才を十全に生かしてきた

©Getty Images

 近年、日本代表においてもマエストロの居場所がなくなりつつある。ヴァイッド・ハリルジッチ監督が率いる現在の日本代表も、そうだ。乱暴に言えば、ハリルジャパンが目指しているのは日本代表の「欧州化」だろう。つまりは、世界標準のフットボールだ。

 もっとも、本家本元のヨーロッパ勢と「同じこと」をして、本当に彼らに勝てるのだろうか――という疑念が拭えない。そもそも競合相手と同じやり方で優位に立てるのは(人的)資源に恵まれた強者(超大国)だろう。最低限のグローバル・スタンダードは抑えつつも、強者とは違う「何か」が必要なのではないか。

 2014年ブラジル・ワールドカップで躍進したチリやメキシコ、コスタリカの中堅国は、ヨーロッパ勢とは異なる3バック・システムやマンマーク寄りの守備戦術を用いて戦っていた。強国との「差異」をもって、優劣(戦力格差)をひっくり返そうとしたわけだ。

 コピーより、オリジナル――。そう言ってもいいだろうか。強者との差異を、人に求めることも可能だろう。日本のマエストロは打ってつけの存在か。現状、彼らの居場所がないのは、使う側(指導者)に彼らを生かすアイディアが乏しいためだろう。

 近年のイタリア代表は、日本のマエストロと特徴のよく似たアンドレア・ピルロの偉才を十全に生かすアイディア(システム)を編み出してきた。ピルロをレジスタ(イタリア語で司令塔の意味)として使うアイディアを思いついたのが、名将カルロ・アンチェロッティだ。

 海外では需要が少なくても、国内では賞賛の嵐――。そうした不思議な立場に置かれた日本のマエストロほどオリジナルな存在もめずらしい。彼らを生かすも、殺すも、指導者の考え方一つだ。コピーか、オリジナルか。この先の日本サッカーの在り方を問う、アジェンダかもしれない。


北條聡

1968年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、Jリーグが開幕した1993年に『週刊サッカーマガジン』編集部に配属。日本代表担当、『ワールドサッカーマガジン』編集長などを経て、2009年から2013年10月まで週刊サッカーマガジン編集長を務めた。現在はフリーとして活躍。