文=池田敏明

アメリカではブンデスリーガ開幕戦をVR放送

 インターネット動画配信サービス「DAZN」でのJリーグの動画配信が始まっておよそ2カ月が経過した。サービス開始当初は生中継の配信が中断するトラブルもあったが、その後、大きな問題は起こっていない。

 DAZNのような動画配信サービスの登場によって、スポーツ中継は「テレビの前に座って見るもの」ではなく、「持ち運んでいつでもどこでも見られるもの」になった。視聴方法の大きな進化と言えるものだが、次なる進化はすぐそこまで来ている。

 それはずばり、ヴァーチャルリアリティー(VR)でのサッカー観戦だ。アメリカのスポーツ中継局「FOX SPORTS」は、VRプラットフォームを開発している「LiveLike」社や「NextVR」社とパートナーシップ契約を結び、バスケットボールやラグビー、ゴルフなど、様々なスポーツのVR配信を実施している。FOX SPORTSはアメリカでのブンデスリーガの放映権を持っており、16-17シーズン開幕戦の試合をVR放送したという。

8月22日、2社による新たな試みが公開され、にわかに注目を集めている。ドイツサッカーリーグ機構(DFL)とのコラボレーションで、8月26日に開催されるブンデスリーガの2016‐17シーズン開幕戦、バイエルン・ミュンヘンとヴェルダー・ブレーメンの対戦で行われるこの試合を、ライブVRで国際放送すると発表したのだ。 (中略) 今回のVR放送は、アメリカ、カナダ、カリブ海、アジアと欧州の複数の国で、無料で視聴可能。(日本では、ブンデスリーガの放映権をFOXスポーツが持っていないため、視聴できない)FOXスポーツとNextVRのポータルサイトで、VRヘッドセットを装着して視聴する。
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 LiveLike社には電通傘下の電通ベンチャーズが、NextVRにはソフトバンクが出資していることを考えると、日本でサッカーの試合がVR放送される日もそう遠くはないだろう。

 VR放送が実現すれば、サッカー中継の楽しみ方は一変するだろう。メインスタンドやゴール裏のサポーター席、VIP席はもちろん、タッチライン際やゴールラインのすぐ後ろといったピッチサイドからの目線でも試合を観戦することができる。リプレイ映像や試合のデータを見たい時に呼び出したり、友人とそれぞれの自宅に居ながら同じVR空間を共有し、会話を楽しんだりといったことも可能になるだろう。視聴する映像の質に改善の余地があることや、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)が高価であることなど、普及させるにはクリアすべき課題がたくさんあるが、夢のような世界はすぐそこまで迫っている。

VR放送でスタジアム観戦のプライオリティが失われる!?

©Getty Images

 ただ、VRの普及はいいことばかりとは限らない。現在の感覚では、テレビ観戦と生観戦は全くの別物だ。テレビ観戦にはテレビ観戦の良さがあるし、スタジアムの雰囲気は実際に現地に行かなければ味わえない。しかし、VRの映像がリアルになりすぎ、生観戦との差がなくなってしまったら、「もうスタジアムに行かなくていいんじゃないか?」と思う人が続出するのではないだろうか。

 ゴール裏で試合を見るサポーターの方々は、恐らくスタジアムに足を運び続けるだろう。しかし、主にメインスタンドやバックスタンドで観戦する方々、年に数回程度しかスタジアムに行かないライト層の方々の足は、遠のいてしまう可能性が高い。

 例えばメインスタンドでサッカーの試合を見る場合、チケット代だけで1人あたり5000円前後かかる。それにプラスしてスタジアムまでの交通費や飲食代などもかかる上に、それなりの時間も費やさなければならない。毎回、それだけの資金と時間がかかる観戦方法と、初期投資のみで移動する必要もなく、好きな時にできる観戦方法、視界に入ってくる映像の質がほとんど変わらないとすれば、ライト層はどちらを選ぶだろうか。

 観客の足がスタジアムに向かわなくなってしまったら、それはクラブ、ひいてはリーグ全体の危機につながる。スタンドがガラガラでは選手たちのモチベーションも上がらないし(VRの世界では、恐らくスタンドは満員だろう)、入場料収入も減ってしまう。レベルが低下し、リーグが衰退していく可能性もゼロではない。

 スタジアムでの生観戦がVR観戦に淘汰されないためには、各クラブが「スタジアムでしか味わえない楽しみ」を創出する必要がある。サッカーの試合を提供するだけでなく、せっかくの休日にわざわざスタジアムまで足を運んだ方々が丸1日、楽しめるようなコンテンツを提供しなければならない。東京ディズニーリゾートやユニバーサルスタジオジャパンのような“夢空間”がスタジアム周辺にあれば、ファンの足が遠のくことはないはずだ。

池田敏明

著者プロフィール 池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。