文=松原孝臣

スケーティングにジャンプ、スピンやステップ……やることは多岐にわたる

 少し前のことになるが、あるフィギュアスケートの選手を取材しているとき、こんなことを言っていた。

「何もかも、レベルを上げないといけないと思っています」

 今後の抱負を語る中での言葉が心に残ると同時に、考えさせられることがあった。「優先順位」についてだ。

 フィギュアスケートは、この10年前後で捉えると大きく変化している。男子の場合、新採点方式が採用された2003年のあと、4回転ジャンプを跳ぶ、跳ばないが議論となった時期を経て、再び4回転ジャンプの志向が強まり、本数の増加、多種類化へと進んでいる。

 ジャンプの難度をどう上げていくかと同時に、さまざまな面も磨き上げていく。女子もまた、3回転-3回転の連続ジャンプを組み入れつつ、同様に取り組んでいる。

 スケーティングの練習をし、ジャンプのレベルアップを図り、スピンやステップを練習し、表現にも力を入れる。やることは多い。あまりにも多岐にわたる。

 例えば、シニアに上がったばかりの若い選手が世界で活躍するトップスケーターの滑りを目の当たりにして距離を感じたとき、ジュニアで戦う中で海外の同世代と比べて差を感じたとき、もっと自分のレベルを上げていかないといけない、あらゆる面で磨かなければいけないと思うのは自然なことではある。

 そこに危険は潜む。やれることには限りがあるからだ。いちばん大きいのは「時間」だ。1シーズン単位、あるいはオリンピックを意識しての4年単位であっても、時間は限られている。その中でどう強化に励むかは案外、難しい。やみくもに、あれもこれも、と手をつければ、すべてが中途半端になり、選手も藪に迷いかねない。だからそこには、優先順位をどうつけるかがポイントになってくる。

時間を見据えて強化する場合、重要なのはコーチの存在

©Getty Images

 長期的な視点で、今何をすべきかを考えていることがうかがえる選手もいる。「1年後、2年後を見据えているだろうな」と感じさせられることもある。特に経験を積んだ選手であれば、トータルでレベルアップを図りつつ、しっかりやるべきことをコントロールしていると思えるスケーターがいる。

 だが、誰もがそのようにできるわけではない。どこから手をつけて、目標とする舞台へと向かうか……時間を見据えて強化を考えていかなければならない。

 そのとき重要なのは、コーチの存在だ。多くの選手は、どうしても目の前を見がちだ。選手の能力、適性を見極めつつ、その目線を先へと促してあげて、何をすべきか、していくかを示すことができるのは、コーチにほかならない。

 何よりも、手をつけなければいけないことがたくさんある中で、どう整理するかを間違えたときに怖いのは怪我だ。4回転ジャンプが加速化していく男子も、一歩突き抜けるために4回転ジャンプやトリプルアクセルを取り入れようと志向する選手が増えている女子も同様だ。追いつこう、ついていこうとするあまり、ときに無理をすることが怪我につながる。なおさら、しっかりと計画を立てて取り組む大切さが浮き彫りになる。

 それは決してフィギュアスケートだけの話ではない。繰り返しになるが、どの競技であっても、目標と見据えたところまでの時間を考え、やれることとやれないことを整理する。優先順位を考える、あるいは逆算することが重要である。


松原孝臣

1967年、東京都生まれ。大学を卒業後、出版社勤務を経て『Sports Graphic Number』の編集に10年携わりフリーに。スポーツでは五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオ、冬季は2002年ソルトレイクシティ、2006年トリノ、 2010年バンクーバー、2014年ソチと現地で取材にあたる。