超えるという意の「BEYOND」。浅田はショーに込めた物語を「まず光を見つけて、そこからいろいろな旅に出ていく。私達自身がアイスショーで一つずつ乗り越えていった先に、みんなの『BEYOND』のパワーを集結させて花開く、そして最後は不死鳥のように強く羽ばたくイメージ」と説明する。

 構想が始まったのは昨夏だった。現役引退後に初めて総合演出を手がけた「浅田真央サンクスツアー」で昨年4月までの約3年間を滑りきり、一度は「1公演1公演のパフォーマンスで自分の全てを出し尽くした。自分のスケート人生これで終わってもいいなと思った」と言う。一方で、フィギュアスケーターとしての力が残っていることも分かっていた。迷った気持ちで氷の上には立てない。「自分が本当に心から滑りたいと思えるまで心を解放して休んでみよう」と2カ月間の休暇へ。「今後のことを考えていた。いろんな道があったけど、もう一度スケートという道を選びました」。答えを見つけた。

 浅田は競技者とプロスケーターとの違いについてこう語る。「選手は、得点や順位で結果が分かるんですけど、(プロスケーターの)私の結果は見にきてくれたお客様の感想だと思う。一人でも多くの皆さんが来て良かった、最高だったと思ってもらえるように、そんな覚悟で練習する必要がある」。だからこそ、やると決めたからには妥協はできない。音楽、衣装、グッズ、テーマ全てにおいて意見を出し、まとめた。10人の共演者も約150人の応募者から技術、即興、面接の三部構成で審査し、自分を見せることが好きなスケーターを集めた。昨年11月からメンバー全員と本格的な練習を始め、週5日、毎日5時間以上の氷上トレーニングでプログラムを磨き上げてきた。

 アイスショーをつくり上げるために意識してきたことがある。中学時代に観客として会場へ足を運んだ浜崎あゆみのライブだ。「たくさんいろんな衣装だったり、色んな曲を歌って色んな表現をされている。ダンサーを含むみんなが一つの曲をつくり上げている。そんなショーはフィギュアスケートにはない。ずっとやりたかった」。クラシックからタンゴまで幅広いジャンルの音楽を選び、今回のショーから新たに氷上に大型ビジョンを設置。曲それぞれに合った映像を制作し、演目と合わせることで物語をより、観客に伝わる工夫もこらした。

 こだわりが詰まりに詰まったショーはオープニングから全開だった。メンバー全員がシルクハットを被った黄金の衣装で登場すると、スイングジャズの名曲「シング・シング・シング」に合わせて華麗なステップを刻み、一気に観客を「BEYOND」の世界に引きずり込んだ。ショパンの「バラード第1番」では、3回転ループと2度のダブルアクセル(2回転半ジャンプ)を鮮やかに決めると、抜群の柔軟性を生かして右脚を高く上げたI字状態での高速スピンも披露。現役顔負けの技術も見せつけた。

 今回のショーで最大の見せ場がペアプログラムへの挑戦だ。現役時代に滑った交響組曲「シェエラザード」と「白鳥の湖」で、ペア選手としても活躍した柴田嶺と優雅な舞を披露した。浅田はこの挑戦の狙いについて「パートナーが本当はいるようなストーリーだったが、選手時代は私一人。いつかアイスショーでパートナーと一緒に滑りたいというイメージがあったので、それを今回のショーで取り入れた」と明かす。柴田が浅田を持ち上げる様々なリフトやスロージャンプは見応え十分だった。

 「この山を越えたら次また違う問題がきて、その繰り返しでした」と、この1年を振り返る。ショーのテーマにも込められた幾多の困難を乗り越えて迎えた初演を終え「お客様がスタンディングオベーションしてくれたことが自信になりました」と感慨に浸ったのもつかの間、すぐに表情を引き締める。ここがゴールではなくスタートであることは誰よりも理解している。来年3月まで全14都道府県を回る公演は毎回が最高を目指し続ける覚悟だ。「メンバーは大変みたいですけど、前回のサンクスの時も公演2時間前に変えることもあった。私自身は直したいところがあればいくらでも直す。みんなも毎回同じことをやるよりも刺激があった方がいい。何度も何度も変更変更で。常に変更していく」。この先、11人の出演者はどんな進化を遂げ、どう物語を成熟させていくのだろうか。


VictorySportsNews編集部