男子ショートプログラム(SP)を翌日に控えた22日の公式練習で4回転サルコーを着氷した直後に激痛が襲った。氷上で仰向けとなり、動けない。しばらくしてキーガン・メッシング(カナダ)の肩を借りて立ち上がったが、その後はジャンプを跳ぶことなく、2、3周ゆっくりと滑ってリンクを降りた。リンクサイドでアイシングを施され、日本スケート連盟の竹内洋輔強化部長には「大丈夫だと思う」と語ったが、本心では「やばいな」と思っていたという。

 足取り重く去ったサブリンクでは、重苦しい雰囲気が漂っていたが、迅速なケアが最悪の事態を防いだ。5年以上タッグを組む出水慎一トレーナーの入念な治療の甲斐あってか、患部に腫れはほとんど出なかった。過去に同じ箇所を度々痛めていたことで、日頃からチューブを使った右足首周りのトレーニングをしてきた効果も大きく「想定よりも支障は少なかった」。

 SP冒頭の4回転フリップは、右足で氷上にトーをつく力強い踏みきりで跳び上がると、着氷まで鮮やかに決めて、出来栄えを示すGOEで2・99点もの加点を引き出した。「痛いときにどういうジャンプになるか予想はできている」と五輪2大会連続でメダルを獲得している25歳のスケーター。4回転―2回転の連続トーループ、トリプルアクセル(3回転半)も危なげなく成功させ、終わってみれば今季世界最高の104・63点でトップに。演技後は2度拳を振り下ろし「久々に感情を試合にぶつけるように臨んだ。その分、うれしさがこみ上げた」とクールに語った。

 大会最終日の25日、最終演技者で迎えたフリーは冷静さが光った。5本の4回転ジャンプで完璧に決めたのはフリップとループの2本だけ。それでも2度のトーループはわずかな回転不足にとどめると、スピンとステップは最高難度のレベル4をそろえて確実に技術点を積み上げた。「この演技内容だったら何が必要かというのは何となく計算した。ギリギリだったが、良かったのかなと思っている」。フリーも1位の得点を出すと、ただ一人合計得点で300点に乗せ、二つ前に好演技を見せた21歳のチャ・ジュンファン(韓国)や超大技のクワッドアクセル(4回転半)を決めた18歳のイリア・マリニン(米国)に役者の違いを示した。最後のポーズを取るやいなや氷上で大の字になるほど死力を尽くした演技。「今これ以上はできない演技だった。もう一回やったら絶対に無理だなっていう演技をショート、フリーともできた」と珍しく充実感をかみしめた姿が印象的だった。

 これで初制覇した昨年12月のグランプリ(GP)ファイナルを含めて今季5戦全勝。羽生結弦さんがプロに転向し、北京冬季五輪王者のネーサン・チェン(米国)が休養したシーズンで、きっちりと日本のエースとしての役割を果たした。その責任感からも解放されたからか、宇野はこれまであまり言及してこなかった表現力への思いを口にした。

「自分のやりたいことが一つ成し遂げられたからこそ、過去に僕がもう一つ成し遂げたかったこと、『表現者として自分の魅力は何か』と自信を持って言えるスケーターになりたい」

 ジュニア時代から2010年バンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔(関大KFSC)を理想のスケーターに掲げてきた。宇野自身、早くからその卓越した表現力には高い評価を受けていたが、4回転を複数種類跳ばなければ勝てない時代。ここ数年は「結果を出してトップで戦いたい。競技スポーツをやっている以上、より点数をもらえる方を先にやるというのは、必要なこと」と割り切って、ジャンプの練習に重点を置いてきた。

 宇野昌磨というスケーターの原点に帰るきっかけは世界選手権前にあった。

「GPファイナルの映像を見た時に、本当にジャンプだけだなと思ってしまった。プログラムとして最低限やってるし、より効率的に体力を消耗しないように滑っているっていうのは、すごくいいことだとは思うが、僕はこれがやりたかったのかなっていうのも正直見ながら感じるものがあった。もう1回見たいとは思わない演技だった」

 フリーで昨季は「ボレロ」、今季は「G線上のアリア」といった王道を見事に演じきったが、世界王者として本当に見せたい作品はまだこの先にある。これまでオフシーズンのアイスショーでは翌シーズンを見据えたジャンプ構成を試す場としての意味合いが強かったが、今回は向き合い方を変えていくという。「まず基礎的な表現力の部分、体の動かし方というものを身につけたい」。どうしても得点を大きく左右するジャンプに目が行ってしまうが、フィギュアスケートは技術と表現の融合、トータルパッケージが魅力のスポーツ。どのように円熟味を増し、来季また戦いの舞台に戻ってくるのか、心待ちにしたい。


VictorySportsNews編集部