文=藤江直人

ハイプレスの“一矢”となる驚異的な運動量

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 今シーズンの柏レイソルには2度、驚かされる。

 まずは2トップの身長差だ。昨シーズンにリーグ3位となる16ゴールをマークし、今シーズンもチームトップの4ゴールを挙げているクリスティアーノの183センチに対して、22歳の中川寛斗は155センチ。その差27センチはピッチの上でいやがおうでも異彩を放つ。J3までを含めたすべてのカテゴリーのなかで、中川は現時点で最小兵の選手となる。

 次に驚かされるのが、中川の驚異的な運動量だ。ハイプレスの“一の矢”として労を惜しむことなく、まさに縦横無尽に相手のボールホルダーへプレッシャーをかける。連動するようにクリスティアーノが、2列目の伊東純也と武富孝介が飛び出していく光景からは爽快さが伝わってくる。

 中川は第4節のベガルタ仙台戦から2トップの一角に定着し、以降の9戦で1試合平均11.57キロを走破している。2−0の完封劇で怒涛の6連勝を達成し、2位に浮上した20日のジュビロ磐田戦では1ゴール1アシストと全得点に絡み、なおかつチーム最長となる12.531キロを走り抜いた。

 5月に入って気温も上がり、当然ながら体に与えるダメージも小さくなくなる。例えば6日のセレッソ大阪戦は、キックオフ時間の気温が27.8℃に達した。それでも中川はフル出場し、夏を思わせる陽気のなかで同じくチーム最長となる12.052キロを走っている。

「その分、水分をたっぷり取るようにしています。なので、体重もそれほど減らないですね。水分で何とか持ち越している、という感じです」

 涼しげな表情で語る中川は、ベンチスタートだった開幕以降の3試合を経て、ピッチの中に確固たる居場所を築き上げたこと、そして自らの存在がレイソルの勝利に直結していることへの充実感を漂わせる。

「相手にいいボールの運び方をさせないために、どのタイミングで行くのか、どういった状況のときに行くのかは、だいぶ整理できてきたかなと思います。間違いなく相手の脅威になっているし、これを続けていけば勝利する確率も上がると思っています」

大きかった曺貴裁監督との出会い

 小学校4年生からレイソルの下部組織で心技体を磨き、高校3年の夏には日本クラブユースサッカー選手権大会で、レイソル史上初の優勝に大きく貢献する。満を持してトップチームへ、憧れのプロの世界へ、と意気込んだ矢先に思いもよらない逆風にさらされる。

 当時のネルシーニョ監督(現ヴィッセル神戸監督)が、身長が低いという理由で中川の昇格に難色を示した。強化部の説得にも、頑なに首を横に振り続ける。当時の心境を中川はこう振り返る。

「プレーどうこうじゃなくて体の大きさだけで判断されて、レイソルではプレーできない状況になった。悔しかったというか、帰ってきたときにやってやろう、という気持ちのほうが強かったですね」

 だからといって手放すには、中川の才能とポテンシャルはあまりにも惜しい。レイソル強化部は中川を2013シーズンからトップチームに昇格させたうえで、武富とDFクォン・ハンジンが期限付き移籍することが決まっていた湘南ベルマーレで武者修行させることを決めた。

 もっとも、中川自身は身長をハンデと思ったことは一度もなかった。小学校6年生のときの身長は127センチで、平均より約20センチも低かった。周囲から身長を伸ばすための医療的な処置を勧められたこともあったが、両親からもらった身体を大切にしたい、という思いから断りを入れている。

「この身長がなければ、いまの自分はないと思っています。小学生のころからずっと小さかったし、だからこそ中盤で相手とコンタクトしないようなポジションをいかにして取るか、ということを考えてプレーしてきたので」

 155センチの身長に込められた矜持に、ベルマーレでの2年間は新たな価値観を植えつけてもくれた。今シーズンも指揮を執る曺貴裁(チョウ・キジェ)監督との出会いを、中川はいまでも感謝している。

「サッカーだけじゃなくて、すべての面で僕をプロフェッショナルにしてくれた人なので」

 ユース時代に薫陶を受けた吉田達磨監督(現ヴァンフォーレ甲府監督)が就任した2015シーズンに、中川は乞われる形でレイソルへ復帰。昨シーズンの開幕直後から指揮を執る、同じくユース時代の恩師である下平隆宏監督のもとでプレー時間を伸ばしていく中川の成長の跡を、曺監督もまた温かく見守っていた。

「アイツは自分なりのサッカー観を持っていて、その枠の中からまったく出ようとしなかった。自分はゴールを決める選手じゃないとか、パスをさばく選手だとか、小さいからこういうプレーはできないとか、そういうことを若くして決めていた。自分で自分の可能性を狭めているところがあったので、そうじゃないよ、という話はよくしましたね」

 曺監督が課す猛練習で徹底的に身体が鍛えられた2年間で、同時に心も磨かれた。2013シーズンはJ1で7試合、2014シーズンはJ2で3試合の出場に終わったが、未来へ向けられた視界は一気に広くなった。

 上手いだけではない。俊敏性を生かすだけでも、頭を使うだけでもない。誰よりも走り、球際の攻防で闘志を前面に押し出して戦い、ハードワークを厭わない献身性をも兼ね備えて出場機会を待った。

「必要とされるときにチームから求められる役割を実践できることが、いい選手と呼ばれる条件だと思っているので。そのなかで、あと一歩、あとちょっとのところで相手よりも頑張ることは曹さんに学んだというか、曹さんの教えのもとで培われたと思っています」

体の小さい子どもたちに夢と勇気を

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 今シーズンのレイソルは、前線をクリスティアーノ、昨シーズン12ゴールのディエゴ・オリベイラ、ベガルタ仙台から加入したハモン・ロペスで固める布陣で開幕を迎えた。外国人選手の「個」の高さを生かし、日本人選手が自陣に引く形で戦ったが、どうにもしっくりこない。

 開幕3試合を1勝2敗で終えた段階で、下平監督は戦術変更を決断。MF登録の中川を前線の軸にすえるハイプレスが機能しはじめたサンフレッチェ広島との第5節以降の8戦を7勝1敗、白星のうち5つを完封で達成した。中川が11キロ以上を走った試合は7戦全勝というデータが、最小兵選手の存在価値を物語る。

 もっとも中川自身は、攻撃から守備への“スイッチャー”だけに甘んじるつもりはない。下平監督に求められる献身性を120%発揮したうえで、FWとして攻撃面でも貢献していく。マイボールのときは相手を自分たちにとって有利な位置に動かす、いわゆる“釣る”ポジショニングを特に意識している。

「加えて相手の間で受けてターンするとか、裏へ素早く抜ける、相手の死角から入り込んでいく動きは僕にしかできないと思っています。相手ゴール前にしても、練習から絶えず走っていれば必ずいいボールが出てくるので。これからも自分のプレーをどんどん突き詰めて、そのうえで出る課題とも向き合っていきたい」

 14日のFC東京戦の後半40分に、生涯で2枚目となるイエローカードをもらった。クロスに頭から果敢に飛び込んだ際に、相手GK林彰洋と接触したプレーが危険と主審に判断された。195センチの長身を誇り、ハリルジャパンにも選出されている林との身長差は実に40センチもあった。

 20日のジュビロ戦で決めた今シーズン2点目、プロ通算4点目は頭で叩き込んだ。カウンターから右サイドを抜け出したクリスティアーノを信じて、左サイドを全力で疾走。マーカーの背後を取り、ファーサイドへのあげられたクロスにフリーの状態で頭を合わせた。労を惜しまないココロが、身長差というハンデを補って余りある結果を導いた。

 小学生時代に医療の力に頼らない決断を下したもうひとつの理由に、自分がプロになることで、体の小ささという悩みを抱える子どもたちに夢と勇気を与えられる、という思いがあった。

 155センチのボディに無類のタフネスさを搭載し、高度なテクニックと状況判断力を兼ね備え、それでいて地上戦でも空中戦でも自分より大きな相手へ勇敢に立ち向かい、ゴールやアシストも記録する――。絶好調のレイソルを支える“小さな巨人”は自らの居場所を鮮明にしながら、壮大な夢へも一歩ずつ近づいている。

藤江直人

著者プロフィール 藤江直人

1964年生まれ。サンケイスポーツの記者として、日本リーグ時代からサッカーを取材。1993年10月28日の「ドーハの悲劇」を、現地で目の当たりにする。角川書店との共同編集『SPORTS Yeah!』を経て2007年に独立。フリーランスのノンフィクションライターとして、サッカーを中心に幅広くスポーツを追う。