文=手嶋真彦

JFAの規定により、3回戦は清水での開催に

せっかくの大義が、もったいない。もったいなさすぎる。

物議を醸しているのは、サッカー天皇杯3回戦の会場決定方法だ。JFA(日本サッカー協会)は6月19日に、こう発表していた。

原則:天皇杯の試合は、各都道府県サッカー協会主管のもとで運営されている。サッカー普及の観点から、天皇杯の試合を全国各地で開催することが重要と捉え、3回戦から準々決勝までの試合においては、対戦カードの下位カテゴリーチームが所属する都道府県の会場を優先して開催することとする。
第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会 会場決定方法(3回戦~準々決勝)

福島県代表の「いわきFC」は、6月21日の2回戦でJ1の北海道コンサドーレ札幌を下し、3回戦に駒を進めた。いわきFCと言えば福島県1部リーグ所属であり、福島県1部と言えば、J1、J2、J3、JFL、東北1部、そして東北2部の下の実質的な7部リーグだ。3回戦の対戦相手に決まった清水エスパルスは、J1の一角を占めている。JFA発表の原則に則れば、いわき市内か福島県内で開催するのが筋だった。

ところが翌6月22日、実際に決まった3回戦の会場は、静岡県静岡市内のIAIスタジアム日本平。いわき市中心部からおよそ400キロ離れた清水エスパルスの本拠地(20,248人収容)である。なぜ、そうなったのか――。実を言えば、前述の会場決定方法には例外があり、福島県内での開催が見送られた理由は以下のいずれかだと推察できる。

◇試合を主管する都道府県サッカー協会が会場を確保できない、または開催を希望しない場合 ◇会場設備・収容能力不足などその他諸事を考慮した場合
第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会 会場決定方法(3回戦~準々決勝)

いわきFCの大倉智代表取締役は、「異議を申し立てるつもりはありません」と表明する一方で、「いわき市並びに福島県での開催を思い描いていました。しかし今回、その思いはかないませんでした」として無念を滲ませている。

第97回全日本天皇杯サッカー選手権大会3回戦 会場決定を受けて --株式会社いわきスポーツクラブ 代表取締役 大倉智

そもそも福島県内での3回戦開催は不可能な規定

©共同通信

もったいないのは、せっかくの大義があっけなく宙に浮いてしまったからだ。繰り返すが6月19日の発表には、こう記されている。

「サッカー普及の観点から、(中略)対戦カードの下位カテゴリーチームが所属する都道府県の会場を優先して開催することとする」
第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会 会場決定方法(3回戦~準々決勝)

噛み砕けば、こういう話だろう。サッカーの魅力をより多くの人々に知ってもらうために、普及の余地がより大きい「下位カテゴリーチームが所属する都道府県の会場」での開催を優先的に考えよう。J1のチームが例えばいわき市内で戦えば、より高い集客効果と波及効果が見込めるはずだ――。

いわきFCの大倉代表取締役によると、JFAの「第97回天皇杯 試合運営要綱」には、以下の基準が設けられているそうだ。

・J1クラブが出場する試合:15,000人以上(原則)収容できること。 ・ラウンド16以降の会場では、必ず照明装置が設置されていなければならない。
第97回全日本天皇杯サッカー選手権大会3回戦 会場決定を受けてーーいわきFC

この基準に照らせば、15,000人以上を収容できるサッカー競技場がひとつもない福島県内での3回戦開催はそもそも叶わない。福島ユナイテッドFC(J3)の本拠地であり、同クラブの公式ホームページでは21,000人の収容となっている「とうほう・みんなのスタジアム」も、芝生席をカウントに入れないなどのJFAの基準では15,000人収容にはるか遠く及ばない。照明装置が常設されたサッカー競技場も、福島県内にはひとつもない。

誰のための大義なのかは、しっかり確認しておくべきだろう。誰のためなのか? JFAを頂点とするサッカーファミリー全体のためだろう。だとすれば、「サッカーの普及」という大義をどこまで貫こうと努めたかは、検証に値する。

いわきFCの大倉代表取締役は、可動式のナイター設備をいわき市に運び込むつもりですでに動き出していた。実際、コンサドーレ札幌を下した2回戦の会場「札幌厚別公園競技場」にも常設の照明設備はなく、6月21日はまさしくその可動式を活用し、19時キックオフのナイター開催に何ら支障がなかったのだ。

規定に囚われない柔軟性を、なぜ持てなかったかも、建設的な反省の材料となる。15,000人以上に杓子定規にこだわる必然性が、本当にあったのか。ちなみに2回戦のコンサドーレ札幌戦は、雨天の影響はあったにせよ、入場者数は1,674人と発表されている。大倉代表取締役の次の言葉に、是非とも耳を傾けたい。

「福島県には、15,000人収容のスタジアムが存在しません。そのため「試合を下位チームのホームで実施する」という普及の観点と、「J1規模の15,000人収容のスタジアムが必要」という要件の整合性がありません。(7月12日19時キックオフの3回戦が)平日のナイターゲームであることを考えても、『15,000人以上収容のスタジアムでの開催』を条件とすべきではないように思えます」(カッコ内は筆者が加筆)

大倉代表取締役がいわき市内の会場として想定していた「いわきグリーンフィールド」は、5,600人を収容できる。

15,000人という数字の根拠はどこにあるのか。一度設けた基準に、惰性で縛られていやしないか。継続的な見直しや改善を怠る思考停止に陥っているのでは――。

そんな検証の好機としなければ、もったいない。もったいなさすぎる。


手嶋真彦

1967年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、新聞記者、4年間のイタリア留学を経て、海外サッカー専門誌『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を5年間務めたのち独立。スポーツは万人に勇気や希望をもたらし、人々を結び付け、成長させる。スポーツで人生や社会はより豊かになる。そう信じ、競技者、指導者、運営者、組織・企業等を取材・発信する。サッカーのFIFAワールドカップは94年、98年、02年、06年大会を現地で観戦・取材した。