文=座間健司
デル・ボスケが絶賛する指揮官ジダン
©Getty Images8月9日にスペインのラジオ番組『エル・ラルゲーロ』にビセンテ・デル・ボスケが電話出演した。言わずと知れたスペインを代表する名将だ。ラウール、ロベルト・カルロス、ルイス・フィーゴ、ジネディーヌ・ジダン、ロナウドら世界各国のスターを集めた「銀河系軍団」を指揮し、レアル・マドリードに2度のチャンピオンズリーグを始め、多くのタイトルをもたらし、黄金期を築き上げた。そして代表監督としては、スペインにワールドカップと欧州選手権をもたらした。監督として、クラブで欧州王者となり、代表で世界王者となったのは、マルチェロ・リッピと彼の2人しかいない。
現在は監督業も引退し、本人曰く「責任がない夏」を満喫する彼は、前日にUEFAスーパーカップでマンチェスター・ユナイテッドに勝ったレアル・マドリードをこう評した。
「原則として昨シーズンと同じ陣容で、レアル・マドリードはとてもいい選手を抱えていると思う。例えば中盤は、とても整っており、ハードワーカーで、ゲームを作れる選手たちで、ディフェンスにも攻撃にもとてもいい選手がいると思う」
かつての教え子であり、2016年1月からレアル・マドリードを率い、わずか1年半でチャンピオンズリーグ連覇、リーガなど6つタイトルをも勝ち取ったジダン監督について訊かれ、こう返答した。
「彼が達成してきたこの力強さ以上を求めるのは、不可能だ。レアル・マドリードは、とても良いフットボールをし、タイトルを勝ち取ってきた」
さらにフランス人指揮官をこう評した。
「チームを指揮するにあたって、監督には主要となる多くのクエスチョンがある。明確なアイデアを持ち、グループを操縦することだ。彼はスタメンではないメンバーもツールとして、とても良くチームとして機能させている。この2つの点において、ジズーはとても良い仕事している」
デル・ボスケはジダンの長所を分析する。
「選手個々との関係、グループづくりをミックスさせながら、彼のチームは全体で何をすべきか知っている。さっきも言ったように途中交代で入った選手が、何をすべきか知っているし、誰もやるべきことを分かっている。攻撃面でもディフェンス面でもとても規律がある。また選手の個人能力も必要だ。ただ規律があるチームをつくるだけでない。いい選手は個人で試合を変えられる。拮抗したゲームでは、個人のタレントが必要になる。チームと個人、そのバランスも心得ている」
最大のライバルを3-1と圧倒したレアル・マドリード
©Getty Images「選手のジダンを指揮した時に、彼は良い監督になると思ったか?」と問われると、マドリディスタだけでなくスペイン人に愛されるデル・ボスケの性格を示すように「わからなかった」と誠実な返答があった。記者がレアル・マドリードを「欧州で示したようにスペイン国内でも他のチームを凌駕する力を持っていると思う」と話すと「そうだと思う」と同意した。そしてレアル・マドリードの最大のライバルであるバルセロナについては「ネイマールの退団はバルセロナにとって大きな損失だが、もしかしたら気ままなもので彼がいなくなった方が良いチームになるかもしれない。だけど、それは誰にも分からない。私が言えることは、リーガ・エスパニョーラは偉大な選手を失った。ロナウドとメッシのリーガと言うわけではないが、彼らの後継者の1人だったことは間違いない」と語った。
それから4日後、名将の言葉は実証される。
スペイン・スーパーカップ・ファーストレグが行われ、レアル・マドリードがバルセロナに実力差をまざまざと見せつけ、完勝した。昨シーズンのリーガ王者とコパ・デル・レイ王者がホームとアウェーの2戦でタイトルを争うが、1戦目にして、タイトルの行方が決まりかねない展開だった。
レアル・マドリードは、ゲームメイカーであるモドリッチを欠いたが、イスコ、トニ・クロース、カゼミーロを中心に中盤を制圧し、美しいパスサッカーを展開した。ポゼッションを主体にした華麗なフットボールは、バルセロナの代名詞であり、クラブの信条でもある。だが、この日のバルセロナには“MSN(メッシ・スアレス・ネイマール)”の前輪駆動を全面に押し出したここ数シーズンのパフォーマンスと同様に中盤の構成力を目に出来なかった。対照的にデル・ボスケが「整っている」とコメントしたようにレアル・マドリードの中盤のパス回しからは、機能美が見て取れた。
ネイマールを失い、深刻な状況のバルセロナ
©Getty Imagesシャビ・エルナンデスがいなくなってから中盤が省略されて久しいバルセロナは、それでも前線の偉大な3人のタレントと連携に依存し、結果を残してきた。ところが、皆さんご存知のように今夏、その自慢のスリートップを形成する1人がパリに旅立ってしまった。ネイマールの移籍は、「クラブ以上の存在」と自負し、我々こそが世界最高のクラブと思うバルセロナのソシオのプライドを傷つけた。それ以外にも彼の退団の余波は大きい。ネイマールの代役を獲得しようにも、他クラブにパリ・サンジェルマンからバルセロナに多くのお金が払われたことは、公然の事実となっており、高額な移籍金を吹っかけられるという足かせにさえなっている。
ピッチ内でも深刻な問題が起きている。「もしかしたらネイマールがいない方が良いチームになるかもしれない」というデル・ボスケの予想は、現時点では実現する可能性は低い。
この日スタメンでプレーした下部組織育ちのジェラール・デウロフェウは、メッシとスアレスを気にするようなプレーを繰り返し、相手の脅威となる仕掛けも示すことができず、ネイマールの不在を余計に大きく感じさせるだけだった。頼みの綱はメッシだけ。彼が強引に突破を試みる、もしくは中盤に下がってパスを回しに参加した時に得点の可能性が生まれるだけ。明らかにその攻撃からはネイマールがいた時の迫力が欠けていた。得点もスアレスのダイブでうまく騙し取れたPKだけだった。
中盤もなく、前線の攻撃にも迫力がない。試合後、ブスケツが「補強が絶対に必要」と訴えるのもうなずけるパフォーマンスだった。敗戦翌日にブラジル代表パウリーニョの獲得を発表したが、何の慰めにもなっていない。それどころか、29歳のベテランで欧州でたいした実績もない中国でプレーしていた選手に4000万ユーロ(約52億円)もかけたことへの失望が広がっている。
レアル・マドリードは大エースであるクリスティアーノ・ロナウドを欠いても、美しいフットボールで攻勢に転じていた。ポルトガル代表ストライカーが途中出場すれば、その個人技で勝ち越し点を決め、彼が退場しても、同じく途中出場の偉大な才能を持つアセンシオが豪快なミドルシュートでだめを押す。チームとして相手を凌駕し、個人のタレントでスコアボードを動かした。デル・ボスケが賛同したように、このままではリーガ・エスパニョーラの新シーズンは、レアル・マドリードの独り勝ちとなりそうだ。
カンプ・ノウでレアルの得点にも歓声が起きたエル・クラシコ
©Getty Imagesスペイン・スーパーカップのファーストレグが行われたカンプ・ノウは、スタンドの大半がバカンスで旅行に訪れた観光客がほとんどだった。ソシオは年間シートを持っていても、このゲームは別料金を払いチケットを買わなければならず、またバカンスでほとんどの人がバルセロナから出ているという時期も重なり、スタンドに常連客であるソシオはほとんどいなかった。その証拠にカタルーニャがスペイン軍の占領下に置かれた年号にかけて、17分14秒になるといつもスタンドから独立を訴えるコールが起こるのが定番だが、この日は何も聞こえなかった。
入場者数は8万9,514人と発表されたが、その数字は過去10年間のカンプ・ノウでの“エル・クラシコ”における入場者数のワースト記録だという。そのせいか、エンジと青のユニフォームだけではなく、スタンドには白いユニフォームも多くあり、普段の“エル・クラシコ”ならば黙殺されるレアル・マドリードのゴールのときも歓喜の声があがっていた。
この日のカンプ・ノウは奇妙だったが、夏が終わり、年間シートを持つソシオがスタンドに戻ればいつもの雰囲気になるだろう。しかし、そのスタンドから見るピッチに彼らの求める「美しく勝つ」チームが立っているかどうかは、現時点ではかなり悲観的にならざるをえない。
代表監督も大歓迎 ネイマール加入でブラジル代表化が進むPSG
ネイマールのパリサンジェルマン移籍を最も喜んでいる一人が、現ブラジル代表のチッチ監督だろう。ネイマールが加入したことで、PSGには5名のブラジル代表選手がそろうこととなったからだ。ブラジル国内でネイマールの移籍はどのように受け止められ、チッチ監督はどのような意見を持ったのか。藤原清美さんに伝えていただく。
日本は、いつまで“メッシの卵”を見落とし続けるのか? 小俣よしのぶ(前編)
今、日本は空前の“タレント発掘ブーム"だ。芸能タレントではない。スポーツのタレント(才能)のことだ。2020東京オリンピック・パラリンピックなどの国際競技大会でメダルを獲れる選手の育成を目指し、才能ある成長期の選手を発掘・育成する事業が、国家予算で行われている。タレント発掘が活発になるほど、日本のスポーツが強くなる。そのような社会の風潮に異を唱えるのが、選抜育成システム研究家の小俣よしのぶ氏だ。その根拠を語ってもらった。(取材・文:出川啓太)