日本では3月生まれの子供は不利
――小俣さんは「各自治体が行なうタレント発掘・育成事業が、日本のスポーツ強化に直結するとは限らない」と仰っています。その根拠を教えてもらえますか?
小俣 一番大きな問題は、ある特定の特徴を持った子供たちだけが拾い上げられていることです。選抜時点で、成長が進行していたり,特定の誕生月の子や、身体の大きい,体力の高い子が選ばれる。ほとんどの競技における選抜がそうです。
成人してしまえば、歳が違えど身体の大きさや体力,身体能力の差はほとんどなくなります。しかし、小学生ぐらいまでは、歳の差は大きなハンデとなります。小学校中学年生が高学年生の大会に出て勝つことが難しいことは明白。身体の大きさがスポーツのパフォーマンス(結果)に直結しがちな時期に、一つ年上の子供たちと同じ土俵でプレーすることは簡単なことではありません。また細かく見れば、学年は同じでも4月生まれの子と3月生まれの子にも11カ月の成長のハンデは存在します。これが生まれ月の格差で“相対年齢効果”とも呼ばれています。
――そう考えると、早生まれは不利ですね。
小俣 4月生まれの子と3月生まれの子を、「同じ学年だから」同じ物差しで測るのが日本の教育や競技スポーツシステムです。同学年の3月生まれと4月生まれが徒競走をすれば、成長が進行している4月生まれの子が勝つ可能性が高くなります。また、成長速度にも個体差があります。各自治体が行なうタレント発掘事業のテストは、50メートル走やメディスンボールを遠くに投げるような力の強さを測る種目がほとんど。4月生まれや早熟傾向,身体が大きかったり体力のある子どもが選抜されやすい選抜方式といってもよいでしょう。
――身体を動かす能力に優れているけど、現時点で身体が小さくて体力が低い子はテストに落ちてしまうわけですね。
小俣 そうです。そこで選抜された身体が大きくて体力の高い子の多くは早熟傾向ですから、伸びしろは小さいでしょう。将来的に伸びしろが小さい選手を選抜して強化し、伸びしろが大きく可能性ある子が足切りされてしまう。それが、今のタレント発掘ブームで起こっている実態と言えるでしょう。
サッカーで例えるなら、たとえばメッシのようなスーパースターになれる才能がいたとしても、日本のタレント発掘事業では省かれてしまう可能性があると言えるのではないでしょうか。メッシが10歳のころに成長ホルモンの分泌障害、いわゆる低身長病を抱えていたことは、多くのサッカーファンが周知のことですよね。10年後にすごい選手になっているかもしれない子たちが、その時点での成長度合いだけで測られて落とされてしまうのです。
タレント発掘事業だけではない、日本の育成の問題点
――こうした問題は、なにもタレント発掘・育成事業だけにも見られるものではないですよね。たとえば、サッカーのトレセン制度などにも見られがちです。
小俣 トレセンを任される指導者たちも、結局、勝つことを求められてしまう。そうすると、身体が大きくて力の強い子を選ぶことになります。そのカテゴリーで勝ったからといって、Jリーグの選手になれるとは限らないのに。野球も同じです。甲子園で勝つための選手をつくることが目標になってしまっていますが、それがプロ野球選手になれるかというと、これもまた別の話です。成長期のチャンピオンは成人レベルでのチャンピオンを保証したり,将来性を予測しているわけではないのです。
――身体が小さい子は成長が遅いだけで、その子自身が悪いわけではないのに、試合で負けた敗因にされてしまうことさえあります。
小俣 そういう子も少なくありません。これでは基準に乗らない子は、どんなに頑張ってもそこにたどり着けません。18歳くらいになることには、そういったハンデもなくなってくるのですが、その過程ですでに選抜されてしまうから、身体が大きかったり、力が強かったりする子が有利になってしまいます。その土壌に乗っからない子は、恵まれた環境でスポーツをする可能性を排除されてしまうわけです。その結果、『つまらない』『できない』とスポーツを辞めてしまうのです。
今、小学4,5年生でスポーツを辞める子がすごく多いんです。本来は遊びのはずのスポーツが習い事化してしまい、しかも特定の特徴を持つ子が評価される。身長が低かったり、早生まれの子が辞めてしまうのは当然です。体力と運動能力の低下がよく問題視されているにも関わらず、エリート選抜ばかりに力を入れ、それが問題解決につながらないという状況です。競技スポーツとエンジョイスポーツがごっちゃになっていることも要因です。
子供の特徴や成長のプロセスを、しっかり把握しよう
――なるほど。そういった事情を知らない大人たちは、「根性がない」と、スポーツを辞めた子のせいにしがちです。親や周囲の大人の知識不足ということでしょうか?
小俣 それは仕方のないことなのかもしれません。ある日、11歳の息子さんを連れてきたお母さんが私にこう訪ねました。「ゴールデンエイジはあと1年しかありませんが、なんとかなりますか?」と。ゴールデンエイジ理論が間違って伝わってしまっているのです。運動学習最適期や臨界期には個人差がありますから、必ず誰もが9歳~12歳の間がゴールデンエイジというわけではありません。
――なるほど。そもそもゴールデンエイジ理論とはどのような意味なのでしょうか?
小俣 「スキャモンの発育曲線」などを利用した理論で、ひと言で言えば運動学習最適期を説明しています。しかし近年、日本発育発達学会が特集号を組んで、このスキャモンの学説を利用した理論の批判をしたり,スキャモンの発育曲線を使って運動学習の説明に応用することへの見直しが起こっています。
そもそも、スキャモン博士はゴールデンエイジ理論を説明するために研究をしたのではなく、人間の成長過程における形態変化を説明するためにこの発育曲線を提唱したと言われています。ですから、神経の量が9歳から12歳の間に大人の量に達するということを言っているだけで、“運動能力が高まる"とか、“スポーツが上手くなる"と言っているわけではないのです。
スポーツが科学として研究領域に上る1950年以降に、後世の学者がスキャモンの学説を利用し後付けした話です。神経の量が増えることで運動能力が高まるのであれば、12歳の子供全員が一定以上の運動の質を保てないとおかしいですよね。すべての子供にとって9歳から12歳が運動能力最適期であるというのは難しいのです。
また、あるお母さんは幼稚園年少のお子さんを私のところに連れてきて、こう訪ねました。「一日でも早く、一年でも早くスポーツを始めたほうがいいと言われたので連れてきました」と。これはゴールデンエイジ理論と早期教育の考えが結びついたものです.一日でも早くスポーツを専門的に行なうことで、体力や運動能力が向上したり,逆にそれらの低下を防止できるというわけではありません。むしろ幼少期のころは、特定のスポーツをするというよりもいろいろな運動を行ったほうがいいんです。
こういった会話は、日常的にどこでも行なわれていることです。スポーツを始めた年齢や、ゴールデンエイジが終わる12歳でスポーツ選手としての将来が決まってしまうと思っている人が、じつは世の中には少なくありません。元々、Jリーグが始まった約20年前に、日本サッカー協会が各クラブに育成組織を持つように求めました.その育成組織での指導原理の統一が必要になり提示したのがゴールデンエイジ理論で,その後サッカー界に限らず広まりました.今では、子供のスポーツ教育サービスや学習塾などでも広く使われています。サービストークとして使っていたり、集客のパイプ的な役割になっていますが、じつはこれが正しく伝わっていないことにも問題はあるでしょう。
――営業目的として使うために都合良く解釈されているということですね。
小俣 日本では、運動やスポーツが習い事になってしまっていて、遊びではなくなっています。本来は、スポーツは遊びであって誰かに教えてもらうものではないんです。自分の興味に従って、自分のやりたいことをやって、それが運動体験を積み,身体操作性や身体感覚を研ぎ澄まし,それがスポーツや運動の飛躍的な上達に繋がるのです。残念ながら、いまの日本ではスポーツを習うことが一般的になっています。イギリスのサッカー界では、こういった状況で育った選手達を「アカデミージェネレーション」と呼んでいます。
タレント発掘ブームを改善する2つの方法
――では、今のタレント発掘ブームを改善するとしたら、具体的にどのような方法があるのでしょう。
小俣 今日本がやっている方法は、競技人口が多いスポーツではある程度有効ですが、競技人口が少ないスポーツでは成果が出ません。例えば、かつて東ドイツやキューバは、強化するためのお金がなく、人口(東ドイツの人口は約1,600万人)も限られていたので、子供の特徴を掴んで適性を見ながら育てていくシステムを作りました。その結果、1988年のソウルオリンピックで東ドイツはメダル総獲得数がアメリカを抜いて2位でした。強化システムというと強い選手を連れてきて鍛えるというイメージがありますが、それがすべてではないですし,かつ東ドイツでは強化を始めたころに,この方式で失敗をしました.
また、キューバやオランダなど人口が限られていている国では、その年代で選抜に漏れてしまった子たちを対象にチームをつくるなどの取り組みをしていると聞きます。日本は国から予算が降りているわけですから、選抜に落ちた子たちを対象に、無償の運動スクールをやってみてはどうでしょうか。
選抜する基準や方法を、身体の大きさや体力の高さだけではなく、子供の特徴や適性に合わせたものにすること。また、選抜テストで排除されてしまった子たちにも、しっかりとした経験値を積ませる仕組みを用意すること。この2つが現状のタレント発掘ブームを改善する具体的な方法と言えるのではないでしょうか。
<後編に続く>
小俣よしのぶ
いわきFCアカデミーアドバイザー https://iwakifc.com/ 石原塾アドバイザー http://ishiharajyuku.com/ 筑波大学大学院修了、元筑波大学大学院非常勤研究員、元筑波大学産学リエゾン共同センター客員研究員。東ドイツ、ソ連やキューバなどの強化育成選抜システムやトレーニング学を研究テーマとし、成長期年代を対象とした運動能力向上等の指導や研究に従事するほか指導者養成や人材教育プログラムの研究開発やコンサルティング、セミナー講演活動を行っている
早熟の子を「神童」と呼ぶ愚行、いつまで続くのか? 小俣よしのぶ(後編)
前回の記事で、日本のタレント発掘ブームの問題点を的確に指摘し、改善点を指摘してくれた選抜育成システム研究家の小俣よしのぶ氏。今回は、今夏注目されながら惜しくも甲子園出場を逃した清宮幸太郎選手を題材に、日本のスポーツ選手育成の問題を取り上げていく。(取材・文:出川啓太)
なぜ日本スポーツでは間違ったフィジカル知識が蔓延するのか? 小俣よしのぶ(前編)
小俣よしのぶというフィジカルコーチをご存知だろうか? 近年、Facebookでの情報発信が多くのコーチの注目を集めている人物だ。いわく「サッカーが日本をダメにする」「スキャモンの発育曲線に意味はない」「スポーツスクールは子どもの運動能力低下要因の一つ」……一見過激に見えるそれらの発言は、東ドイツ・ソ連の分析と豊富な現場経験に裏打ちされたもの。そんな小俣氏にとって、現在の日本スポーツ界に蔓延するフィジカル知識は奇異に映るものが多いようだ。詳しく話を伺った。
サッカー“しか”やらない子は、どうなるのか? 小俣よしのぶ(後編)
前編ではフィジカルコーチ・小俣よしのぶ氏に、「スキャモンの発育曲線」「ゴールデンエイジ理論」など、日本で蔓延するフィジカル知識の危うさについて語っていただいた。後編はより踏み込み、「幼少期から単一スポーツに取り組むことの是非」について論じていただいている。