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日本の皆さんは、南米について「後進的」「未発達」「貧しい」というイメージを持っていませんか? 南米サッカーの育成方法=ストリートサッカーという印象を持たれている方も、多いかもしれません。確かに、ストリートサッカーも世界一の育成大陸南米を支える重要なキーファクター。ですが、南米で指導者をしている筆者・平安山から見る南米サッカーは、もっと多様性に満ちています。

そもそも、日本でもチームによって戦術や育成方法、置かれている状況も規律も違ってくるはずです。また逆に、ブラジル人から「日本・中国・韓国のサッカーは全て同じ」と言われるとどう思うでしょうか? さらに、カタールやカンボジアなども含めて「アジアサッカーはみんな同じ」と言われると違和感を持つでしょう。

日本人の持つ南米サッカーの情報は、実は“知っているつもり”であったり、かなり古いままでストップしているように感じられることは多々あります。進化し続けているのは、南米も同じなのです。ということで今回はアルゼンチンの名門であり、メッシを育てた事で有名なニューウェルス・オールドボーイズで研修を行なった経験から、従来とは一味違った2017年最新の南米サッカー情報をお届けします。

なお、筆者がニューウェルスで研修したのは1週間程度です。よって、すでに約半年ほどニューウェルスで選手留学生をしている菅原斗亜君、鷲野晴貴君、両名にもお手伝いをお願いした記事となっています。

育成段階からの緻密なコンディション管理

ニューウェルスの下部組織の選手は、練習に来るときに毎日必ずコンピュータに疲労度、体の痛む箇所、睡眠の質、そして体重を量って入力します。それらはパソコンによってデータ化され、スタッフは好きな時に各選手個別のデータを見る事ができます。

例えばAという選手がいると仮定すると、そのA選手がいつ体調が良くて、いつ体調が悪かったのか、そしてA選手が体調の良い日の確率、悪い日の確率も出ます。火曜日と木曜日の週2回、立ち幅跳びの記録を測定し、例えば「普段跳べるはずの記録より95%未満しか跳べなかった」場合には別メニューにするなど、個別に練習強度を調節しています。90%未満の場合は、さらに軽い練習にします。そして、実行された練習の強度も強・中・弱の3段階に分けて毎日パソコンに入力、データ化されます。

さらに、練習や試合でケガが起きてしまった時の負傷箇所、状況もデータとしてまとめます。ニューウェルスではどんなケガが多く、どんな状況で負傷したものか、その前の練習強度は適切だったか、体調管理はこれで良かったのか、ケガをした理由に睡眠不足は関係していたのか……etc といった情報を全て可視化しました。その結果、チームが始動したばかりの3月には7カテゴリーで42件あったケガの発生数を、5月には3分の1以下となる13件にまで減少させる事に成功しました。

指導者は経験を積み重ねることがもちろん非常に大切なのですが、データを積み重ねることも大切です。コリンチャンスで世界一に輝き、現ブラジル代表を世界最速でW杯出場に導いたチッチ監督も、「今日におけるサッカーでは、テクノロジーの有効活用は避けられない」と述べています。日本人が持つ南米サッカーの後進的なイメージは、断片的な情報によるものであることがおわかりいただけると思います。

計画的フィジカル改造

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ニューウェルスの下部組織では月に1度、身体測定を行ないます。身長や体重のほか、座高、体脂肪率、筋肉量、胸囲、腹囲、腕周りや、太もも周りの太さ、骨の成長度などのデータを専門スタッフが計測し、これもパソコンに入力してデータ化します。

それによって個々の年齢だけでなく、身体的年齢(成長度)を把握し、その結果から来月までの筋肉量や体の各部位の太さ、適正体重の目標を設定し、フィジカルコーチは筋トレメニューを決定・実行します。

その筋トレメニューの設定は細かく、A選手はこのメニューを何キロで何回・何セット行なうかまで個別に対応します。年齢が同じでも、すでに成長期を終えた選手とそうでない選手で身体的特徴は違うので、各選手毎に違う練習メニューが与えられるのです。そして何キロ持ち上げられたかなど、各筋トレメニューの成績を計測し、目標値との差を割り出します。

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育成だけでもフィジカルコーチは5人いるので、正しいフォームの指導にも抜かりはありません。

幼少期にホルモン異常であったメッシの治療費をバルサが助けた事は有名な話ですが、そもそもメッシがただ背が低い子ではなく“ホルモン異常”と気付けたのは、ニューウェルスのこういった取り組みや意識も関係しているのではないでしょうか。

日本人は、よく「フィジカルが弱い」と言われます。それには遺伝的な面もあるのかも知れませんが、果たしてその他の努力面や環境面で彼らより優れているのかと問われると、それも自信を持って答えられない状況ではないでしょうか。

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チームプレーモデルの可視化・言語化

ニューウェルスはメッシという圧倒的個人を育てバルサに送りましたが、チーム戦術に関してはシャビやグアルディオラがいた時代のバルサから多くを模倣しています。

史上最強だったとの呼び声高い時代のバルサの戦術も組み込んだ、ニューウェルスの目指すサッカーのプレーモデルを言語化し、表にまとめて可視化する事で、ブレないチーム哲学をトップチームから下部組織にいたるまで浸透させる事に成功しています。

いろいろなサッカーに触れることも戦術理解力を深め、経験値を高めてくれますが、逆にあまりにも毎回違っているとそれは何も積み重ねられず、浅いもので終わってしまいがちです。

日本サッカーの育成年代では時折、そもそも目標が定まっておらず、ブレにブレてほとんど何も積み重なっていない、そんな場面に出くわす事があります。どんなチームにするのか、どんな選手を育成するのか、チームの目標と個人の目標、目的地のないドライブが目的地に着く事はありません。

チームとしてブレてはいけない部分を可視化する事で、ブレそうになっても元の自分達のやり方に戻ってくる事ができます。人間は弱い生き物なので、頭の中でチーム哲学を知っていても、時にそこから離れてしまう瞬間があります。小さな事の様ですが、そんな時に目について、本来の場所に返してくれる仕組みはチーム哲学の浸透には非常に効果があります。

ニューウェルスでは試合中における各場面において、どんなプレーを目指すべきかを表にしています。

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例えば後退しながら守備をする場面では、「ボールを失った瞬間にプレッシャーに行き、相手の攻撃を誘導して方向付けし、そこで奪えなければブロックを敷く」などの様な共通認識をチーム内で共有しています。それを元に練習を決めるので、下部組織からTOPチームまで戦術や練習メニューもレベルに合わせてステップを踏み、一貫指導しています。

サッカー脳を鍛える。戦術勉強会の開催

ニューウェルスでは、子どもたちの戦術理解度やサッカーにおけるインテリジェンスを鍛える方法にも工夫がありました。元々の練習からチーム目標に則った戦術を一貫して指導するので、戦術理解度は習熟しているのですが、練習以外の時間にも”戦術勉強会”を開催するなどしてさらにそのサッカー理解度を高めています。

戦術勉強会には、指導者が行なうものと選手が行なうものの2パターンがあります。指導者が行なうものでは、指導者が編集した動画を用いながら「このプレーはどうして成功したのか?または失敗したのか?」を解説します。解説時には子ども達の意見も聞く姿勢もあり、子ども達も活発に質問や意見をしていました。

年齢差による上下関係の薄いアルゼンチンでは子どもも尊重され、自分が間違っているのに先輩の圧力で潰して誤魔化す、といったことはできません。

子どもたちが行なう戦術勉強会では、子どもたちが自宅で課題動画を見て、成功理由や失敗理由を考察し、みんなの前で発表します。一瞬で答えを考える指導者パターンに比べ、より深く考える事になります。

また、ニューウェルスでは育成部でサイトを持っており、選手はIDを入力するとどのパソコンからもアクセスできるようになっています。そこには前項までに述べたチームの目標や戦術、プレーモデル表、そして自分たちのリーグ戦全試合の場面別動画や、プロのお手本となるプレー動画が載っています。

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例えば自分たちのリーグ戦の動画であれば、ビルドアップの場面を集めた動画、ロングパスの場面、得点や失点シーン、切り替えの場面などの多岐に渡る動画を、指導者が毎試合編集して掲載しています。子供たちは好きな時に、好きな場所で、好きな試合の動画を見て振り返る事ができます。試合が終わったら忘れてしまい、次に活かせないまま、明日も同じミスを繰り返すといったことは減ってくるでしょう。

また、自分たちの試合動画だけでなく、ニューウェルスが目標とするプレーモデル動画もサイトに掲載されており、こちらも自由に見る事ができます。ニューウェルスTOPチームの試合だけでなく、欧州クラブなども網羅しています。例えばバイエルンのビルドアップ方法の動画など、ニューウェルスの目標のお手本となるものがありました。子どもたちは自由な時間にこの動画を見て、サッカーインテリジェンスを高めることができます。

ニューウェルスの辿り着く場所

また、ニューウェルスでは戦術的ピリオダイゼーション理論というものを採用しています。この理論を詳しく書くのはここでは割愛しますが、大まかに言うと、「サッカーはとても複雑なので、サッカーをする事によって上手くなる。ただの長距離走とサッカーの走りは違う。サッカーの中ではペースが変わるし、ジャンプもする。判断も伴う。よってボールを使う練習が良い。体の疲労度によって練習強度やコンディション調整を行なうだけでなく、頭の疲労度を考慮する」といった感じです。
 
ニューウェルスの場合は体の疲労度もしっかり考慮に入れていますし、筋トレなども科学的に行っていますが、それ以外での練習は基本的にボールを使っています。

アルゼンチンの選手は日本やブラジルの選手と比べても、「ボールを持ったらまず抜こう」という意識が強いです。筆者の独断でその意識を数値化すると、日本5、ブラジル8、アルゼンチン10くらいでしょうか。

ボランチあたりの選手でもまず抜こうとしてくるので、その分ボールを相手の足が届かない深い位置に置き、ゴリゴリ抜きにきます。そのためか、守備側もタックルが非常に深く、強烈です。球際の競り合い強度は世界屈指でしょう。

そんなアルゼンチンでの激しい競争においても、ニューウェルスのテクニカルダイレクター、ヘクトール氏は「ニューウェルスでは長距離走をしないが、見ろ、俺たちはは球際で当たり負けもしないし、試合終盤に疲れて走れなくもならない。それはボール回しやゲーム形式の練習の中に、充分に高いインテンシティを求めているからだ」と、自クラブのメソッドに自信を覗かせます。

確かにニューウェルスの練習を中に入って見てみても、球際に強く行く事や、攻守バランスと組織としての守備のボールの奪い方などを考えながら、賢く走る事を要求していました。決して手を抜けませんし、正直にそこには日本の多くのチームが到達していない強度がありました。

ニューウェルスでは下部組織の子供たちであっても手を抜けば試合に出られなかったり、クビになりますし、そもそも夢を追い、場合によっては生活をかけてチームに来るのでモチベーションはとても高い状態にあるというのも理由です。

ニューウェルスが育成したメッシをバルサが取り入れ、逆にシャビを育成したバルサのメソッドをニューウェルスが取り入れているのは面白いですね。日本サッカーが努力し、進歩するように世界もまた学び・高め合っています。

今のニューウェルスは、プレーモデルこそ完成したものの、まだこの育成方法になってから歴史が浅く、育成改革が成果を見せるのは今の子どもたちがプロになる頃。いわば、シャビがいた時代のバルサに移行中と言えます。

逆に近年のバルサは、MSNが有名なように南米トリオの圧倒的な個人能力に頼ってきました。今後、ニューウェルスが持ち前の育成力を活かし第2のシャビを生み出すのか、さらにはメッシもシャビも生み出して史上最強になっていくのか、はたまた上手くいかないのか……それはわかりませんが、非常に楽しみですね。

もちろん、ニューウェルスのやり方だけが正解ではありません。ですが、この記事が日本サッカー界が強くなるために役立てば幸いです。サッカー界の多くの方々の目に届きますように。

<了>


VictorySportsNews編集部