東京2020、フリースタイル系の注目競技「BMX」

冬季としては史上最多のメダルに沸いた平昌オリンピックで、スノボードハーフパイプをはじめとする「フリースタイル」系の競技が注目を浴びた。その名の通り「自由で」「かっこいい」新世代の競技たちは、これまでのオリンピック競技とはひと味違う新風を送り込んでくれた。

スノーボードの世界でカリスマ的人気を博すショーン・ホワイトに挑んだ平野歩夢選手の演技は、これまでいわゆる「X系スポーツ」に疎かった日本人に、新たなスポーツの楽しみを指し示してくれた。

オリンピックを統括する国際オリンピック委員会(IOC)の狙いもまさにそこにあった。コマーシャリズムの到来、プロ選手の参加など、さまざまな変化を遂げてきた「スポーツの祭典」は、世界的に見ればその影響力を弱めている。これを憂慮したIOCが新機軸として打ち出したのが、すでにX gamesとして成功を収めているストリート系ニュースポーツの採用だった。

東京2020では、ヨコ乗り系スポーツの最古参とも言えるサーフィンをはじめ、スケートボード、スポーツクライミングなどが新たに採用される。こうした新競技と並んで「新種目」として加わるのが、BMXのフリースタイル競技だ。

BMXは、Bicycle Motocrossの略で、モトクロスにヒントを得て誕生した自転車競技の一種だ。「新競技」としてフィーチャーされなかったのは、オリンピックにはすでに自転車競技が存在するため。2020東京では、6種目のトラック競技(ケイリン/スプリント/チームスプリント/チームパーシュート/オムニアム/マディソン)、2種目のロードレース(ロードレース/タイムトライアル)、マウンテンバイク・クロスカントリーと併せて、北京オリンピックから採用されているBMXレースと、今回新たに採用されるフリースタイル種目が行われる。

BMX界のネクスストスター レッドブルが認めた中村輪夢

新たに採用される競技の多くが若者に人気で、競技人口の大半が若年層で占められていることから、東京オリンピック2020でも平昌での平野選手に匹敵するような旋風を巻き起こしてくれそうな若い才能が日本にも実はたくさんいる。そのうちの一人がBMXフリースタイルの世界で16歳にして早くもトップライダーの仲間入りを果たしている中村輪夢(なかむら・りむ)だ。

BMXフリースタイル日本代表候補筆頭に挙げられている輪夢は、生まれついてのBMXライダーと言っていい。自転車に詳しい人はピンときたかもしれないが、輪夢=リムは、自転車のホイールに組み付けられた部品の一つ。輪夢は、BMXライダーの父・辰司さんの影響で、生まれながらにしてBMXが身近にある環境で育った。

競技人口が少ない競技では、早くはじめることはそれだけアドバンテージになる。自身もBMXライダーとして活躍し、京都でBMX専門店『hang out』を経営している父親が「やれ」とも「やるな」とも言う以前に、輪夢少年は3歳にして目の前のBMXにまたがることになる。

大会に初めて出場したのは5歳の時。小学校高学年の頃にはキッズクラス全制覇という神童ぶりで、11歳の時にはプロクラスに転向し、いきなり国内3位という結果を残す。

折しもBMXが何度目かの小さなブームを経てストリート文化として根付き、X gamesの競技として人気を不動のものにしつつあった頃のこと。BMX新世代である輪夢は、2015年にRECON TOURの13~15歳クラスで優勝を遂げ、BMX発祥の地にして本場の舞台、アメリカで同世代世界最強ライダーの称号を得ることになる。

成長を続ける輪夢は、翌2016年、日本の時計メーカー、カシオのG-Shockブランドを大会名に冠したバトルイベント、『G-Shock Real Toughness』で海外から参加した強豪を破って優勝を飾るなど、BMXフリースタイラーのスター選手に登り詰めていった。

「日本人最年少トリック」を次々にメイクしていく天才少年・輪夢の名声は、日本国内の枠を超えて高く評価された。その証拠に、X gamesを世界中に広めた立役者であるオーストリアの飲料メーカー、レッドブルが当時15歳の輪夢を見初め、レッドブル・アスリートとしてサポートしている。

2016年12月18日の輪夢のInstagramの投稿には、夢だったレッドブルアスリートになれたことの喜びが投稿されている。文字どおり「翼を授けられ」た輪夢は、“X gamesの顔"として、「投資対象」になるほどの選手として期待を集めている。ちなみに、G-shock、スポーツサングラスのOAKLEYなど、Xスポーツではお馴染みの世界的なブランドが輪夢をスポンサードしている。

「遊び」が「競技」に そして「メダル」への期待

3歳からごく自然にBMXに乗っていた輪夢にとって、BMXフリースタイルは、幼い頃から慣れ親しんだ「遊び」であり、「自己表現の方法」でもあった。X gamesなどの競技会はあっても、大会での順位より、それまでできなかったトリックをメイクできるようになること、パークで「かっこいい」ライディングができることの方が重要。結果は後からついてくるものだった。

輪夢自身によれば、その考えはいまも変わっていないとのことだが、BMXフリースタイルがオリンピックの正式種目になったことで、周囲の環境は大きく変わることになる。

BMXフリースタイルは、パークと呼ばれる公園のようなコースに設置された、木やコンクリートで作られたジャンプ台などでトリックを行い、1回1分間×2回の演技を行う競技だ。ジャッジが技の難易度、完成度、構成、オリジナリティなどで採点を行って勝敗を決する。スノーボードのフリースタイルでその採点基準が物議を醸したが、BMXもまた、公園内での遊びから発展した競技だけに、採点の客観性はトリックの難易度だけで測れない点もある。

オリンピック採用と前後して、BMXフリースタイルの「競技化」が加速度的に進んでいる。国際自転車連合(UCI)が「BMXフリースタイル パーク」を統括しワールドカップを開催するようになり、2017年11月には、UCI主催の世界選手権が初開催された。

これまで趣味とストリート文化、競技との関係を曖昧にしてきたBMXフリースタイルだが、日本国内でも大会などを取り仕切る統括団体として全日本フリースタイルBMX連盟(JFBF)が発足するなど、オリンピックに向けて着々と競技としての環境、ルール作りが進められている。

輪夢してみれば、子どもの頃から楽しんでいた「遊び」が急激に競技化していく様子を目の当たりにしたわけだが、本人に気負った様子は全くない。

「自分がずっとやってきたことが、競技として認めてもらえて、地元開催のオリンピックに出るチャンスがあるなんて最高。できればメダルを獲りたい」

中国で行われたBMXフリースタイル初の世界選手権に日本代表として臨んだ輪夢は、15歳にして7位という好成績を収め、今季からはワールドカップのエリートカテゴリを転戦している。

フリースタイル競技の面白さ、テレビ中継との相性の良さは、X gamesの世界的人気、若者を中心に高視聴率を記録したオリンピックでのスノーボードハーフパイプがすでに証明している。1970年代のアメリカで「モトクロスの真似」からはじまったというBMXは、東京で初お目見えするBMXフリースタイルのおかげで、1982年に映画『E.T』の名シーンで世界に衝撃を与えて以来の注目を集めている。

「BMXのかっこいいところを競技として伝えられたら」

世界のトップライダーたちと信じられないような高難度トリックの応酬で東京2020オリンピックのメダルを争う中村輪夢が待ち遠しいが、2020年にBMXフリースタイルを楽しむためにも、各地で開催される国内大会、ワールドカップなどで予習しておくべきだろう。

<了>


大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。