取材・文/石塚隆 写真/櫻井健司

今永昇太と戸柱恭孝 互いの評価とは?

今シーズンのDeNAにおける最大の驚きといえば、ルーキー戸柱の正捕手への抜擢である。オープン戦から起用されていた戸柱は、どんな心境で毎日を過ごしていたのか。「自分にとって、まだ正捕手は早い」という思いはあったのか。

戸柱「いや、それはなかったですね。やっぱり野球をやっている以上、試合に出るのが“絶対条件”ですから。キャンプ、オープン戦とやってきて任されたからには『1年間フルで戦い抜こう』と開幕前に決心をしました」

 しかし、社会人野球出身とはいえあくまでも戸柱はルーキーである。心身ともに負担も大きかったはずだ。今永はそんな姿を傍らで見て、こう感じていたという。
今永「僕もルーキーですけど、戸柱さんはルーキーにも関わらず凄く考えているんですよ。大変なこともあったと思うのですが、周囲に弱音を漏らすことなく、ずっと我慢していた。本当にタフな先輩ですよね」
ベンチのなかでよくふたりがコミュニケーションをとっている姿を見るが、ピッチャーから見て戸柱はどういうキャッチャーなのか。

今永「多くのキャッチャーは、結構ピッチャーの考え主体で組み立てていくのですが、戸柱さんの場合は『オマエはいまこういう状況だから、もっとこうした方がいい』と自分自身の考えを明確に伝えてくれるんです。そういう意味で自分にとって新しい発見があるし、『そんな配球もあるんだな』と、投球の幅の広がりにもつながってくるんです。そして僕がマウンドにいるときは、『ここに投げてこい!』とジェスチャーしてくれる。常に、安心感を与えてくれるキャッチャーだと思っています」

 一方の戸柱から見て、今永はどんな特色を持ったピッチャーなのか。

戸柱「大学1年のときは真っ直ぐしかなかったのですが、この3年で変化球や投球の間合いの取り方などを覚えて成長しましたね。とはいえ、軸はやはり真っ直ぐ。ただ最初のころは昇太の真っ直ぐに頼り過ぎてしまいました……。その組み立てだと、プロの世界では2巡目、3巡目で対応されてしまうんです。自分としてはもっと昇太の特性を引き出すような新たなリードをしていきたいと思っています。きっとそれが昇太のプラスになるはずですから」

今永昇太と戸柱恭孝が語るストライクゾーンの妙

ルーキーとして正捕手になった戸柱の最大の魅力は、そのキャッチングにあると言われている。ストライクとボールのギリギリのゾーンの球を、手首を柔らかく使い捕球しストライクの判定を引き出す。いわゆる「ピッチフレーミング』と呼ばれるものだが、それを強く実感しているのがピッチャーである今永だ。

今永「僕は低めにきちっと制球できるタイプではないのですが、『低めのボール気味に球がいったな』と思ったときにストライク判定だったり、あるいは『アウトコースに少し外れているな』と思っても審判が手を上げてくれることが少なくない。そういう意味ではかなり助けてもらっているし、自分のなかで『ボールだ』と思っていた球がストライクだと判定されると、気分的にすごく楽になるんですよね」

 ピッチャーを助け、試合を組み立てるうえでも重要になるピッチフレーミング。このスキルに関して戸柱はどのように思っているのか。ちなみに、戸柱がキャッチャーをやりはじめたのは大学に入学してからだ。

戸柱「大学のときはもちろんのこと、社会人になってもキャッチングがヘタクソだったんですよ。低めの球なんて、ストライクなのに逆にボールにしてしまうぐらいでした。先輩から『キャッチングがヘタ過ぎる』と散々言われて……『いまに見とけよ』って感じでたくさん練習しました。冬場はマシーン相手に何百球も受けていましたね。当時のコーチから、『キャッチングが良くなれば配球も良くなるぞ』って言われたのも大きかったですね。たしかにボールがストライクになれば、カウント的にも配球が変わってくる。キャッチングを大事にすれば、キャッチャーとして成長できると信じてここまでやってきました」

 ドラフト1位で即戦力左腕の今永と、4位でキャッチングのスペシャリストである戸柱を獲得できたことは、いま思えばDeNAにとってファインプレーだったと言っていい。

今永昇太と戸柱恭孝が挑むクライマックスシリーズ進出への道

一軍で戦っていくうえで即戦力ルーキーがぶつかる壁は、1年間を戦う肉体と精神力があるかないかだとされる。それほど1年間コンスタントに戦うことは難しいものなのだ。今永は6月に一度登録抹消され、戸柱はピッチャーによって髙城俊人と交代し休養を与えられており、本当の意味ではフルではないが、それも含め1年間を戦うことの大変さを知ったはずだ。それらを踏まえ、クライマックスシリーズに向けて、いかにして彼らは戦っていくのか。

今永「今シーズンは、ここまで常に野球と向き合ってきました。難しいときもあれば、結果が出て楽しいときもある。ただ、勝ち負けに一喜一憂していては気持ちがブレしまうので、1年間戦うには筋が通ったなにかを自分のなかに持ち、貫き通すことが大事だと思います。技術的なことよりも、この世界は気の持ちようのほうが大事なのかなと実感しました。残り試合は少なくなりましたが、とにかくチームに勝ちを付けることだけを考えて投げていきたい。前半戦は、どちらかといえば自分のために投げていたのですが……いまはそこが全然ちがいますね。とにかく任されたら、きちっと試合を作り、打線が援護しやすいような投球をしたい」
戸柱「昇太も言いましたが、1年間戦い抜くのに一番大事なのは気持ち、メンタルだと思います。プロになって初めて、心と体は一致するものだと痛感したんです。メンタルがダメになったら体が思い通りに動かない。ここにきて厳しい順位争いで、相手チームも気持ちを出してきます。ルーキーですけれど“扇の要”を任されているし、自分のことよりもチームが勝つためにあらゆる可能性を追求していきたいです」

 実力もしかり、言葉力、思考力も非常に高いこのルーキーバッテリー。彼らの活躍なしに、DeNA初のクライマックスシリーズ進出は有り得なかった。
さらに将来的なビジョンを見ても、戸柱と今永が盤石な存在に成長してくれれば、向こう何年間におけるバッテリーの“軸”ができあがることになる。筒香嘉智や梶谷隆幸ら、球界を代表する打撃陣も含め、チームの黄金時代を作り上げる可能性を秘めているのである。

(著者プロフィール)
石塚隆
1972年、神奈川県出身。スポーツを中心に幅広い分野で活動するフリーランスライター。『週刊プレイボーイ』『Spoltiva』『Number』『ベースボールサミット』などに寄稿している。


Ishizuka Takashi