このイベントは世界最⼤級のデジタルスポーツプラットフォームを運営するFanatics Inc.の⽇本法⼈、ファナティクス・ジャパン合同会社の主催によるもの。これが7度目の来日というフリードマン氏は、本業は弁護士ながら2014年から「ピッチングニンジャ」名義のSNSで独自の投球分析を開始し、今では現役メジャーリーガーからも信頼を寄せられている。イベントにはスペシャルゲストとしてマック鈴木氏(元シアトル・マリナーズほか)と村田洋輔氏(MLB.jp編集長)も登壇。そぼ降る雨の中、会場に足を運んだ熱心なファンの前で、1時間半あまりに渡って興味深いトークが繰り広げられた。

 イベント冒頭、1996年にマリナーズでデビューしたマック氏が「僕らの時は球が高めに行くと、それは悪だというふうにコーチから教わった。ヒザの高さ、もしくはヒザより下に投げなさいというのがセオリーだったんですけど、その時代に活躍したペドロ・マルティネス(元ボストン・レッドソックスほか)とかランディ・ジョンソン(元マリナーズほか)を見るとヒザの高さに投げていない。ベルトの高さに投げていたんです」と自身の現役時代を振り返ると、フリードマン氏も「彼の言うとおり。高めのほうがスピンが効いて打たれにくいということにみんな気付いていなかった。特に今は(フライボール革命の影響で)アッパースイングをしているので、低めのほうがホームランを打たれやすい」と応じるなど、MLBにおけるデータ活用やトレンドの変化といった話題からスタート。

 「歴代の日本人メジャーリーガーで、どの投手のどの球種がベストか?」がテーマになると、村田氏が「やっぱり大旋風を巻き起こした野茂(英雄、元ドジャースほか)さんのフォークボール」、マック氏は「甘いところに投げても通用する岩隈(久志、元マリナーズほか)投手の真っすぐでしょう。ほぼ100球以内で終わるんですから、理想ですよね」。これに対し、フリードマン氏は「1つ選ぶのは難しい。ダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)は持ち球が多いし、最高のスイーパーなら大谷翔平(ドジャース)。フォーシーム(日本でいうストレート)は今永昇太(カブス)が高めのゾーンに投げる球が一番良いし、山本由伸(ドジャース)のヨーヨーカーブが私は大好き。佐々木朗希(ドジャース)のスプリッター(フォークボール)も素晴らしいから、1つだけは選べない」と、現役投手5人の名前を挙げてみせた。

 さらに話が野茂の代名詞であり、アメリカでは故障につながる危険な球種と言われたこともあったフォークボール(スプリッター)に及ぶと、フリードマン氏は「アメリカでもロジャー・クレメンス(元レッドソックスほか)が投げていたが、その後は誰も投げなかった。日本人投手が(メジャーに来て)スプリッターを投げて成功するのを見て、みんな投げるようになったんだ。スプリッターに関しては、日本はメジャーよりもずっと先を行っていた」との見解を示した。

 続いてテーマが「現役メジャー投手の球種で一番好きなもの」に移ると、まず村田氏が挙げたのはニューヨーク・ヤンキースのデビン・ウィリアムズが投げる「エアベンダー」と呼ばれる変化球。これにはフリードマン氏が「私のお気に入りも彼のエアベンダー。あれは私が名付けたんだ。あんなに回転数の多いチェンジアップは他にないよ。時に(毎分)3000回転を超えるからね。逆に曲がるスライダーみたいなものだ」と言えば、マック氏も「チェンジアップを投げているのにスライダーのように逆に動くっていうことはもう、そんな球は見たことないわけですから。それぐらい脅威な球種ですよね」と同調した。

 そのマック氏のチョイスは昨年のナショナル・リーグ新人王、ポール・スキーンズ(ピッツバーグ・パイレーツ)の「スプリンカー」。フリードマン氏が「スプリンカーというのはシンカーとスプリッターの間のような球で、握りはスプリッターほど(指と指の間隔が)広くない。球速は95マイル(約153キロ)でスプリッターと同じぐらい落ちるんだ」と説明すると、マック氏が「僕もストライクを取る時の(握りの)幅と、ちょっとスピードを落としたいなっていう時の幅を変えてました。だから僕もスプリンカーを投げてたかもしれない。(フリードマン氏は)弁護士さんなんで、これは僕の特許ということでスキーンズを訴えてくれるらしいです」と場内の笑いを誘う一幕も。

変化球について熱く語り合うロブ・フリードマン氏(左)とマックス鈴木氏(右)

 同じ質問が客席にも及ぶと、指名された観客が答えたのは「トレバー・バウアーがボークを取られた後の(怒りの)ストレート」。これに対し、フリードマン氏は「彼は球界で最も賢い選手の1人。他の投手のベストピッチを取り入れて自分のモノにしてしまうんだ。たとえば(クリーブランド・インディアンス時代の同僚の)コーリー・クルーバーからはカーブやストレートを取り入れた。本当に頭のいいピッチャーだよ」と、2年ぶりに横浜DeNAベイスターズに復帰した右腕のクレバーさを高く評価していた。

 トーク終盤には今シーズン、二刀流の復活が期待される大谷の話題も。マック氏が「(左肩の)ケガの影響が長引くかもしれないですけど、彼もピッチャーをやりたいし、何といっても僕はピッチャー大谷が大好き。必ずピッチャーとして帰ってくるでしょう」と期待を寄せると、フリードマン氏は「シーズンを通して投げられるなら、いつでもサイ・ヤング賞を獲る可能性がある。彼の球は間違いなくメジャーでも一番だ」と、故障さえ癒えればまたピッチャーとして活躍できると、太鼓判を押した。

 その後の質問コーナーで、客席から「新しい変化球の中にはケガをしやすいものもあるのでは?」と投げかけられると「1990年代に野球やっていた人間からすると、(当時は)全球振ってくるわけじゃなかった。バッターとピッチャーの駆け引きがあって、このカウントなら打ってこないとかこのバッターは初球を打ってこないとかあって、(常に)全力投球する必要はなかったんです。でも今は全員が(常に)全力投球をしないといけない。球種というよりも、そこがケガにつながってるんじゃないかなと思います」と、自身の経験を基に答えたのはマック氏。

観覧者からの質問に答えるゲスト

 村田氏は、MLB史上最速となる時速105.1マイル(約169キロ)の記録を持つアロルディス・チャップマン(レッドソックス)の「今の先発投手というのは『100球投げる救援投手』。100球を全力で投げさせられるという時代になっていて、先発ピッチャーにかかる負担が大きすぎる。無理して速い球を投げているから、ピッチャーがどんどん壊れていく」という談話を紹介。フリードマン氏は「スイーパーのような新しい球種は、握りやリリースが(従来の球と)少しずつ違う。体がそれにアジャストしきれないうちに投げるから、それがケガにつながっている可能性はあるが、本当のところはまだ分からない」との見方を示した。

 その後はフリードマン氏の新著「ピッチングニンジャの投手論」サイン本を懸けたジャンケン大会が行われ、最後はフリードマン氏とマック氏がファン1人ひとりの写真撮影やサインの求めに応じてイベントは終了。SNSを日々チェックしているという熱心なフォロワーから、北海道日本ハムファイターズとピッチングニンジャのコラボTシャツを着た小さな女の子まで、この日の会場に足を運んだファンは1人残らず大満足で家路に就いたに違いない。


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。