構成・文/キビタ キビオ 写真/下田直樹
日本ハム快進撃は大谷翔平の打者専念からはじまった
──パ・リーグが終盤になって、日本ハムとソフトバンクによる熾烈な優勝争いになっています。
中畑 セ・リーグが広島の独走で優勝したのに対し、真逆の展開になっているな。これは本当に驚いた。パ・リーグは開幕してすぐにソフトバンクの一人旅になっていたから、6月頃に、「パ・リーグはもう終わったな」と思っていたんだよ。いや、それどころか本当に正直なことを言うと、すでに開幕前からだな。「ソフトバンクが独走で優勝するだろう」と、確信していたほどだった。
──それが、まさかこのような熱い展開になるとは。
中畑 作り出したのは日本ハムの頑張りだよ。ソフトバンクが急におかしくなったわけではない。多少、安定感がなくなって調子の波が出た程度で、そんなことはどんなに強いチームにもあることだから。むしろ、日本ハムが急に強くなったことの方が、ちょっと“異常”だぞ。
──その要因はどこにあるのでしょう?
中畑 変わったのは、大谷(翔平)が先発ローテーションから外れて、バットマンとしてスタメンに毎試合起用されるようになってからだな。
──6月後半から7月前半に15連勝したときはまだ先発で起用されていましたが、交流戦では「5番・ピッチャー」という高校野球のような“リアル二刀流”で出場。その後、右手のマメの影響で先発登板を回避するようになった7月後半以降は、「3番・指名打者」で常時出場するようになりました。
中畑 大谷が打線に入ると、4番バッターがたくさんいる感じがするんだ。それが、相手に与えるプレッシャーとなり、相乗効果を生み出したのだとオレは思うよ。
──中田翔やレアードのようなスラッガータイプのバッターが他にもいますからね。
中畑 でも、やっぱり大谷なんだよ。あの快進撃の起爆剤になったのは。レアードでも中田でもない。その意味では、「大谷ありきの日本ハム」ということを改めて感じた。
──9月には先発ローテーションに復帰しましたが、それでも、登板日以外は指名打者で出場し続けています。それも凄いですよね。
監督は“勝てば官軍”ゆえ、工藤公康監督は2位ならピンチ?

中畑 それにしても、これで、もしソフトバンクが日本ハムに逆転優勝を許すようなことになったら、工藤(公康監督)はクビになってしまわないだろうか? 監督の立場から見ると、少し心配だよ。
──契約は3年していて今年2年目ですから、さすがに解任されるようなことはないだろうと思われますけど……。
中畑 どちらかというと、自分の要望をどんどん球団に言うタイプだから。それで勝っているうちは誰も文句は言わないけれど、負けてしまうと厳しい立場に追い込まれるだろうな。そのときは、順風満帆に来ていた工藤の監督人生が変わるかもしれない。まあ、いままでアイツは“いいとこ取り”だったところもあったからな(笑)。
──現役時代は45歳までプレーを続けていましたし、監督としても就任1年目で日本一。解説者としても活躍していましたから知名度が抜群に高いですよね。逆にセ・リーグで優勝を決めた広島の緒方孝市監督は、あまり自分を前に出すタイプではないので、「広島の監督って誰だっけ?」と聞かれたときに名前が出てこない人が結構いそうな気がします。
中畑 でも、単に目立たないだけだろう? 余計なことを言わない監督で成功している人もたくさんいるからな。きっとコーチや選手を信頼して任せているのだろう。それは問題ないよ。色々なタイプの監督がいていいとオレは思うよ。
──結果がものをいう世界。
中畑 そういうこと。工藤もそうだけど、結局、勝てば官軍なんだよ。そう考えたら、オレなんてDeNAで6位、5位、5位、6位なんだから。ここで話していることも、“負け犬の遠吠え”だよ。
──とはいえ、昨年はシーズン前半終了時点でセ・リーグ1位でしたし、DeNAを現在のような戦う集団に改革して、多くのファンを横浜スタジアムに集めるようになったのは、昨年まで監督だった中畑さんの功績に間違いありませんよね。
中畑 その点については、オレ自身は誇りと信念を持ってやってきたのは確かだよ。だから、成績としては残念な結果だったけれど、オレの監督像は誰にもマネはできないと自負しているよ。
──尊敬するミスター(長嶋茂雄)ともまた違う?
中畑 (長嶋氏のモノマネをしながら)ん~? どうでしょうね~?(笑)
大谷翔平は投打とも半端な成績でも「客が呼べる」希少な選手

──先ほど、話に挙がった大谷選手ですが、たびたび話題になる二刀流について改めて伺います。日本ハムに入団してから現在4年目。投手か、野手か? の議論についてはさまざまな意見がありますけど、昨年までは「最終的には投手をに専念を推奨」派がやや優勢だったように思います。しかし、今シーズンは投打においてフル参戦して、打でも規定打席には届かないものの打率3割を超え、少ない打席数のなかでホームランを22本(9月24日現在)記録しています。
中畑 いや、オレも去年までは現場で、自分の目でそんなにまじまじとは見ていなかったからさ。正直なところ「大谷はわがままなことを言っているな」と思っていた。ピッチャー一本に絞れば、シーズン20勝できる力があるんだから、それを目指すべきだろう……とね。でも、今年、日本ハムのキャンプを見に行って、アイツのバットマンとしての立ち振る舞いを生でしっかりと見たらさ。「これは、バッターでやらせたい!」という考えに変わったよ。あれだったらホームラン20本以上なんていうのはあたり前。最初からレギュラーの野手としてプレーさせてみなよ。きっと、40本とか50本くらい簡単に打つと思うよ。
──それほどの大きなスケールなんですね。
中畑 打球方向が広角で、しかも、どの方向にも大きなあたりを打てる技術を持っている。それはつまり、まだ22歳だというのに、パワーも技術もすべて兼ね備えているということだよ。もう、大袈裟でなく王(貞治)さんクラスの雰囲気だよ。体も大型だしな。王さんで大型……。誰だ、つまんないシャレを言っているのは!?
──いや、いや、いや(苦笑)。
中畑 オレか?(笑) まあ、とにかく、凄い選手になってきていると、改めて認識したよ。いまの大谷の活躍ぶりは、「今後、二刀流という世界を、どのように評価すればいいのか?」という新しい“悩み”になりつつあるよ。果たして、球団がどう評価していくのか。なぜなら、成績そのものは、どっちつかずだから。
──右手のマメの関係もありましたが、過去においても今シーズンほど投手と野手を五分五分に近い割合でプレーしたことはなかったですからね。9月24日現在、投げては9勝、打っては打率.315、22本塁打で、規定投球回数も規定打席もわずかながら足りません。
中畑 両方ともタイトルにならない、大記録にも残らない。レギュラーとしての「ドッシリとした雰囲気」はない。こういう宙ぶらりんなポジションに置きたくないという意見もあるだろうし、それもよくわかるんだよ。だから、本人がどこまで納得して、最終的にはどちらの道を選ぶのか? ただ、決断すべきときは、もう迫ってきているのではないかな。
──このまま二刀流を見続けたいというファン心理もあるように思いますが、その点はいかがでしょうか?
中畑 でも、寂しいよな。あれほどの大器が、毎年10勝、20本で終わるというのは。それは、今後も間違いなくクリアできるだろうし、本人からすれば、それはむしろ最低のラインではないかな。だけど、それをあきらめて、どちらかに専念させたら、どんな驚くような数字を残すのか。そういう姿も見てみたいよ。
──これからも球界全体の悩みとして語られ、その動向は注目され続けるのでしょうね。
中畑 どちらにしても贅沢な悩みだよ。ただ、いまのところ、大谷本人が両方やりたいというのだからさ。それが変わらない限りは、宙ぶらりんな結果でも二刀流でいくしか、解決方法はないよ。10勝20本。いまはそれでいいんじゃないか? はい、ではそういうことで、よおーおっ! パン!(手をたたく)
──強引に締めないでください(笑)。
中畑 ああ、そうだった! もうひとつコメントしておかなくてはいけない重要なことがあるんだ。それは「ファンが大谷を見たいと思ってスタジアムに来ている」こと。そして、実際に試合での盛り上がりを、大谷の活躍によって演出しているところがあるということだよ。これは大きいよ。野球はあくまでも興業、ファンあってのプロ野球だから。たったひとりでお客さんを呼べる選手って、いまは少なくなっているからさ。他にいるか?
──筒香(嘉智)がいるじゃないですか。先日、マツダスタジアムで広島対DeNA戦を観戦したファンのtwitterで「今日はカープが勝って、筒香のホームランが見られたから最高だった」という主旨のツイートが結構見られましたよ。
中畑 おお、それは嬉しいね。我々の時代でいうところの王さんだな。当時の阪神ファンは、「タイガースが勝って、王さんのホームランが見られたら最高」とよく言っていたよ。筒香はバッティング技術だけではなく、人間的にも成長してきているからな。オレも現場から離れてしまったけれど、プロ野球の未来を考えたら、大谷や筒香のような選手をこれからも輩出していかなくてはいけない。そういう気持ちをずっと持ち続けながら、できることに取り組んでいくつもりでいるよ。
(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。今季から解説者に復帰した。
キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。