取材・文/石塚隆 写真/櫻井健司

筒香嘉智がつかんだ“感覚的”に新たな領域

「体の奥の方の感覚がだいぶ合いはじめてきたんです」
 今年7月度の月間MVPの記者会見の席で、横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智は、好成績の要因を以上のように説明した。
あまりにも抽象的で感覚的な言葉――。
 7月はプロ野球新記録となる3試合連続&月間6度のマルチ本塁打という驚愕の大当たりをし、月間16本塁打は日本人歴代最多タイ記録。いまの筒香は、日本球界屈指の長距離砲と言って間違いない。
打ち損じかとおぼしき当りであっても白球は吸い込まれるようにスタンドまで運ばれ、さらに、昨年は0本だった逆方向(レフト方向)へのホームランが格段と増えた。スイングスピードとタイミング、フィジカルの強さなど、優れたバッターとしてのあらゆる資質が揃わなければ、逆方向へのホームランはそう簡単に量産できるものではない。

 覚醒したとおぼしき筒香が言う“奥の方の感覚”と一体なにか。
「正直、口で説明できることではないんです……。筋肉でも軸でもない、もっと深い部分の感覚。打ち方がどうこうではなく、そこが合うか合わないかが重要なんです。7年ぐらい前から取り組んでいて、ずっと追い求めてきたことなんです」

 広く知られている話として、筒香は入団2年目のオフにアメリカへ渡り、以来、本場MLBのウェイトトレーニングを導入。野球選手に必要な体の軸や、肉体の連動性に主眼を置いた筋力を身につけてきたが、どうやらそれとはまたちがう別次元のことを自らに課してきたようなのだ。
果たしてそれはどんなものなのか? と幾度となく問い詰めても、筒香は「口ではちょっと説明ができないんですよね」と、かぶりを振った。

筒香嘉智が語る「ピッチャーのなかに入っていく感覚」

「いままでは体の使い方が感覚として薄かったので、それをウェイトトレーニングで補っていました。ただ、いまは感覚が合ってきたので、逆にウェイトトレーニングをするとおかしな状態になるんです。逆に鈍るというか……。筋肉をどう使うといった話ではないし、やっとそれがわかりはじめたというか。そういったことが、いまの状態につながっているんだと思います」

 筒香は以前、インパクトの感覚を「体のなかにボールを呼び込む」と表現していたが、その感覚がより研ぎ澄まされてきたということなのか。
「ボールを呼び込む……といよりも、いまは自分からピッチャーのなかに入っていって自然に振っている……といった感じですかね」
 ピッチャーとシンクロするかのような感性。失投を見逃さないバッティングはもちろんのこと、今年に入ってからは失投どころかインサイドの厳しいコースであれストライクゾーンにきたボールは的確に仕留めているシーンを多く目にするようにもなった。
「仕留めるというよりも、自分のなかで……見るよりも体の反応ですね。『ここならいける!』と思って振るものでもないんです」
 それこそまるで、禅問答のようなやりとりである。正直こちらが期待している答えではなく、特に具体性があるわけでもないが、妙に納得させられる言葉の重みがある。筒香のバッティング理論、いや“野球観”は常人がイメージするものとはかけ離れた崇高な場所に到達しつつあるのかもしれない。

ただ、この目新しいと思える“奥の方の感覚”と呼ばれるモノも、あるいは前述したアメリカで学んだウェイトトレーニングも、筒香にとってみれば当り前のように数年前から続けてきたことだ。ときには周囲から理解されず批判されることもあったようだが、筒香は自分が良かれと思い選択してきたことが正しかったことを、見事に証明している。
「まだまだですけどね。新しいトレーニング方法っていろいろ出てくるんですけれど、こと野球に関して僕は浅いところですぐ決めるということはしません。自分でじっくり考えて、いいと思ったものを長く続けていく。そうすれば奥深さに気づくことができるし、結果的に自分の力になるんです」

筒香嘉智の野球を楽しむことの“本質”とは

独自の野球理論によりスキルアップに努めている筒香だが、野球というものを総体的に俯瞰するという意味で刺激を受けたのが、この2年ほどオフシーズンに足を運んでいるドミニカのウィンターリーグである。一昨年は練習に参加し、昨年はゲームに出場し、メジャーリーガーやMLBを夢見る若い選手たちとともに汗を流した。
 ドミニカへ行った後、筒香の口から「野球を楽しむ」という言葉が多く聞かれるようになった。
「よく『ドミニカで楽しんで野球をやって明るくなったね』みたいなことを言われるんですけど、それはちょっとちがうんですよ。日本で『楽しむ』と言うと、単にワイワイしているイメージがあると思うのですが、向こうの選手たちは明るいけど日本の選手よりもはるかにハングリー精神があって技術的なレベルも高い。ましてや所属先も決まっていない状況にも関わらず、不安な表情も見せずプレーに打ち込んでいる。僕としてはそういった部分での『楽しむ』といった意味なんです」

 日本ほど生活環境が良くないなかで成りあがろうとしている彼らは、激しい競争に置かれても野球を楽しむことを忘れない。そういったピュアな姿に筒香は、非常に感銘を受けたという。
 それもあってか、今夏、出身校である横浜高校の後輩たちが甲子園を決めた際「野球を楽しみ、恐れることなくプレーをしてもらいたい」というメッセージを送っている。
「ドミニカの子どもたちを見たことを前提に日本の野球を考えると、『このやり方ではスーパースターが死んでいくな』と思ったんです。日本では、中学高校で注目されていてもいつの間にか消えてしまう選手が少なくない。やっぱそこには、野球をするうえでのシステムのちがいがあると思うんです」
 
ドミニカはもちろん、メジャーでも同じことが言えるのだが、向こうは20代後半にプレーヤーとしてのピークがくるような指導が行われ、もちろん本人の意識によるところが大きいが基本的に追い込んで若い芽を潰すようなやり方はしない。
「日本では、投げ過ぎや練習のし過ぎといった問題があったり、選手たちはミスを恐れて思いっきりプレーできないような状況があると思うんです。僕としてはやはり甲子園がすべてではないし、その先の将来を見据えた方が大事だと思う。だから、そういうつもりで野球と接してほしいんですよ。もちろん、いまの日本のやり方がすべて間違っているということではないし、たくさんいいところもあると思うのですが」

 筒香本人も中学・高校で注目され、ドラフト1位で横浜ベイスターズ(横浜DeNAベイスターズ)に鳴り物入りで入団したが、自分と向き合ったことで「このままでは打てない」と考え、前述したように自分で探し、信じられると感じた新たなエッセンスを学び、長時間かけて自分のスタイルを確立しようとしている。
「自分はたまたま運よく周りの人たちに恵まれていただけですよ。多くの人たちに話を聞き、自分の道を探すことができた」

 筒香本人のなかで、自分の理想とする打撃は完成に近づいているのだろうか。
「これに関してゴールはありません。だから、まだまだです。ただ最近、自分のなかでずっと追い求めてきた感覚のなかに、最近また違う気づきがあったんです。まったく別物ではないのですけど、全部がつながっているなかでのちがう感覚とでも言うのかな。これはちょっと面白いなって」
 第三者からすれば、的を射ない感覚的な話かもしれない。しかし、筒香の納得した表情を見るかぎり“核心”に迫っているのだろう。ペナントも残りわずかとなったが、「数字には興味がない」と常に語る筒香が、果たしてどれほどの結果を残すのか楽しみでならない。

Special Interview 筒香嘉智(後編) チームを変えるキャプテンシー

先に掲載した前編では、筒香嘉智のバッティング技術についてクローズアップしたが、後編ではキャプテンとして奮起する筒香が、ペナント後半の厳しい時期をチームとしていかに超えていくべきかを語る。

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(著者プロフィール)
石塚隆
1972年、神奈川県出身。スポーツを中心に幅広い分野で活動するフリーランスライター。『週刊プレイボーイ』『Spoltiva』『Number』『ベースボールサミット』などに寄稿している。


Ishizuka Takashi