取材・文/石塚隆 写真/櫻井健司

ラミレス監督のチーム掌握術

三冠王も夢ではない個人成績を挙げながら、筒香嘉智の信条は決してブレない。
「自分の数字にはあまり興味はありません。とにかくチームが勝つことが最優先なので」
 プロ野球選手、ましてや球界を代表する打者である以上、もう少し自意識ある発言を期待してしまうのだが、口から出る言葉は常にチームの勝利最優先。「この仲間たちと一緒に優勝したい」という気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

 2012年のシーズンから親会社がDeNAとなり5年目となる今季、前任の中畑清監督のあとを受け、球団OBであるアレックス・ラミレス監督が指揮を執っている。中畑監督がしっかりと種をまき、育ちつつあった選手たち。そして、これまで作り上げられてきたDeNA野球のスタンスをラミレス監督は継承しているわけだが、そこにはプラスアルファと言える細かい野球観や戦術がある。結果、現在に至るまで勝率も5割前後をキープし、クライマックスシリーズ圏内に留まる健闘を見せている。

 過去、“鬼門”となっていた夏場の踏ん張りに関して筒香は以下のように語る。
「やはりラミレス監督の選手起用という部分は大きいと思いますね。投手を上手く休ませたり、野手も大差のゲームであれば早めに代えて休ませたりしています。とにかくシーズン当初から、後半戦を意識して戦ってきたんだな、といった印象です。だから選手たちもまだまだ元気でやれている。まだまだ、全然へばっていません」
 昨シーズンは、史上初となる前半戦リーグ首位から最下位へ陥落するという屈辱を経験した選手たち。捲土重来を期す気持ちは強い。
「選手たちは、誰もが毎年いい成績を残したいと思っているし、それ以上にチームに貢献したいという気持ちが強いはず。それから、選手たちからしてみると、昨年以上に目指す野球が明確になり、やりやすさを感じていると思うんです」

 筒香いわく、「以前に増して野球が細かくなった」という。昨年よりも成長し、戦術的理解度が高まった若い選手たちに加え、現役時代キャッチャーを徹底的に研究し2000本安打を放った機知に長けたラミレス監督の具体的な戦術。確かにほんの一例ではあるが、エンドランなど「ここぞ」という場面の約束事は徹底されている。
「キャンプのときから作戦面におけるミーティングを重ねてきているので、選手は戸惑いなく思いきってプレーできていると思います。ある程度の自由を許されている選手、仕事(代打、代走、守備固めなど)を与えられている選手。各々やるべきことがはっきりわかっていて、みんながひとつの方向にいっています」

“筒香嘉智流”のリーダーシップ

ラミレス監督になったことで、野球がより戦術的になったという筒香だが、本人もまたチームメイトへの気遣いを忘れない。
 キャプテンになって2年目。打席に入ればバットでこれ以上ないリーダーシップを示し、ベンチでは誰よりも大きな声を出しチームを鼓舞する。バックヤードに行けば緊張の面持ちの若手選手に対し勇気づける声をかけ、ときにはちょっかいを出し空気を和ませる。そしてスタジアムの外に出れば、分け隔てなく若手選手と食事に行き、相手の話に耳を傾け意見を交わす。
 
 8月5日、直近3試合で10失点し、失意のどん底にいた山﨑康晃を連れだって一緒にスタジアムをあとにする筒香の姿には、昨年からここまでチームを支えてくれた守護神への気遣いと、「みんなも一緒に戦っているんだ」という一体感が強く感じられた。
「若い選手たちに積極的に声をかけたり、ちょっかいを出したりするのは他の先輩の手前、最初はどうなのかな? と思ったんです。だけど、チームのことを考えたら、やっぱり若手選手が伸び伸びとプレーできる環境を作ってあげたいと考えるようになった。その方が絶対にチームのプラスになりますからね。いまは若手が伸び伸びやっているので、チームが上手くまわっているという実感はありますね」

 若手キャッチャーの髙城俊人は、筒香のキャプテンシーについて次のように語る。
「優しくて面倒見のいい、正真正銘のキャプテンですよ! 自然と“ゴウさん”の周囲に人が集まっていい雰囲気になるんだけど、こと野球となるとスイッチが入る。キャンプのときは深夜まで技術的な話をしていましたし、食事にいっても野球の話ばかり。本当に僕らにとって最高のお手本ですよ」

筒香嘉智は断言する。「チームは確実に成長している」

さていよいよペナントレースも残り約40試合、DeNAとして優勝またはクライマックスシリーズ進出圏内に残るためには、確実に5割以上の成績が必要になる。昨年大失速したトラウマがあるなか、筒香はキャプテンとして、この難しい局面をどのように乗り切ろうとしているのか。
「昨年の前半、確かに勝ち続けていたんですけど、あのときは理由もわからず勢いだけで勝っていたような気がするんです。しかし今年は、勝つべくして勝ち、負けるべくして負けている。つまり、勝つ要因と負ける原因がはっきり明確になったんです。そういう部分でも、昨年よりも成長を感じています」
 勝つ理由がわからなければ、負ける理由もわからない。そういったことを選手たちが理解しはじめたことで、今シーズンは、昨年の“12連敗”のような泥沼に足を踏み入れることはなくなった。
「大事なのは、一人ひとりが結果を流さなくなったことですね。ラミレス監督は試合後コーチの方々とミーティングをして次の日に備えています。そしてコーチたちがロッカールームにやってきて、選手たちと話し合って積極的にコミュニケーションをとっている。こういった積み重ねが、いい結果を導いているのではないでしょうか」

 チームとして、確かな成長を感じさせる筒香の言葉。
今後、DeNAがクライマックスシリーズ進出を狙ううえで筒香はなくてはならない存在だが、シーズン前「自分で勝つゲームを増やしたい」と語っていた。まさに、それがいま現実になろうとしている。
「“自分で勝つゲーム”というと、周りから見れば“自分で決める”“勝利打点を挙げる”というイメージがあるかもしれません。でも、単にそういうことではない。塁に出て後ろの打者につなげてそれが勝利打点に結びつくことだって、ある意味では“自分で勝つゲーム”なんです。とにかく、僕からすればチームの勝利に貢献できればいいということ。ただ自分が打ったからいいというわけではなく、どんな役割を担うにしろゲームには勝ちたい。ただそれだけなんです」

 どこまでいっても筒香は筒香であり、自らの欲を捨て、Bクラスが続くベイスターズの歴史を変えるべく奮闘している。願わくば、シーズンの終わりに筒香の納得のいった笑顔を見たいものである。

(著者プロフィール)
石塚隆
1972年、神奈川県出身。スポーツを中心に幅広い分野で活動するフリーランスライター。『週刊プレイボーイ』『Spoltiva』『Number』『ベースボールサミット』などに寄稿している。


VictorySportsNews編集部