5月24日に東京都内で開かれた記者会見。楽天・三木谷浩史会長兼社長(53)は、イニエスタとともに登壇し、同選手のヴィッセル神戸への完全移籍での加入を発表すると、こう胸を張った。
「世界最高峰のプレースタイルと技術を日々、目の前で見られるのは日本サッカー界に大きなインパクトを与えるだけでなく、アジア全体にも影響を与えるものになるではないかと思います」

年俸32億5000万円の3年契約(いずれも推定)といわれる今回の契約条件は、これまでのJリーグで最高額とされる元ドイツ代表FWポドルスキ(ヴィッセル神戸)、元ウルグアイ代表FWフォルラン(セレッソ大阪)の6億円を大きく上回る。世界的に見ても、1位のアルゼンチン代表FWメッシ(バルセロナ、約62億円)、2位のブラジル代表FWネイマール(パリ・サンジェルマン、約49億円)=いずれもスペイン紙マルカ調べ=に次ぐレベル。さらに日本のプロ野球球団と比較しても、ヤクルト、西武、オリックスの総年俸に近い金額となる。

そこで注目されるのが、楽天が全株式を保有しクラブを運営する楽天ヴィッセル神戸株式会社(本社・兵庫県神戸市中央区、立花陽三代表取締役社長)の経営状況だ。Jリーグはプロ野球とは異なり、クラブ経営の健全性と透明性を高めるため原則的に決算を公表している。今年7月30日に開示された経営状況は2017年度のもので、まだイニエスタの加入による影響は反映されていないが、巨額な年俸が1クラブの経営に与えるインパクトが、かなり大きいことは昨季の数字を見てもよく分かる。

まず、開示された決算資料の中で注目するべきポイントが「チーム人件費」の項目。ここには選手の年俸も当然含まれており、2017年度の時点でヴィッセル神戸は「チーム人件費」が昨季J1を戦った18チーム中で最高の31億400万円に達している。20億6800万円だった16年度から50%増となった要因は、トルコリーグ・ガラタサライから獲得したポドルスキの影響が大きいとみられる。
これもあって、17年度のヴィッセル神戸は1億5500万円の赤字を計上。これは昨季J1のチームの赤字としては最高額(2番目は鹿島アントラーズの1億3800万円)となる。18年度は、ここにポドルスキの5倍以上の金額的なインパクトを持つイニエスタの「人件費」が加算される。
もう一つ注目してほしいのが「純資産」の項目。J1では最少の800万円ほどしかなく、16年度の1億6300万円から大きく減っている。

Jリーグは、過去に起きた横浜フリューゲルス消滅などの経験から、クラブが自立し、安定的な経営を行うようルールを整備し「ファイナンシャルフェアプレー制度(FFP)」を掲げている。各クラブがJリーグで戦うには、Jリーグから年度ごとに発行されるクラブライセンスが必要で、条件は多岐にわたるが、ライセンスを剥奪されるケースを簡単に説明すると以下の2点に集約される。
 ①3期以上連続で当期純損失を計上
 ②事業年度末で債務超過
ヴィッセル神戸について、①は17年度こそ赤字ながら16年度に黒字を計上していることから当面の心配はない。ただ②に関しては対策が必要な状況といえる。

「債務超過」とは言い換えると「純資産」がマイナスになること。17年度で800万円まで目減りしているということは、イニエスタの「人件費」が計上される18年度に800万円を超える赤字を計上すると、クラブライセンスが剥奪される可能性が出てくる。解決策として考えられるのが「増資」による純資産額の回復だが、これは一時的な回避策にしかならない。そこで“大本命”となるのが「収入の大幅増」を実現することだ。

ヴィッセル神戸の17年度の営業収益(収入)は、浦和に次ぐ2位で52億3700万円。16年度(38億6500万円)から約50%の増収となった。英パフォーム社のDAZN(ダゾーン)が10年総額2100億円という日本国内のスポーツ界では過去最大の金額で放映権を獲得したことで、Jリーグから各クラブへの配分金が増えたほか、ヴィッセル神戸で特に変化があったのが広告料収入。前年度の11億3100万円増となる33億5200万円にも達したのだ。

写真:共同通信社

これまでは広告料収入上位の“常連”には浦和レッズ、横浜マリノス、名古屋グランパスといった自動車メーカーなどの大企業から支援を受けるクラブが名を連ねてきたが、17年度はヴィッセル神戸がトップに立った。その内訳は公表されていないが、親会社である楽天や関連会社からの“投資”が含まれていると推察するのが自然だろう。

18年度はイニエスタの加入による注目度アップで、入場料収入やグッズの売り上げの増加が期待できるが、それだけでまかなうには額が大きすぎる。さらなる“投資”としてイニエスタの年俸分、つまり30億円前後が楽天や関連会社からスポンサー料としてヴィッセル神戸に支払われることが「収入の大幅増」を実現する一つのスキームとなり得る。

楽天は16年にサッカーのスペインリーグ・バルセロナと4年総額約280億円のパートナー契約を結び、昨年には米プロバスケットボール(NBA)のゴールデンステート・ウォリアーズとも3年総額約66億円のジャージーパートナーシップ契約を締結するなど、世界のスポーツビジネスに積極的に投資している。
世界各国で事業を展開する楽天にとって、それは国際的な企業価値の向上、ブランディングへの重要な一手。事実、三木谷会長はイニエスタの入団記者会見で「彼はサッカープレーヤーとしてだけでなく、7400万人ものSNSのフォロワー数を誇り、世界的にも強い発信力と影響力があります。Jリーグ全体が、世界から注目を浴びるような仕掛けも、どんどんつくっていければと思っています」とし「スポーツには人々や社会を元気にする力があると信じています。子供たちがもっとサッカーをやってみたいという憧れ、夢が出てくる。そういうことも期待しています」と、その投資が持つ社会的な価値を強調している。そして、その入団記者会見には海外を含む200社以上のメディアが集まったという。

ヴィッセル神戸によるイニエスタ獲得は、クラブ単体の収益を超えた、楽天グループとしての巨大な“プロジェクト”の一環であるといえる。だからこそ、可能となった巨額の投資。その成否は、競技としてのスポーツを超えた、より大きな枠組みで捉える必要があるのかもしれない。


VictorySportsNews編集部