vol.2はこちらから

取材・文/田澤健一郎 写真/マーヴェリック

選手を信頼できないときはない。いつも信頼している方向とのズレを見ている

©︎共同通信

――ここまでのお話で、監督が選手への愛情をいかに大切にしているかわかりました。しかし、実際の試合では選手が不調になったり、結果を残せなかったりするときもあります。そんな場合に、「それでも信頼して起用する」「もう信頼できないから起用しない」と判断する基準はどこにありますか?

栗山監督 選手を信頼できないときはない。ただ、信頼している選手たちが、信頼している方向とズレてしまっているという“普通の状態”でないときはあるという話なんです。そこで、「なにをすれば、一番彼らしくなるだろう」と考えます。これも親が子のために、「なにをしてあげるのが一番いいだろう」と考えるのに似ていますね。

——なるほど。たとえば2016年9月14日のオリックス戦、先発は5連勝も記録した前半戦とは対照的に、夏場以降、6連敗もして2カ月近く勝ち星がなかった有原航平投手でした。この試合、本調子ではなかった有原投手を、激しい首位争いの最中にも関わらず監督が8点を失うまで続投させたことが印象に残っています。この采配も、「有原投手のため」だったのでしょうか。

栗山監督 「有原のために投げさせた方がいいのか、替えた方がいいのか」しか考えていませんね。あの試合では、「有原にもう少し投げさせてあげたい」「このイニングで終わらせたくない」という投手コーチの意向もありました。その気持ちもわかったんです。「打たれて悪いのは自分でもわかっているが、なにかきっかけをつかみたい」。「先発なのに長いイニングを投げられなかったら、みんなに迷惑をかけてしまう」。そんな投手心理もありますしね。また、この試合のポイントは4失点目でした。3失点まではいいが、次に点をとられたら、展開的に次にいい投手を送り出せなくなる。その4点目を奪われてしまったのであれば、有原にまだ投げてもらう選択もある。以上のようなことを考えた結果の続投です。続投と交代、両方にプラスマイナスあったので、そういうときはコーチの意見を聞くことも大事ですね。

先入観や過去を変えられるのが若い人たちの魅力。僕は、それを信頼している――

—―あの試合が印象的だったのは、翌週にソフトバンクとの首位攻防2連戦があったからなんです。監督は散々な結果だった有原投手を、この2連戦、9月22日の試合でも先発させました。結果、有原投手は6回2失点で見事勝利をつかみましたが、先発起用に不安はなかったのでしょうか。

栗山監督 「信頼していくぞ!」と送り出しただけですよ。その2連戦が勝負どころになるのは読んでいて、誰を投げさせるかは1カ月前から考えていました。もし、そのときの状態だけの話なら、有原ではなく高梨(裕稔)や増井(浩俊)の先発という選択肢もあったし、実際、そういう意見もありました。だけど、詳しくは言えませんが(大谷)翔平と(有原)航平でいかなければならない理由が自分のなかにあった。それに、航平は打たれてはいましたが、打たれる理由があったんです。それを修正すれば抑えられる可能性があったので、ソフトバンク戦まで修正する努力はしてもらいました。

—―それは技術的な部分?

栗山監督 はい。これも詳しくは言えないですけど……「それさえなければやってくれる」と見ていました。また、昨季はチームが安定するために翔平以外のエースをつくらなければいけなかった。その一番手は航平だったわけだし、前半戦のチーム成績はあいつががんばってくれたおかげでもあったから。そこはやっぱり、あいつを信頼していかせなければいけない。

—―有原投手は早稲田大時代、雑誌などで「素質、能力は抜群だが、ここ一番の場面で突然崩れたりする点が不安」などと評されることもありました。しかし、大一番であったこのソフトバンク戦で粘り強く好投し、2カ月振りとなる白星。余計に強く印象に残りました。

栗山監督 僕からしたら、大学時代にそうした評価があったならば、余計、大一番の試合にいかせたい。先入観や過去を変えられるのが若い人たちの魅力。それを僕は信頼しているから。

(プロフィール)
栗山英樹
1961年、東京都生まれ。創価高、東京学芸大を経て、1984年にドラフト外で内野手としてヤクルトスワローズに入団。外野手に転向後、レギュラーを獲得。1989年にはゴールデングラブ賞にも輝くが、ケガや病気の影響もあり1990年限りで引退。その後、解説者やスポーツジャーナリストを長く務めた後、2012年より北海道日本ハムファイターズの監督に就任。1年目にパ・リーグ優勝。2016年にはチームを日本一に導いた。

田澤健一郎
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。

[vol.1] 「チームは一つにはならない」栗山監督に聞く人心把握

2018年シーズン、メジャーリーグでア・リーグ最優秀新人(新人王)に輝いたエンゼルスの大谷翔平をはじめ、育成などの面において“球団の力”に注目が集まる北海道日本ハムファイターズ。球団の育成システムにも定評がある同球団だが、個性豊かな選手たちを率いる栗山英樹監督の功績はあまりに大きい。栗山監督はいかに選手たちの状態を見極め、力を引き出しているのか――その手腕に迫った。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

「既成観念は必要ない」、栗山監督に訊く人心把握術 vol.2

2018年シーズン、メジャーリーグでア・リーグ最優秀新人(新人王)に輝いたエンゼルスの大谷翔平をはじめ、育成などの面において“球団の力”に注目が集まる北海道日本ハムファイターズ。球団の育成システムにも定評がある同球団だが、具体的にどのような接し方、方法で選手と向き合い、起用をしているのか。そのことは、まさにファイターズというチームの特長にもつながっていた。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

田澤健一郎

1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。