「肘が上がっている」の基準はどこ?

親子でキャッチボールをしている場面、チームでコーチからピッチング指導をしている場面、こういった時に必ず「肘を上げろ」という言葉が聞こえて来ます。
そしてお子さんや選手は、一生懸命に肘を上げようとします。
しかし、そういった指導の中に「肘をどこまで上げればいいのか、どこよりも高く上げなければならないのか」という点について触れられることはほとんどありません。
そもそも、肘が上がっている・下がっていると判断する「基準」はどこにあるのでしょうか?

©︎共同通信

確かにプロ野球も含めて、良い投手は「肘が上がっている」と表現されます。
私がサポートしている選手たちも、やはり肘が上がっているかどうかは非常に気にかける選手が多いです。

まず結論から言いますと、それは地面が基準ではありません。
つまり「地面と水平のラインよりも上にあること」が肘の高さという基準は、身体の構造から考えて誤っています。

肘の高さの2つ基準

医学的にも力学的にも、肘が上がっている状態と言えるには、以下の二つの基準を満たしている必要があります。
この二つの基準は投手はもちろんスローイングにおいて非常に重要なポイントであり、これを外すことは非常に大きなデメリットを生んでしまいます。(後述します)

基準1|SSEライン

一つ目は、両肩を一直線に結んだライン上に肘があることです。
このラインのことを、専門的には「SSEライン」といいます。*S:Shoulder(肩)、E:Elbow(肘)
医学的にも肩や肘を守るためには重要なラインとされています。

©︎共同通信

もちろんアンダースローの投手でも、このラインは保たれます。
つまり、地面ではなくこの両肩を結んだSSEライン上に肘があるかないかが指標となります。
SSEラインが崩れると、肩や肘に大きな負担がかかることになります。

基準2|背骨と腕の直角

二つ目は、リリースの時に背骨と腕が「直角」を保持できていることです。
これは背骨が急回旋した時に発生する遠心力を最大限活用するために欠かせない角度です。
でんでん太鼓をイメージするとわかりやすいと思いますが、遠心力は回転軸の中心から外に向かって働くため、遠心力が強くなると背骨からみて腕は自然に直角になるように作用します。
この時に肩周辺に過剰な力みがあると、直角から外れていきます。
体幹の中心である背骨が高速で回旋すると、指先には強い遠心力がかかるので、しなやかな動きから素晴らしいボールを投げる大半の投手がこの遠心力をうまく活用しています。

どちらの基準もまだまだ一般的ではありませんが、怪我が少なく優秀な投手を分析すると、リリース時において必ず両者は保たれています。
冒頭のプロ投手たちの写真も、ぜひ注意深くご覧になってください。

肘が下がった時に起こる2つのデメリット

上記の基準を外した時、つまり肘が下がった時のデメリットを紹介します。

デメリット1|怪我が起こる

肩・肘の怪我が起こりやすくなります。 肘が両肩を結んだラインよりも下にある状態で腕を振ると、人体の構造上、必ず肘の内側に負担が集中します。 多くの投手が悩まされる肘の内側の痛みに悩まされます。 これが「肘が下がっている」のを避けるべき主な理由です。

©︎中野崇

また、両肩ラインよりも肘が上にあると、今度は肩に負担がかかる傾向が生まれます。
肩に力を入れて無理やり肘を上げて”上から投げようと”すると、この状態に陥ります。
肘を上げ過ぎるのもよろしくないのです。

©︎中野崇

デメリット2|遠心力を活かせない

肘や肩の怪我を防ぎ、この遠心力を最も有効に活用できる条件が、先に紹介した2つの基準を満たすことなのです。
逆にいうと、この条件を満たさない投げ方は、背骨の回転が弱く遠心力が不足しているか、または力みによって遠心力の活用を阻害している状態です。
背骨が高速で回旋すると、本来は指先には強い遠心力がかかります。

でんでん太鼓の軸を速く回せば回すほど、遠心力が大きくなってヒモは伸びていきます。
このヒモが伸びる作用と同じ力が投手の腕にもかかります。
そして遠心力は回転中心から遠ざかるほど大きくなり、ピッチングの際にこの遠心力による力の活用は不可欠なのです。

*一流の投手のリリースポイントでSSEラインや背骨の基準が満たされていないように見える写真もありますが、これは身体の「スライド」という動きがもたらす高度な動きによるものです。
本質的にはSSEラインは保持されています。このスライドの動きについては、いずれ触れたいと思います。

リリースで肘が上がるための運動|基礎編

「リリースで肘を上げよう」という方向性は非常に重要なのですが、ピッチング動作や送球動作は、実はリリースのタイミングに近づくほど筋肉による反射運動の割合が増えていきます。
つまりどんどん自動制御的になるものであり、それゆえ肘が上がらない原因はリリースよりもっとずっと前のタイミングにあることが大半です。
肘の高さは腕の振りの問題なのですが、この場合の根本的な原因は、体幹部分の回転の鈍さにあります。
腰・背骨が鋭く回転できるようにならなければ、リリース時の肘の問題は解決に向かいません。
そこで今回は、基礎編ということで腰の回転のキーポイントである股関節の運動をご紹介します。
投球側の肘が上がるためには、いくつかの要因を満たす必要がありますが、その根っこの部分が股関節です。
今回ご紹介するのは、私がサポートしているプロの投手たちも頻繁に行う必須メニューです。

©︎中野崇

まず、両手を使ってそれぞれ鼠径部とみぞおちを押さえます。
鼠径部の場所は、身体の中央近く、押さえてみて他の場所より凹んだ感じがする場所です。
みぞおちは、へそより指4~5本分上です。
この2点は、股関節の動きを体幹に効率よくつなげるために重要な大腰筋という筋肉を刺激するために使用しています。

©︎中野崇

2箇所を押さえたまま、少し押さえた側に体重をかけます。
体重をかけたまま、その足をほんの少しだけ浮かせて、勢いよく地面に叩きつけます。
反射による勢いを利用するために、空中に浮かせている時間はなるべく短い方が良いです。
コツとしては、足を浮かしたときに、反対側に重心移動せず、大急ぎで足を着地させるようにすることです。
浮かせる際、必ず膝が少し前に曲がるようにしてください。
これを連続で1セット10回ほど行います。
負荷がかかるものではないので、練習の合間に何度も行なっておくと良いでしょう。

なお、地面に叩きつける場所は、外くるぶしの真下あたりです。
この部位は、プロ選手たちが使う「アウトエッジ」という部位で、腰の開きを抑える際に非常に重要です。
*アウトエッジと腰の開きの関係については別の機会にご紹介したいと思います。

[アウトエッジと腰の開きの関係] 「腰の開きが早い!」とは?菊池雄星のフォームから学ぶ解決方法

「野球がうまくなる運動 教えます」記事一覧はこちら

中野崇の記事一覧

VICTORY ALL SPORTS NEWS
体幹トレーニングによって野球が下手になる?誤解されがちな”体幹”野球のトレーニングに「走り込み」は必要なのか? vol.1

中野崇