大谷翔平のスーパープレー
大谷翔平選手の凄さは、二刀流を実現できている事実に象徴されるように、もはや言うまでもなく投打の素晴らしさにあります。中でも大谷選手が2016年ソフトバンクホークスとのクライマックスシリーズ(CS)で記録した日本最速165km/hは、これまでの日本の歴史で大谷選手がただ一人投げることができた、正真正銘のスーパープレーです。
また、球速という観点での彼の素晴らしさは、160km/h台のストレートをコンスタントに出せるところです。実際、165km/hを投げた試合でも165km/hを3球記録しています。
大谷翔平の身体操作の特徴は「回転半径」の小ささ
専門的な身体操作の観点から見た場合、大谷選手の素晴らしさは、非常にたくさんあります。今回はそのうち1つ、190㎝を超える身長と100kgに迫る体重を備えた大きな肉体を非常に繊細にコントロールできる能力についてです。
この繊細さを、スピードという観点から噛み砕くと、いわゆる「身体のキレ」と言えます。
ピッチングの身体操作における身体のキレを象徴するものは、体幹部分の回転半径の小ささです。
一般的に、身体が大きくなると体幹部分の回転半径が大きくなります。回転半径が大きくなると、物理学的には大きな遠心力を発揮できますが、同時に回転速度が上がるまでに時間がかかります。
また、同様に体重が重くなると、加速するまでの時間はたくさん必要になります。重くて大きい物体を素早く回転させるのは非常に大変な作業であることは、感覚的にもお分かりいただけると思います。
このことはつまり、ピッチングではリリースポイントまでに十分に加速できない可能性が増えるのですが、大谷選手はそれを見事に解決しているのです。
大谷翔平が使いこなす、回転半径を小さくするスライド運動
投げる時に、「グローブを引け」という指導を受けた方もいらっしゃると思いますが、これはグローブ側の腕を引くことによって投球腕を加速させようとする意図があります。「対側の引き」は、空手の突きなどでも使われる、腕を加速させるためにはとても有効な方法です。
これは回転ではなく、回転運動の中に直線系の運動を混在させることになり、キャッチャー方向へと直線的な力を集約させることに役立ちます。図を見ていただくとお分かりになると思いますが、回転運動だけだと力は弧を描く形状になり、少なからずロスを生むのです。
私はこの直線上の運動を混在させる身体操作を「スライド」と呼んで非常に重視しています。ピッチャーだけでなく、多くのトップアスリートの動きの土台に含まれる重要な動きです。
このスライドを大谷選手は左半身を丸ごと使って実行しています。その象徴的な動きが、ボールが手から離れた直後に左足が後ろにピョンと跳ねるような動きです。少し難しいかもしれませんが、左半身を後方に向かって強烈に引いているとそのような動きが現れます。
(下部に動画を貼り付けていますので、左足、左半身の引きをぜひ確認してみてください)
※球種や力の入れ具合によって、出現しない場合もあります。
この動きを出すのが、大谷選手に限らずピッチャーにとっては非常に重要です。実際、小柄なピッチャーなどはこのスライドメカニズムを活用している選手は多いです。
ただこの動きは体幹・骨盤部分の高い柔軟性やタイミングが求められるなど非常に難易度が高く、大谷選手のような大きな身体のサイズでこれを実行できることは、類稀なる能力です。
注意事項>
前提条件として、腰がギリギリまで開かないこと、つまり「割れ」を獲得していることが重要です。この割れによる反動作用が力源になって体幹部分の回転速度を高めています。
以前書いた記事のアウトエッジの技術を参考にしてみてください。
スライド運動を獲得するためのトレーニング
スライド運動は、前述したように非常に難易度が高く、獲得には繰り返しの練習が必要です。スライドを獲得するための土台として欠かせないものとして、モモ裏筋肉(ハムストリングス)の機能があります。大谷選手も強烈に使っている筋肉です。
今回はそのハムストリングスがまず働きやすくするための簡単な、割膝(わりひざ)というトレーニングを紹介したいと思います。
左足を一歩踏み出して半分ぐらい体重をかけます。この時、モモ前の力が抜けていることが理想です。
抜けていなければ、トレーニングの繰り返しに伴ってだんだん抜けるように心がけてください。
その状態で、2本の左指(人差し指と中指)でみぞおちをじんわりと深くまで押さえます。この時、背中を丸くして力を抜きます。
©︎中野崇©︎中野崇 その状態で、右手で軽く拳を作り、モモ裏かつやや内側(内転筋)を5回強めに叩きます。これを左右行います。
叩いた後はモモ裏が活動しやすい刺激が入るので、あとは階段登りダッシュやランジ動作を行うとOKです。
下記リンクで紹介している「アウトエッジ股関節入れ、アウトエッジランジ」もオススメです。ピッチング練習の前や、ピッチングがうまくいかない時にも有効です。
注意 かなりハムストリングスに強い刺激が入りやすいので、あまり頻繁にやらないでください。1時間に1回ぐらいを目安に。また、ハムストリングスを使える選手で、「腰が硬い選手」は同部位の肉離れが起こりやすい傾向にあります。腰の柔軟性も並行して十分に獲得できるようにしてください。
大谷翔平のピッチング動画
動画1)165km/hの場面|2016年
(初めて165km/hを投げた時よりも、2回目、3回目の方が動きとしては良いです)
動画2)160km/hを連発した試合|2016年
[アウトエッジ]「腰の開きが早い!」とは?菊池雄星のフォームから学ぶ解決方法
ピッチングにおいて腰の開きが早くなることは、重大な問題を引き起こす。シュート回転、バッターから見やすい、キレの有無、肘や肩のケガ。これらは実は全てに腰の開きの早さが関わっている。今回は、腰の開きを抑えるためにプロ野球選手たちが使っている技術である「アウトエッジ」について、西武ライオンズの菊池雄星投手のフォーム等を踏まえ、プロ野球選手など約20種目のプロ選手や日本代表選手のトレーニング指導をしている、中野崇氏に解説頂きます。
「野球がうまくなる運動 教えます」記事一覧はこちら
中野崇の記事一覧
和田毅の球速を13キロアップさせた、フォーム改良。「非投球腕」の使い方について
2016年のパ・リーグ最多勝投手である、ソフトバンク・和田毅投手の高校時代の最速スピードは129キロだった。ところが早稲田大1年の夏、フォーム改良によってわずか1カ月半の間に球速が13キロもアップ。最速142キロのボールが投げられるようになった。18年前に起こった驚異の飛躍について和田投手は、「スピードアップに一番貢献してくれたフォーム改良点はグラブをはめた右手の使い方。きっとそれまでは142キロ出るはずのパワーをどこかに逃がしていた」と振り返る。まさに、野球人生をも一変させてしまう可能性を秘めたメカニズム。今回は「非投球腕の使い方」について考察してみたい。