文/服部健太郎

2016年度のカーブ事情

 日本シリーズも終わりストーブリーグの話題で持ちきりだったオフシーズンのある日、2016年シーズンにおける各球団の投手陣の「全投球に占める各球種の割合」を示した円グラフデータを興味深く眺めていた。

 現代野球は「ストレート系のボールを打者の手元で動かす投球スタイルが主流」と言われるが、そのことを裏付けるかのように、ツーシーム、カットボール、フォークボール、チェンジアップといった球種が円グラフ内で幅をきかせていた。今シーズン限りで現役を退いた元広島の黒田博樹にいたっては、ボールを動かすことがまるで“投球の前提”であるかのように、この4つの球種で円グラフがほぼ満たされていたほどだ。

 データを眺めつつ、強く印象に残ったのがカーブの割合を示す色の面積の少なさだ。各球団の先発ローテーションの主力を務める菅野智之(巨人)、藤浪晋太郎(阪神)、小川泰弘(ヤクルト)、大谷翔平(日本ハム)、涌井秀章(ロッテ)、則本昂大(楽天)、金子千尋(オリックス)、和田毅(ソフトバンク)といった面々のカーブ比率は軒並み5パーセント前後。全体で見れば、1年を通しカーブを1球も投じなかった投手も一定数存在する。カーブが投じられる割合が減っているのは近年の傾向であり、意外だったわけではないのだが、それを円グラフで見せられると“主流から外れた球種”であることをあらためて実感させられた。

変化球の王道が廃れた背景とは

 今から約40年近く前を振り返ると、プロアマ問わず変化球のなかでもっとも高い比率で投げられていたのは間違いなくカーブだった。変化球はカーブしか投げない(もしくは、投げられない?)という投手もけっして珍しくなかった。江川卓(元巨人)は実質、ストレートとカーブだけで1981年にシーズン20勝をマーク。9年間の現役生活で通算135勝を挙げた。堀内恒夫(元巨人)のブレーキの利いたカーブは右打者の頭に当たりそうな軌道から、打者の腰を引かせつつ、外角低めのミットに収まった。稲葉光雄(元中日、阪急)、外木場義郎(元広島)といった投手たちが繰り出すカーブはリリースポイントからポーンと浮き上がり、打者の視線を一瞬浮かせるような軌道からストライクゾーンに落ちてきた。カーブが変化球の王様だった時代は確実に存在した。

 1990年代に入り、フォーク、スライダーの比率を高めた投球スタイルがスタンダードになると、カーブの登場シーンが次第に少なくなっていく。2000年代に突入し、ツーシーム、カットボールといった球種を変化球リストに加える投手が増えると、カーブが投じられる比率はますます減少し、今日の状況を迎えている。

 かつては変化球の王道だったカーブが結果的にほかの球種に追いやられることになった要因はいったいどこにあるのだろうか。考えられる背景はいくつかある。

 プロだけでなく、高校生の現場からも聞こえてくるのは「縦に割れるカーブはストライクの判定をもらいにくい」という声だ。落差が大きいほど、高低のストライクゾーンを通過させる難易度は上がる。仮に通過させても捕手の捕球位置が地面に近いボールゾーンになってしまい、審判がなかなか手を上げてくれないことをカーブ減少の理由に挙げる声は多い。

 ストレートの延長にある球種ではないため、「手首の角度や腕の振りにクセが出やすい」とも言われるカーブ。各球団のクセに対する分析力も一昔前に比べると向上しており、カーブのサインを出しづらくなっているという声も聞こえてくる。ほかには、「スピードが遅い変化球のため、盗塁を許しやすい」「カーブが王道だった時代と比べるとマウンドが低くなったため、縦の大きな変化の効果が減少した」といった要素も挙がる。

カーブは大人になってから習得しても本物にならない!?

©︎共同通信

 カーブを投げなくなったというよりは、きちんと制球された、ブレーキの利いた質の高いカーブを投げられる投手がそもそも少なくなった。

 実はこれがカーブ減少の最たる要因かもしれない。以前、ソフトバンクの工藤公康監督から次のような話を聞いたことがある。

「近年のプロ野球界でいいカーブを投げられる投手が少ないのは小学生の学童野球において変化球の使用が試合で禁じられていることの影響が間違いなくあると思います。ぼくの時代はそんな規則はなかったので、小学生の頃からカーブを投げていました。ぼくはカーブという変化球は神経が発達中の子どものうちに投げておくべき球種だと思っています。ブレーキが利いた大きく縦に割れるカーブはほかの変化球に比べると特殊な球。大きくなって、神経が発達し終わった後に練習してもなかなか本物にはならないんです。だから仮に試合で禁止だとしても、子どものうちに遊びの延長でカーブの投げ方を覚えておくことだけはすすめたい。故障のこともあるので、ガンガン投げる必要はないけど、投げ方さえおぼえておけば、成長して大人になって投げたときに身体が覚えているはずなので」

 工藤監督はプロ入団時に当時の広岡達朗監督に「この子はカーブだけで飯が食える」と評された絶品カーブの持ち主。その言葉には強い説得力があった。

 絶対数こそ少なくなったが、カーブの使い手が現在のプロ野球にいないわけではない。田口麗斗(巨人)、内海哲也(巨人)、武田翔太(ソフトバンク)らのようにカーブの比率が25パーセントを超える投球スタイルで勝ち星を積み上げている投手たちも存在する。

 いいカーブを投げられる投手が減っている状況は裏を返せば、カーブへの対応に不慣れな打者が増えているということ。質の高いカーブを操ることができる投手は一昔前に比べ、有利に立てるという見方も成り立つ。

 元変化球の王様に再びスポットライトが当たる時代が到来する可能性は十分あると見ている。

(著者プロフィール)
服部健太郎
1967年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、商社勤務を経て、フリーの野球ライターに転身。関西を拠点に学童野球からプロ野球まで取材対象は幅広い。通算7年の米国在住経験を生かし、外国人選手、監督のインタビューも多数。


BBCrix編集部