文/服部健太郎

体重増で足が速くなる!?

「ぼくは高校3年のときに身長は既に180センチを超えていたのですが、体重は68キロしかなかったんです。すごく細い選手でした」

 以前、ソフトバンクの柳田悠岐選手を取材した際に体重の話題になったことがあった。

「高校野球が終わり、金本知憲さん(現阪神監督)をはじめとする多くのプロ選手もトレーニングをおこなう広島の『アスリート』というジムに通うようになったのですが、そこで本格的にウエイトトレーニングに取り組んだんです。筋肉量が増えたことで、大学に入学するまでのわずか数か月で10キロ体重が増えた。さらに大学4年間で10キロ増え、88キロでプロ入りしたのですが、体が重くなっているのにも関わらず、足は速くなっていったんです」

 体が重くなれば動きは悪くなる――。そんなイメージを持っている人間にとっては合点のいかないエピソードかもしれない。
昨年、「アスリート」の平岡洋二代表にお会いする機会があった際、柳田の成長過程の話になった。平岡氏は「体重を増やすことは例えるならば車のエンジンを大きくするようなもの」とわかりやすく説明してくれた。

「1000ccのエンジンを載せた車と3000ccのエンジンを載せた車を比べた場合、通常は3000㏄の車の方が車重は重たくなりますが、楽に速くスピードを出すことができるのと同じ。金本も人生で一番足が速かったのは、体重が最も重かった91キロのときでした」

 アスリートでトレーニングを行っている2013年の盗塁王・丸佳浩(広島)、2014年の盗塁王・梶谷隆幸(DeNA)も大幅に体重を増やした上で、脚力がものをいうタイトルを獲得した。

ポイントは“体重比”にあり!

 しかし、体重が増えれば誰しも動きがよくなるという話ではない。平岡氏によれば、体重増を瞬発力の向上に変換していくためのカギは「体重比」という数字にあるという。「わたしは体のキレを数値化したものが“体重比”だと思っています」

 スクワット及びベンチプレスにてあげられる最大重量を自分の体重で割った数字が体重比。仮に体重80キロのA選手が160キロの重量をスクワットであげることができれば、体重比は2.0となる。このA選手がウエイトトレーニングを頑張ったことによって、筋量が増え、体重が90キロになった時に体重比が2.0のままであれば180キロのウエイトがあげられるようになるが、たいていの場合、体重が増えたことで体重比が上がり、180キロ以上のウエイトがあがるという。つまり体重が増えているにもかかわらず、体のキレは向上したということになる。ちなみに阪神・金本監督の現役時代のベスト体重比は、トリプルスリーを達成したシーズンに記録した2.42だった。

 このオフ、金本監督の「いい筋肉で体重を増やしてほしい」という指令に基づき、チーム全体で増量に取り組んでいる阪神タイガース。現役時代に体重増の恩恵に預かった指揮官にとってはマストともいうべき、取り組みポイントなのだろう。

投手に必要な真の持久力とは?

©︎共同通信

 このオフ、レンジャーズ・ダルビッシュ有らとともに合同自主トレをおこなっていた阪神・藤浪晋太郎がウエイトトレーニングと食事管理によってわずか1カ月で6キロの増量に成功。自己最重量となる97キロとなったことが話題を呼んだ。1年前はダルビッシュを師と仰ぐ日本ハム・大谷翔平が1日7食の食生活と筋力トレーニングによって体脂肪率を維持しながら、50日間で8キロの増量に成功。人生初の100キロの大台に到達したニュースが話題となった。ダルビッシュ自身も6年前のオフに89キロから100キロへの大増量に成功している。

 長らく、「投手は過度な筋肉はつけないほうがいい」「ウエイトトレーニングよりもランニング中心のトレーニングのほうがいい」という意見が主流を占めていた日本球界だったが、相次ぐビッグネームたちの大増量によって、変革の風が巻き起こりつつある。

 平岡氏は投手がウエイトトレーニングによる増量を図るメリットを次のように語った。

「以前、ダルビッシュ有投手がウエイトトレーニングに取り組むようになってからピッチング上で変わった点を話してくれたことがありました。球が強く、速くなった効果も感じてはいましたが、もっともメリットを感じたのは疲れにくくなったことだと。それまでは1試合に150キロ以上のストレートは全体の1割程度しかなかったのに、今では約半分が150キロ超え。最終回でも1回と変わらぬスピードが出せるようになった。わたしはこれこそが真の意味でのピッチャーの持久力だと思っています」

 しかしこの持久力は長距離ランニングのような有酸素運動では養うことはできないため、ウエイトトレーニングの出番が不可欠なのだという。

「ウエイトトレーニングは筋肉を極限まで疲れさせる作業。繰り返すうちに酸素を採り入れなくても持続可能な能力が備わってきます。そしてこれこそが筋肉の持久力。“乳酸に耐える力”という言い方もできます」

 ウエイトトレーニングを介してのウエイトアップの流れは、投手、野手を問わず今後の主流になっていきそうだ。

(著者プロフィール)
服部健太郎
1967年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、商社勤務を経て、フリーの野球ライターに転身。関西を拠点に学童野球からプロ野球まで取材対象は幅広い。通算7年の米国在住経験を生かし、外国人選手、監督のインタビューも多数。


BBCrix編集部