相撲から始まり、日大のアメリカンフットボール、レスリング、体操など個人対個人のいざこざではなく、組織が絡んでいるものばかりでした。それらは一見それぞれ違った内容で世の中に発信されてきましたが、いくつか共通していることがあると私は考えます。それは「暴力」「ハラスメント」です。
私が一番注目する点は、事件を引き起こしている世代と被害を受けた選手の世代の差です。60歳代から上の世代が10〜20代前半の世代に行った行為であるという点がどの事件にも共通しています。
これらは一見スポーツ界で起きた単なるローカルな話として取り上げられていますが、そうではなく他の職業でも行われていることで、被害者と加害者の双方の名前が出ているのがたまたまスポーツ界というだけです。事件が起こった理由はスポーツ界の独特の文化から来るものとして世間に伝わっていますが、決してそうではないと思います。今年のスポーツ界の事件は、日本全体の問題としてもっとグローバルな視点で捉え、解決策を探さなければなりません。これから行われるであろうスポーツ界での改革がそのまま日本社会が抱えている社会問題を解決するソリューションのヒントにならなければなりません。

今年、スポーツ界で起きた事件の要因を端的に表すとすれば、「各世代間で起きる文化の感性のズレ」だと私は考えます。60~70代のコーチたちの感性と、10~20代の選手たちとの感性には大きなズレがあります。前者がプレーヤー時代のコーチは、第2次世界大戦前の方々ということになり、事件を起こしている年代の指導者としてのロールモデルは80年前の指導モデルを参考に、1990年から2000年以降に生まれた選手達を指導していることになります。
確かに1980年代、ラグビーのドラマでコーチが生徒一人一人の顔を殴り、心を引き締めたあのシーンは非常に印象的です。また熱血監督で知られた某プロ野球監督の指導などを見て、前世代の人達は心を踊らせた記憶があるのでしょう。あの頃はあのスタイルが日本の主流の指導法として受け入れられていました。ただ、あの頃の指導法は今の世代には通用しません。1990年から2000年以降に生まれた選手にとって、生まれる前のドラマの話、生まれる前の現場の話であって、我々の世代はあの感動は過去の事として忘れて新しい方法を見つけ前に進んでいかなければなりません。旧時代を美化しすぎて、現実から目を背けている指導者が多いと私は考えます。

日本はこれまで高度成長期(1970年代)、バブル期(1990年代) インターネット世代(2000年以降)と飛躍的な経済の発展を3度経験してきましたが、事件を起こした大人達は半世紀の間何も変わらなかった…、というより変わる機会を与えられなかったのかもしれません。
ここでいう機会とは「教育」です。教育とは、大人が子供に沢山の機会を与え人生のバランス感覚を教えるものです。良いものを加速させるも大人の力ですが、良い芽を積んでしまうものもこれまた大人です。人格と指導力は教育を通して高まります。子供から思春期に入るまでの間、総合的なバランスの良い大人になる為の準備の為の教育が行われなかった世代と、それを求めている今の世代の間に起こる感覚のズレに大きな問題があると写ります。我々は殴られて罵倒されてここまで強くなったという記憶だけで組織の上まで辿り着き、その間、自分を人として社会人としてロールモデルとして高めることを止めてしまったと言うしかありません。おそらく悪いことをしているという感覚や、ネットやSNSで自分の行動が見られている感覚が無いんです。

それでは昔の日本人が、現代の指導法、現代の選手たちにマッチする為にどのような教育を学ばなければならないのか。
一つの提案として、スタンフォード大学がコーチを含むアスレティック デパートメント全員に学ばせている事柄と、アメリカの学生が小学校の頃から習い続けている文化を紹介します。我々アスレティック デパートメントのスタッフは大人になってから、子供のころよりもコミュニケーション力(相手に何をどう伝えるのか?)、リーダーシップ力(どうリードしていくのか?)、そしてエモーショナル インテリジェンス力(感情知能, 感情コントロール能力)を上げるように教育されます。この能力に、子供の頃から一般常識として習ってきているWhat? (何を?) How (どう?) why(何故?)この3つの要素に当てはめていきます。

何を?(what)とはビジョンであり、ゴール設定をすることが重要です。何処が短期的ゴールで、何処が最終的なゴールなのか明確にします。次にどう?(how)は、どのようにしてそこに辿り着くかです。スポーツやビジネスにおける作戦や戦略にあたります。いくつかの選択肢を用意しそれを細かく説明せねばなりません。そして何故?(why)は、なぜこの練習方法なのか?なぜこの作戦なのか?を明確に伝えなければなりません。これが新しい世代を新しい指導法で伸ばしていく最大のポイントです。
日本はもしかしたらこのWhat、How、Whyを、コミュニケーション、リーダーシップ、そしてエモーショナル インテリジェンスを使って上手く指導していく事に長けていないのではないでしょうか。自国だけではなく他国の指導法を参考にすることをぜひ検討してもらえればと思います。 

日本は経済が成長するには資源に乏しい国と言われています。しかし、日本の最大の資源は人材でした。私もそう教えられてきました。スポーツでも同じです。少子化と騒がれる前からスポーツに参加する子供たちが少なくなっていると言われ続けています。我々大人たちは、その資源の芽を摘まず確保し、有効に使い、教え育て、競技引退後の人生を豊かにさせ、これが日本だ!と世界から羨むようなロールモデルを作ろうと努力してきたでしょうか?現状ではNOと言わざるを得ません。

外から見る日本は、点では頑張っている様には見えますが、それらの点がうまく横に繋がって機能しているかと言われるとはなはだ疑問です。横に繋げるためには指導者、組織の権力者、政治家、親、そしてマスメディアが一体になり、日本のスポーツ界を良くしようとベクトルを合わせなければなりません。これこそが我々の目の前にある課題です。
自分がプレーヤー時代のコーチの指導法が絶対正しい!という考え方は、もう通用しません。旧来の常識を覆すのが難しいことは重々承知していますが、今一度自らの指導法を振り返り、現代のアスリートにとって有益な指導を行えているか、まずはそこを考えることが今は必要なのかもしれません。


山田知生