時代にマッチした一流アスリート

昨年12月には25㍍のプールで争う短水路世界選手権で200㍍バタフライの短水路世界新記録をマークし、400㍍個人メドレーで4連覇を果たした。その言動からは、とにかくポジティブな雰囲気が漂い、しかもそれを好結果に結びつけている。ある意味で、今の時代の要請にマッチしており、日本が誇る一流アスリートに挙げることができる。

生き方を見直す諸説では、例えば、朝起床した後、寝ていたベッドの布団をきちんとたたみ、シーツのしわを伸ばしたりすることが大事だとの分析があるのを知った。心が穏やかになり、生活の質が向上して一日のスタートに当たって前向きになれるというのだ。日頃のちょっとした事柄が精神面に影響を及ぼし、ひいては豊かな人生の一助になるとの考えで、ポジティブ・シンキングに通じるものがある。

翻って瀬戸には前向きな言葉がよく似合う。2016年リオデジャネイロ五輪の前には「表彰台の一番上に乗るイメージが少しずつ湧いてきた」と言い、最近の合宿でも「自分のレベルが日に日にアップしていると感じられる」と力強く宣言。聞いていて、すがすがしさ満点だ。このような性格になったのは家庭環境と無関係ではない。以前、親から受けた教育について「駄目」「無理」などネガティブなことを言うと注意を受けていたと明かしていた。前向きな姿勢が幼少の頃から身に着いていたことがうかがえる。

『論語』に源流

トップスイマーまでの道のりを振り返れば、同い年の萩野公介(ブリヂストン)の存在抜きには語れない。5歳から水泳を始めた瀬戸だが、小学生低学年時代から常に萩野が圧倒的な強さを誇っていた。瀬戸はその背中を追うように練習に励み、やがてライバルと言えるまでにレベルアップを果たした。高校生時代の2011年には400㍍個人メドレーで短水路の日本新記録をマークするまでに躍進した。2012年ロンドン五輪には代表選考会でまさかの落選を喫し、出場を逃す悔しさも味わった。そこで卑屈になってしまうのは簡単なことだが、瀬戸は現実から逃げずに逆境に立ち向かい、悔しい気持ちをエネルギーに変えて前向きに鍛錬を積んできた。

古代中国の思想家・孔子の言葉をまとめた『論語』には次のような言葉がある。「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」。訳すと「学問をする上で、物事を知っているという人は勉強が好きという人にはかなわない。勉強が好きという人は、勉強を楽しんでいる人にはかなわない」という意味。論語では学問についての見解だが、とにかく楽しんで物事に当たる人が最上位にあることを表している。ポジティブ・シンキングの源流はいにしえから存在していたのだ。

好循環も総合力

実際、瀬戸のインタビューなどの受け答えは常にはきはきしており、見ている側に気持ちのいい印象を与える。ネットを見てみると、交流関係の広さが伝わってくる。同じ1994年生まれで投打の二刀流として話題をさらった米大リーグのエンゼルスの大谷翔平や柔道男子の五輪金メダリストのベイカー茉秋、バドミントン女子で世界選手権を制した実績を持つ奥原希望らと一緒に食事などをした写真が目につく。他のスポーツの選手でもお互いに刺激を受け、それぞれの分野でさらなる飛躍を遂げる。いわゆる好循環で、それも含めて「瀬戸大也」というアスリートの総合力といえる。

もちろん、好結果を出す陰では、厳しい練習やトレーニングに励んでいることは想像に難くない。ハードワークでの苦しい表情をしまい込み、蓄えた力をレースでしっかりと出すためには、精神面が重要。瀬戸は心身の状態をうまくかみ合わせることができ、身長174㌢と、競泳選手としては決して大きいとは言えない体格で世界のトップクラスで戦っている。昨年にはトライアスロンに挑戦し、好奇心旺盛な一面を持つ。2019年に入っても2月16、17日に開催されたコナミオープンで400㍍個人メドレー、200㍍バタフライできっちり優勝。着実に結果を残している。

ミスターに通ずるメッセージ性

競泳で今年一番のビッグイベントは、7月に開かれる韓国・光州での世界選手権。個人種目で優勝すれば東京五輪の代表入りが内定し、瀬戸も今年のターゲットに挙げている。筆者はその昔、ミスタープロ野球こと巨人の長嶋茂雄終身名誉監督がテレビ番組で、チャンスのときにどんな気持ちで打席に入っていたかと問われた際、「自分はこのピッチャーを絶対に打てるんだと思ってバッターボックスに向かっていましたよ。しかも120%の確率でね」と話していたのを聞き、強烈なインパクトを受けた記憶がある。国民的英雄と競技は違えど、プラス思考は大きな武器。自信に満ちた明るい風情でスタート台に立つ瀬戸の姿自体に、生き方指南の書物などでは表現し切れないようなメッセージ性が詰まっている。


<瀬戸大也略歴>
1994年5月24日 埼玉県毛呂山町出身。5歳で水泳を始める。
2012年8月    埼玉栄高時代にインターハイの400㍍個人メドレー3連覇
    12月    世界短水路選手権400㍍個人メドレー優勝
  13年8月    世界選手権400㍍個人メドレー優勝
  15年8月    世界選手権400㍍個人メドレー2連覇
  16年8月    リオデジャネイロ五輪400㍍個人メドレー銅メダル
  17年4月    早稲田大卒業後にANA所属
  17年5月    飛び込み選手の馬淵優佳さんと結婚
  18年12月   世界短水路選手権の200㍍バタフライで短水路世界新記録、
           400㍍個人メドレーで4連覇


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事