「今回の日本大会は初めてなので小さめの会場から。両国国技館は我々の規模からすると小さめなんです」とチャトリ・シットヨートンCEOは言う。

ONEはシンガポール政府傘下の投資会社テマセク・ホールディングスやアメリカのベンチャーキャピタル(VC)であるセコイアキャピタルからの出資を受けている。セコイアはアップルやグーグル、ヤフーに投資してきたVCで、スポーツイベント会社への出資はONEが初めてだそうだ。豊富な資金、アメリカ・ハーバード大学院でMBAを取得したチャトリ氏のビジネス手腕を原動力に、ONEは“攻め”の運営を続けている。昨年、大きなニュースとなったのはDJことデメトリアス・ジョンソンのUFCからのトレード移籍だ。

現在、世界最高峰のMMAイベントであるUFC。DJはその元フライ級チャンピオンで、パウンド・フォー・パウンド(体重差がないと仮定した場合の強さ)で世界トップと評される実力者だ。UFC王座防衛11回は最多記録。UFC13連勝もトップタイの記録だ。そんな大物を獲得したことは、ONEの勢いの証明と言っていい。加えて元UFCライト級王者、日本では青木真也との対戦でも知られるエディ・アルバレスもONEに戦場を移してきた。

もちろん、ONEの注目選手は欧米の強豪選手ばかりではない。ONEが重きを置いているのは“アジア発”であることだ。チャトリ氏は、空手、クンフーなどアジアが数多くの武道・武術の発祥の地であることを強調している。
「私はアジアの人間で、ONEはアジアのイベント。格闘技はアジアの長い歴史の中で培われてきたものでもある。そのアジアから、本物の格闘技を発信していきたい」(チャトリ氏)

ONEチャンピオンシップCEO チャトリ・シットヨートン

記者会見で披露されたプレゼンテーション資料では、アメリカ、ヨーロッパと比較したアジアにおけるスポーツメディアメディア環境の可能性について言及している。たとえば人口はアメリカ3.26億人、ヨーロッパ7.42億人に対しアジアは42億人。GDPの伸び率も上回っているというわけだ。

アジアで成功するには、観客が感情移入できるアジアのスターも不可欠だ。とりわけジャンル(プロモーション)の初期ほど、その傾向が強い。
アンディ・フグやピーター・アーツといった人気選手を輩出したK-1も、初期に“軸”となったのは日本の佐竹雅昭だった。PRIDEのスタートは高田延彦vsヒクソン・グレイシーだったし、イベントの人気を定着させたのは“グレイシーハンター”桜庭和志にほかならない。その土台があった上で、ファンはミルコ・クロコップやエメリヤーエンコ・ヒョードルにも感情移入するようになっていったのだ。

ONEにも、アジア系のスター選手が数多く存在する。シンガポールとアメリカの国籍をもつ、女子アトム級王者のアンジェラ・リーだ。両親はともに格闘家で彼女自身も「私の父と母が、オリジナルのMMAを開発して指導していたんです」と言う。彼女の活躍は、アジア系女性の成功のシンボルにもなりうると言っていい。

アジアでMMAといえば日本、韓国というイメージが強かったが、最近は青木真也を下してライト級チャンピオンになったエドゥアルド・フォラヤンをはじめとするフィリピン勢が急成長。フォラヤンが所属するチーム・ラカイはアジアで最もホットなジムとしてコアなファンの注目を浴びている。

ONEは日本でもおなじみのアンディ・サワーやムエタイのトップ選手を獲得し、立ち技ルールの試合も行なっている。さらにボクシングの世界タイトルマッチもONEのリングで実施(ONEはケージ=金網とリングを併用している)。野望の一つは、ONEの株主でもあるマニー・パッキャオの試合を組むことだという。

日本からは、初期から青木真也が出場している。近年は参戦選手が増え、修斗王者の内藤のび太、猿田洋祐がストロー級王座を獲得している。
ONEに出場する日本人選手が増えた理由の一つは、AbemaTVでの定期的な中継もあってイベントの知名度が上がったことだろう。加えてONE側も積極的に有望選手を求めている。3.31両国大会に出場する若松佑弥は24歳。主戦場としていたパンクラスでタイトルを獲得する前に、そのポテンシャルを買われてONE出場を果たした。

さらに今年、ONEは修斗、パンクラスと立て続けにパートナーシップを結んだ。このパートナーシップにより、修斗とパンクラスでチャンピオンに認定されるとONE出場の独占契約が結ばれることになった。それにより日本での闘いがアジア、そして世界に直結することになる。プロ化30周年の修斗、旗揚げ26年目のパンクラスを、いわば“系列団体”にしたことは、ONEの日本格闘技界への評価の高さを示すものだ。チャトリ氏は言う。「日本は格闘技の重要な市場。それをピークの状態に戻したい。20年前は日本が格闘技で一番の国だったが、投資が足りなかった」「日本のファイターは非常にレベルが高い。しかし金銭的な部分や環境面で恵まれていない。ジムの数が少ないし規模も大きくないですから。そういうところを変えていけば、もっと上に行ける。そのために、私たちも投資をしていきたい」。

またチャトリ氏は「世界的に見れば、今のONEはかつてのPRIDE以上かもしれない。でも日本では、まだみんなが知っているというわけではありません」とも。この現状認識も強みになるはずだ。ONEは「日本にフィットするプロモーション展開は何か」について、かなり頭を使い、日本の関係者にもアドバイスを求めているようだ。そもそも両国国技館を会場に選んだのも、スモウアリーナ=日本独自の格闘技の“聖地”だからだという。日本の武道、格闘技の歴史に敬意を払うことが、ONE日本進出の基本マインドなのだ。タイ人の父と日本人の母を持つチャトリ氏にとっては、個人的にも思い入れが深いのが日本。満を持しての大会開催にあたって、地上波(テレビ東京)でのレギュラー番組もスタートさせた。

両国大会のマッチメイク自体、かなり力の入ったものになっている。元UFC王者のDJ、アルバレスがONEで初ファイト。DJに挑むのは新鋭・若松だ。実績には大きな差がある両者だが、若松は「僕がスターになるための大会だと思って練習してきました」と意気込んでいる。グラウンドでのコントロール能力ならDJだが、ダメージを与える力は自分のほうが上ではないか、とも言われている。

メインイベントはフォラヤンvs青木のリマッチだ。PRIDE、DREAM、ONEにRIZINとさまざまな舞台で活躍してきた青木も30代半ば。大会を前に配信されたプロモーション映像には、家族と別居して一人暮らしをする姿も映し出されている。「離婚に向かっている」と語り、抱き枕がないと眠れないと苦笑する青木。そこまで晒すのは、全人生・全人格を格闘技にかけているからだろう。

そしてONEはビジネス規模や試合のレベルの高さと同じか、あるいはそれ以上にこうした“ストーリー”を重視する。たとえばタイやフィリピンの貧しい少年少女が、格闘技を通じて夢を叶え、サクセスしていく。そこにもONEの大きな存在意義があるのだ。

日本でのONEのブレイクに欠かせないのは、何よりも続けていくことだ。今年は日本大会を10月にも開催する予定だ。そこから「4回、6回、10回と増やしていきます」とチャトリ氏。「たまにやっているよその国のイベント」ではなく、日本のファンも「俺たちのONE」と思えるものにできるかどうか。3.31両国は、ONEの日本進出という長いストーリーの“第一話”になる。

アウンラ・ンサン vs 長谷川 賢

橋本宗洋

1972年、茨城県出身。『格闘技通信』でアルバイトから『SRS・DX』編集部を経てフリーとして各種媒体に執筆。 総合格闘技からキック・ムエタイ、女子格闘技、プロレスまで興味の赴くまま取材しつつ、その合間に映画館、アイドル現場に出没。 『Number Web』、『Abema格闘TIMES』などにレギュラー執筆中。