2月16日まで実施されたコナミオープンでも世界新記録に3千万円、日本新記録に500万円が贈呈されることとなり、達成者は出なかったが話題となった。陸上競技に比べれば施策が遅れている賞金制採用の背景には世界的な流れがある。アスリートへ向けられる視線という点で、とかく五輪至上主義に陥りやすい現状に一石を投じ、スポーツ文化の伝播に寄与することも期待できる。

■3カ月で1500万

トレンドができる上で大きなインパクトを与えたのは、昨年10月に始まった「国際リーグ」だった。国際水連とは一線を画す組織によって新設。チーム戦による高額賞金大会で、海外の有力選手が多数参加した。レギュラーシーズンとして6大会が実施され、上位チームによる12月の決勝大会は米ネバダ州ラスベガスで開催された。リーグによると、3カ月で256選手に約258万ドル(約2億8千万円)を支給。個人別の賞金ランキングトップは女子100メートルバタフライのリオデジャネイロ五輪金メダリスト、サラ・ショーストロム(スウェーデン)で、短期間に約14万ドル(約1500万円)を獲得した。

日本選手では男子の瀬戸大也(ANA)がアジア選手の参加第1号として決勝大会だけに出場。400メートル個人メドレーで短水路世界新記録をマークして躍動し、リーグによると2万8千ドル(約300万円)を稼いだ。競泳界にはこれまで賞金の出るワールドカップがあり、国際水連も昨年、国際リーグ創設の動きへ対抗するようにチャンピオンズシリーズという賞金大会をつくった。ただ、ショーアップされた会場でのスリリングな展開、従来の競技風景とは異なる華やかさで、国際リーグは新しい時代の到来を告げた。

■陸上の後塵

かつての”アマチュアスポーツ”の中で、競泳とともにメイン競技の一つに数えられる陸上では、早期に思い切った賞金レースを実施。活性化につなげている成功例がある。

2015年、日本実業団陸上競技連合はマラソンの日本新記録をマークした選手に1億円を支給することを決めた。すると2018年2月の東京マラソンで、設楽悠太(ホンダ)が2時間6分11秒の日本新記録を樹立した。同年10月にはシカゴ・マラソンで大迫傑(ナイキ)がそれを上回り2時間5分50秒の日本記録を打ち立て、さらに今月1日の東京マラソンでその自身の日本記録を21秒更新。それぞれ、日本記録の更新ごとに破格となる報奨金1億円を手にした。設楽は、今回の東京マラソンをむかえるにあたり「2時間4分台で走らないと東京五輪で走る資格はないと思っている」とコメントするなど、目指すレベルが着実に高くなっている。

また、かつて公務員として働きながら多くのレースに出場していた異色のランナー、川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)は2018年のボストン・マラソンで優勝し、15万ドルの賞金を得た。約1600万円を手にしたことで活動資金に目途がつき、プロ転向を決断。人生にも大いに影響を及ぼした。川内はその際「世界中のレースでもっと勝ちたい。自分自身の可能性をもっと試したい」とレベルアップへの意欲を隠さなかった。

後塵を拝している形の日本競泳界。今でも選手の一部には、お金にまつわる言及へのアレルギーが存在する。関係者によると、取材の際に賞金の話になると、マネジャーが割って入り「賞金の話はいいんじゃないでしょうか」と遮ることもあるという。昔のアマチュアリズムの名残で、スポーツで金銭を得ることへの罪悪感が横たわっているのも事実だ。

■多様化

いわゆるプロスポーツ以外でアスリートが語られるとき、五輪での成績がことさら強調される。五輪メダリストは世間の注目を集めて憧れの的になり、引退後もメディアに登場したりイベントに参加したりして、社会的ステータスを獲得している例が散見される。もちろん、五輪本番で力を発揮できるのは素晴らしいことだ。一方で、世界選手権やワールドカップなどでは何度も好成績を収めたり、節目の記録をマークしたりしたにもかかわらず、運悪く五輪でメダルを取れなかった選手もいる。五輪メダリストか否かという違いに力点が置かれ、世間の認知度や扱いに大きな差が発生しやすい。

この点、賞金レースの拡大は、スポーツ選手への評価を多様化させるエネルギーを秘めている。現在、競泳選手が社会的な関心を集めるのは五輪や2年に1度の世界選手権の時くらいで、コンスタントにスポットライトを浴びているとは言いがたい。賞金はまず、選手たちにとっては新たな記録や大会結果へのモチベーションになる。さらには、世界記録や日本記録をマークしたり、大会で優勝したりして一定の報酬を稼げるようになると、五輪などではなくてもメディアの露出は増え、一般の人たちの目に触れる機会が広がることが予想される。待遇改善によって選手寿命が伸びたり、努力に見合った対価を得られるようになり子どもたちにとって夢のある世界になったりするのではないか。

■開拓

国内で賞金大会のパイオニア的存在となったのは、2年前の「北島康介杯」で、世界新記録に100万円、日本新に10万円が懸かった。大会名の通り、男子平泳ぎで五輪2大会連続2冠の北島康介さんが大会委員長になっている。

国際リーグは、東京五輪後の9月に始まる次のシーズンは来年4月まで27試合を予定するなど世界最高峰の一大ツアーになる様相を呈している。チームも二つ増えて10チームに増加。新チームの一つは東京が拠点になる。そのチームの代表を務める北島さんは「世界的規模での競泳の価値向上に携わることができて本当にうれしい。プロフェッショナルな領域で活躍できる機会を、われわれはずっと夢見てきた」とコメントしている。

スポーツを多角的に分析した書籍「プロスポーツビジネス」(東邦出版)では「これまでの日本のスポーツ界では、『感動』や『興奮』といったスポーツの持つ原始的な価値をもって営まれてきたように思います。ですが、それだけではスポーツに興味・関心を持っている人たちには響いたとしても、そうでない人には意義のある価値だと感じてもらえないでしょう」と言及し、日本のスポーツ市場の限界を指摘している。拝金主義とは違い、アスリートが自分たちの価値に基づいて新しい世界を開拓する動きはスポーツの可能性を広げる。日本の競泳界もようやく、しっかりとしたスタート台に立ったと言える。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事