「打たせない」から「打たせる」のプロへ
©共同通信 打撃投手とは、ユニフォームを着た投手だが「選手」ではない。試合開始前の練習が彼らの主戦場となる。チームによって異なるが10名程度在籍し、右投手と左投手の割合は3:2ぐらいが一般的だ。
最近では過去に名声を得た選手が打撃投手に転身するニュースをしばしば耳にする。例えば2011年オフに埼玉西武ライオンズから福岡ソフトバンクホークスにFA移籍し、2015年でユニファームを脱いだ帆足和幸。その他にも東京ヤクルトなどで活躍しプロ通算83勝を挙げている藤井秀悟や読売ジャイアンツで開幕投手を務めた東野峻などもその一人だ。
選手時代は打者に打たれないための技術を磨いてきたが、打撃投手になると打撃練習をするバッターに対し、打ちやすいようにボールを投げることが求められる。言葉で表すと簡単そうに思えるが、これが一筋縄ではいかない。前述したように、選手時代は打たせないことをひたすら追求してきた彼らが、打たせなければ仕事にならない。つまり今まで求められてきたことと真逆のことをやらなければならないのだ。
打者が求めるコースや球種を100キロ前後の球速で投げ込み続けるわけだが、気持ち良く打たせることができず、いわゆるイップスに陥る人もいる。打ちやすいボールを投げることも立派な技術であり、誰にでもできる仕事ではないのだ。
打撃投手はプロ野球の中でも最も投球をする投手である。試合前の練習では150~200球、キャンプになると300球を投げることもあるという。当日の対戦投手によって休養日もあるが、左右投手関係なく同じ打撃投手から打つことをルーティンにしている選手もいる。単純計算すると月間で約5千球、年間では約5万球を投球していることになる。
ローテーション投手はキャンプからシーズン終了後までで、多くて1万球ほどだろう。選手に比べると全力投球ではない分、負担は少ないかもしれないが、使い続けることによる肩、肘への蓄積疲労は計り知れない。
気持ち良く投げさせてナンボの技術
ブルペン捕手の役割はブルペンで投手に気持ち良く投球させること。一軍と二軍にそれぞれ2、3名が配置され、1球団5名程度が一般的だ。
ブルペン捕手になる人の多くはプロ野球のセカンドキャリア組だ。中にはプロを一度も経験せずに従事している人もいるが、それはごく一部でほとんどがNPB出身者。現在広島東洋カープの二軍で指揮を執っている水本勝己監督は、2年の現役生活を経て、その後15年間ブルペン捕手としてチームを支えていた異色の経歴の持ち主である。
試合前の練習中に打撃投手の球を受けるのも仕事の一つだが、主となるのはキャンプや試合前、試合中のブルペンでの捕球だ。捕球といってもただ捕るのではなく、ミットに収めた際に「パンッ」と乾いた音を立てることが求められる。一球毎に「パンッ」と音を立てて捕球し「ナイスボール!」と一言添えて返球する。プロ野球の投手が全力で投げる球を捕球するわけだから、決して簡単なことではない。1日に何百球も捕球していれば手も腫れてくる。ただ、これをやることで投手は気持ち良くマウンドに上がることができるのだ。
また、ブルペン捕手は投手から投げ方の違いや変化球の曲がり具合など率直な意見を求められる。いつも受けているからこそわかることで、コーチの助言以上に真剣に耳を傾ける投手が多い。前述した水本監督もこういった一つひとつの助言の積み重ねで信頼を得て、コーチに転身できたと言えるだろう。
オフになると多くの選手がユニフォームを脱ぐことになる。裏方としてチームに携われる人間はごく一部だ。そして運良く打撃投手、ブルペン捕手になれたとしても基本的には選手と同じ1年契約。身体を壊してしまうと終わりを迎える厳しい職業である。それでも彼らは、選手たちに気持ち良くプレーしてもらうため身体にムチを打って裏方業に徹しているのだ。