白いヘルメットには黒字で、黒いヘルメットには白字で。初日となった7日午前の雪上でのレッスンを終えて、休憩所に戻ってきた子どもたちの防具には、みっちりと豪華選手のサインが書き込まれていた。
「去年、ウォルター選手に書いてもらったんです!」
つい先ほどまで、初回の講習を受けていたキッズスキーヤーが高揚しながら教えてくれた。昨年に続き、2年連続の参加だという。ずっと大切にしてきたのだろう。そして、また憧れの存在に会えるこの時を待っていたのだろう。紅潮した顔にはまだ少しの緊張感と興奮が残っていた。次々に戻ってきた彼、彼女たちは一様に目を輝かせていた。
「分かりやすく教えてくれました。ハの字からミドルターンとか順番にやっていって。いろんな選手の後を追って滑ったり、かっこ良かったです」
ニセコから参加したという小学校5年生の遠藤柚歩さんが教えてくれた。
「スピード!エアの高さ!やばかった!」
弾んだ声をそろえたのは、柏倉汰地くん、佐藤陽向くん、木村慶馳くんの小学校5年生トリオだった。国内の競技会にも参加しているという。
全日本スキー連盟の資料では、フリースタイルスキーの競技者登録数は21―22年シーズンは608人。モーグルだけの統計は発表されていないが、決して多いとは言えない未来を担う若き選手にとって、最良の時間になっていたのは間違いなかった。
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レッスンに先立って行われたトークショー。椅子に座って食い入るように耳を傾ける子どもたちに、登壇したウォルバーグが伝えた。
「僕もこういうキャンプに参加したことがあって、たくさんのインスピレーションをもらいました。ぜひ、恥ずかしがらずにいつでもどんどん質問してください」
後の五輪金メダリストも同じように、トップ選手の直接指導の機会を、その後の栄光につなげていた。
「僕の小さい頃にもこういう機会があったらなって。6人のオリンピック選手がここにいることは、素晴らしいことなので、たくさんの学びを吸収していってください」
そう、少年期を振り返ったのは、一世代上の30歳のキングスベリー。14年ソチで銀、18年平昌で金、22年北京で銀と、オリンピック3大会でメダルを手にし、W杯では20年まで種目別9連覇などを誇った王者も、優しく声をかけた。
トークショーの後半ではさっそく、子どもたちから質問が飛んだ。
「僕はいつも試合前に緊張してしまうんですが、どうすればいいですか」
答えの指名を受けたのは、堀島。
「どんな大会でも、W杯でも、オリンピックもそうでしたし、国内大会もそうだったんですけど、スタート台に立つ時は、どうしても緊張してしまって、失敗するんじゃないかって不安になるんです。あらかじめスタート前の自分がやること、『3、2、1、ゴー』ってなるまでに自分がやること、例えば、足踏みを2回するとか、そういうのを決めておいて、常に練習の時からやっておくと、練習の時ってあんまり緊張してなくて、スタートしてうまくいったりするから、その体の感覚が頭の緊張とかも上手にほぐしてくれます。そういう形で用意しておくといいかなと思います」
続けて、別の問いかけも。
「トレーニングのメニューはどんな風に決めていますか」
これには6人全員がおのおのに、そして共通する答えを返した。星野純子が、代表するように体の作り方を説いた。
「自分のトレーナーさんと自分の体の癖がどんなところにあるのかをすごく相談して。どう直したら自分の滑りが良くなるのかをすごく考えて、トレーニングメニューを組んでいます。ただ、重りがたくさん持てるようになればいいとか、力があればいいわけじゃなくて、自分のスキーをどう進化させていったらいいのかをもとにトレーニングメニューを考えて、体を作っていってます」
川村も呼応した。
「本当に自分のスキーに必要な部分を見極めて。トレーナーさんとかと相談してメニューを組むようにはしているんですけど。その中でも怪我してる部分があれば、ちゃんとリハビリをして、しっかり直してとか。体が硬いのであれば、柔軟性が出るようなトレーニングを組んだり。それぞれの体に合ったトレーニングメニューを組めればすごくいいなって思います」
マイクを持って立ち上がって質問した子どもたちだけではなく、姿勢もしっかり、真剣なまなざしで聞き入る参加者の姿があった。この時間を少しも無駄にしないで競技に生かそう。そんな強い気持ちを感じさせた。
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具体的な内容にも及んだトークショーでは、身に着けるアイテムの事でも理解を深める場面があった。それぞれがこだわりを伝えると、その中で、ウォルバーグは日本の企業との縁を語った。
「プロのアスリートとして、ベストな道具を使うことは、とても大事だと思っています。いまユニクロからスキージャケットやスキーパンツを提供してもらっていますけれども、全てカスタマイズしてもらって、間違いがないようにしています。ベストなウエアを使えることに誇りを持って滑っています。小さなことがとっても大事なことに繋がると思っています」
このキャンプのメインスポンサーを務めるユニクロが、スウェーデンのオリンピック・パラリンピック委員会とのメインパートナー契約およびオフィシャル・クロージング・パートナー契約を結んだのは19年1月だった。
選手団に大会時、日常などで着用する衣服、競技ウエアを提供。各競技の選手たちと細かな意見交換を続けて機能性などを追求し、夏と冬の祭典をバックアップしてきた。22年北京五輪ではこれまでの冬季大会の中で同国史上最多の25個のメダルを獲得。モーグルでは初となるメダルを手にしたウォルバーグもその1人だった。
同時に、共同プロジェクト「ユニクロドリームプロジェクト」も推進してきた。若者や子供たちがスポーツを知り、アクティブで健康的な過ごし方を学び、体験する場をトップアスリートたちとともに提供。スウェーデンでは23年3月までに、約4万2200人の子供たちと約600の学校が参加してきた。
今回の「WORLD MOGUL CAMP by UNIQLO」でも、同社が求めるものは同じ。昨年に続き2回目の開催となったが、今年はメインスポンサーとしてサポートする。主催のNPO法人Dosapo代表理事の伊藤孔一は、イベントの意義を説く。
「これだけ海外のトップ選手が来日する機会はないです。韓国や米国からも教わりにきています。夢を持ってほしいし、継続してほしいと思っています」
小学生、中学生を中心に、3日間でのべ200人以上が参加する。最終日の9日は大会も行った。2年連続で開催できた価値は大きかった。
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そのウォルバーグの声がひときわ大きくなる場面があった。
「スーパーハッピーですね!」
話題は、ユニクロとの契約延長だった。当初は24年12月末までとしていた同国オリンピック・パラリンピック委員会との契約期間を26年12月末まで2年間延長することが発表されたばかりだった。2連覇がかかる2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ大会でも、「UNIQLO」のロゴが入ったウエアで挑むことになった。
「中国(北京)だとマイナス25度だったりで、ここは15度の札幌ですが、どんなところ、どんな天候でも動きやすくて、履きやすいスキーパンツで、これからもサポートしてもらえることをとても嬉しく、誇りに思っています」
①高品質(クオリティー) ②革新性(イノベーション) ③持続可能性(サステナビリティ) この3要素が合致していることも、長期契約の固い絆の理由となっている。実際、競技面に関わる①と②だけでなく、冬季競技に携わる1人の人間として③の要素を重視している声もトークショーでは聞かれた。
「気候変動はスウェーデンでもカナダでもアメリカでも同じように感じています。自分としてできることは車とかを使う時に理由があってどこかに行くなどですね。ガソリンにも関わってきますので、ちゃんと理由がある時に使う。あと、ユニクロのように積極的にやっている会社のことを見習っています」
北京五輪5位、今季W杯第2戦で初優勝したニック・ペイジ(米国)は、日常生活から企業のSDGs活動に注目していた。
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「プラスチックを使う量を減らすことだったり、車もちゃんと理由がある時にだけ乗るというような、小さなことがとても大事な事につながる」
ウォルバーグは、ウェアや用具へのこだわりの発言と同様な「小事は大事」の言葉を、この持続可能性を考えた行動においても大切にしているとした。
1人でも多くの人にモーグルを知ってもらう―。そんな趣旨で始まったこのキャンプも、未来のトップ選手を育てるという意味では、同じだろう。
「早くいこう!」
昼食を終えた子どもたちが、はやる気持ちを抑えられないように、次々に選手たちの待つゲレンデへ戻っていった。その姿には、もうすでに「大事さ」が詰まっていた。
photo by © Taro Tampo