井上尚弥の実弟、拓真は自身4度目の世界戦で初めてメインを務める。挑戦者に選ばれたアンカハスは元IBF(国際ボクシング連盟)スーパーフライ級王者として9度の防衛を果たした強豪で、相手に不足はない。尚弥に続く「バンタム級全王座統一」を目標に掲げ、兄が返上した4本のうち1本(WBA)をまず取り戻した拓真にとって、今後を問う試金石となるだろう。

花の95年組

 そしてもうひとつのタイトルマッチで初挑戦するのが、「岡山から世界へ」をキャッチフレーズに台頭してきたユーリ阿久井政悟。一風変わった名前だが、「ユーリ」とはリングネーム。1990年代前半にわが国で活躍したロシア人初のプロ世界チャンピオン、ユーリ・アルバチャコフにちなんだものだ。由来は顔の雰囲気が似ているからだが、そうでなくとも阿久井は名王者ユーリのボクシングを尊敬していたという。

 阿久井は1995年9月3日生まれの28歳。日本のボクシング界でこの「95年組」は稀にみる豊作の世代として知られている。世界チャンピオンも、田中恒成(畑中)、井上拓真、比嘉大吾(志成)、山中竜也(真正)とすでに4人を輩出。プロのみならず、アマチュアでも坪井智也(自衛隊体育学校)、岡澤セオン(INSPA)が世界選手権で優勝している。11月15日は拓真と阿久井、95年組によるダブル世界戦でもあるわけだ。

 阿久井には岡山のジム初の世界王座奪取という記録もかかる。同県出身の世界チャンピオンは辰吉丈一郎、女子でも現役の晝田瑞希(三迫)がいるが、岡山のジムからとなるとまだ現れていない。倉敷守安ジムの守安竜也会長は過去に2度地元で世界タイトルマッチを手掛けたが、いずれも奪取はならず。ジムにとっては22年ぶりの大チャレンジになるから阿久井が「一発で獲りたい」と意気込むのも当然。

 父親とおじが元プロ選手の阿久井はアマチュアを経てデビューした。ここまで21戦18勝11KO2敗1分の戦績。17戦目で日本フライ級王座に就くまでに、中谷潤人(M.T)、矢吹正道(緑)とのちの世界チャンピオン2人と対戦している。中谷には6ラウンドTKOで初黒星を喫したが、その再起戦で矢吹に1ラウンドTKO勝ちを収めた。

 矢吹戦を含め、阿久井はこれまで11度のKO勝ち中9度も「初回KO」をマークしている。本人によると狙った結果ではないということだが、特筆すべき点である。

 日本タイトルは3度の防衛に成功して返上。いずれの試合もたしかな力を示す内容で、世界ホープの地位を固めてきた。日本タイトルを返上後は世界挑戦準備に入り、このたび1位チャレンジャーとして堂々とひのき舞台に立つ。

ウクライナ支援チャリティーマッチ

 試合の発表会見で阿久井はチャンピオンのダラキアンに敬意を表し、こう決意を述べた。

「ダラキアン選手はウクライナが大変な中、日本に来ていただいて感謝しています。期待に応えられるようにベストを尽くしたい」

 そう、36歳のチャンピオンはロシアの侵攻を受けるウクライナのボクサーである。アゼルバイジャンの生まれだが、紛争から逃れるため、子どもの頃に一家で亡命した先がウクライナだった。アマチュア時代はナショナルチームで活躍し、2011年のプロ転向以来22連勝中(15KO)。いまから6年近く前にアメリカで獲得したWBAフライ級タイトルを6度防衛している。

 在位期間のわりに防衛回数が多くないのは同情すべきところである。コロナ禍と戦争、リング外の問題に翻ろうされたのだから。試合の話を待つ間もトレーニングを欠かすわけにはいかず、ダラキアンはやむなく愛する家族を国外に避難させ、キーウで練習しているのだという。スパーリングのパートナーをウクライナに招くのにも苦労しているそうだ。

 ロシアの軍事侵攻については、同国ボクサーと同じ興行に出場することも拒否しようとしたほど非難のスタンスを貫くダラキアン。今回、阿久井の挑戦を受けるため初来日するにあたり、「世界フライ級王座を防衛し、ベルトをウクライナに持って帰ります」と力強くコメントしている。

 かくして、当日の興行はウクライナ支援チャリティーマッチとも銘打たれている。リングの中の戦いはいかなる結末をみるか。


VictorySportsNews編集部