コンバース以前

 なにはともあれ、ジャックパーセルである。オールスターと並び、コンバース(CONVERSE)の2大巨塔として知られるこのスニーカーは、もともとバドミントン競技者のためのシューズであった。ジャックパーセルがバドミントンシューズとして誕生したことに驚く方もいると思うが、そもそも、この靴を生み出したのはコンバースですらなかったのである。

 1932年、MLB公式球やバスケットボールで知られるアメリカの老舗スポーツメーカー、スポルティング(SPALDING)が、バドミントンの世界チャンピオンであったジョン・エドワード・ジャック・パーセル(John Edward “Jack” Purcell)とともに開発を始めた。

 3年後、タイヤメーカーであったB.F.グッドリッチ(B.F.Goodrich)に引き継がれ、〈スマイル〉と呼ばれる爪先のディテールをはじめ、現在のデザインの原型が完成する。〈ジャックパーセル〉の誕生だ。

1950年代に販売開発の全権が移っていたB.F.グッドリッチから、1972年にコンバースが受け継ぎ、1972年から現在に至る。より正確には、2010年にナイキ(NIKE)がコンバースを買収しており、現在はナイキ傘下ともいえる(日本では、伊藤忠商事の傘下)。

コンドームに宿る真理

 スポーツメーカーであるスポルティングが、バドミントンシューズを開発しようとしたのは当然だが、タイヤメーカーであるB.F.グッドリッチに開発が委ねられたのは何故か。人間と自動車、どちらも〈足回り〉という共通項はあるが、それだけではない。いずれのプロダクトも〈ゴム〉の技術が肝となっているのだ。

 一見まったくジャンルが異なるように思えるタイヤもスニーカーも、ゴムの開発技術がものをいう(スニーカーのソールは、ゴムでできている)。だからこそ、ゴム産業に従事する企業が、これらのプロダクトを一手に請け負うのは自然な成り行きであった。

 普段、私たちが目にする〈ゴム〉は、ゴムの木から抽出した生ゴムに硫黄を加え加熱する〈加硫〉によって生み出されている。その質を左右するのが、各社秘蔵のテクニックだ。たとえば、ゴムを柔らかく仕上げれば、吸収性に優れクッショニング性を増す一方、磨耗しやすく耐久性が弱くなる。俊敏性や跳躍力を高める反発力も失われるだろう。

走行する路面やスポーツ競技の特性に応じて、ゴムの軟度を、無限のパターン(生ゴムと硫黄の比率、加熱する温度と時間)の中から開発するその技術こそが、プロダクトの品質を左右するのだ。いわゆるコンドームの〈薄くても破れない〉といった物理の法則に抗うように思えるプロダクトは、まさにゴム開発企業による努力の賜物なのである。

青ヒゲとスマイル

 そこで白羽の矢が立ったのが、タイヤメーカーのB.F.グッドリッチだった。

 ジャックパーセルのヒールパッチに入る〈青ヒゲ〉という愛称でアイコン化されたインソールを開発したことを機に、グッドリッチはPFフライヤーズ(PF. Flyers)というスニーカーブランドを立ち上げる。

〈青ヒゲ〉とは、ヒールパッチに描かれた2つの青い三角形がヒゲに見えることから名付けられた愛称だが、これは、ポスチャー・ファンデーション(PF)システムに基づいて、インソールが制作されていることを示すアイコンである。

 ポスチャー・ファンデーションシステムとは、足裏の内側(土踏まず側)を高く、外側を低く柔らかく設計したインソールで、それまでにない履き心地の良さ、足へのフィット感をアスリートに提供した。この〈青ヒゲ〉の恩恵は、バドミントンシューズであるジャックパーセルに、象徴的に刻み込まれた。

 そして〈スマイル〉である。〈スマイル〉とは爪先に半円の溝が彫られたディテールを指す愛称だが、そのデザインが、微笑んでいるように見えることから名付けられた。

 プロダクト・ライン名の由来となったジャック・パーセルは、このデザインについて「バドミントンの実用上のニーズに合わせたもので、シューズの補強に役立つ」と述べている。

 そこで、〈スマイル〉がバドミントン競技においてどのように機能しているのか。この〈補強〉について、自分なりに考察してみたい。自分はバドミントン選手として推薦を受け、私立高校に入った。いちおう、ホラを吹く資格はあるだろうと思っている。

仮説スマイル

 バドミントンという競技は、超軽量のシャトルを使用するため空気抵抗を受けやすく、窓を締め切った無風状態の屋内でおこなわれる。シングルスであれば、全長13.4m、幅6.1mのコートが主戦場だ。コート上を前後左右に素早く動く必要があり、瞬発力と動体視力がものをいう。同じくラケットを使うテニスと似ているが、ネット際の攻防の回数はテニスよりも圧倒的に多い。

 勝敗を左右するのは――空気抵抗がより少ない状態――シャトルの飛距離が短いネット際の攻防である。相手がドロップショットやヘアピンなど、ネット際にシャトルを打ってきたとき、右利きの選手であれば、右足を前方に踏み込み、シャトルを打ち返すのが基本だが、その際、右足方向に体全体が流れてしまってはいけない。バドミントンのシャトルは、初速が異常なほど速いからだ。

 自身がネット際から打ち返したシャトルを、相手が自陣後方に打ち返したら、そのシャトルに追いつくことは限りなく不可能に近い。では、どうするか。ネット際のプレー時は、シャトルを打ち返すために全力で前進すると同時に、次のシャトルの行方を予期し、コート中央あたりに素早く戻れるように急停止した状態で打ち返すのだ。そこで〈スマイル〉である。

【スポーツとファッション】 バドミントンシューズの栄光と黄昏 中編

VictorySportsNews編集部