そのすべてが〝規格外〟だった。トラックレースは中距離種目(800m、1500m、3000m)のみ。バックストレートにはトンネルがあり、観客はインフィールドでも観戦できる。スタジアムは音楽が鳴り響き、選手の入場・フィニッシュには火花とスモークが噴き出した。

キラキラに輝く陸上競技場。イベントから大盛り上がり

 パン食い競争はなんと木村屋監修。女子は「新谷仁美vs. 増田明美」の対決が実現した。「絶対に負けません」という新谷選手に対して、増田さんは「木村屋のあんぱんならケチャップをつけて食べようと思っていました」と謎の応酬。オリンピアンたちの激突は、長身の新谷選手がサクッとあんぱんをゲットして、増田さんに完勝した。

 男子は世界選手権の男子400mハードルで2つの銅メダルを獲得した為末大さん、東洋大時代に「山の神」と呼ばれた柏原竜二さん、100mで10秒12のタイムを持つ本郷汰樹選手らが出場。本郷選手が抜群のスタートダッシュで飛び出すも、為末さんが鮮やかな〝パン食い技〟で逆転した。

 インフルエンサーNo.1決定戦1000mには主催者である横田氏も参戦。元800m日本記録保持者のスピードで序盤はトップを走るも、中盤は三津家貴也さんが前に出る。後半勝負で臨んだ上野裕一郎選手がラストで抜き去り、2分24秒04の自己ベストで優勝した。

「すみません、声援ありがとうございます! この大会に帰ってこられたことが有難いです」と上野選手は笑顔を見せた。

ハイレベルなグランプリレースで観客も大熱狂

 そしてグランプリレースはレベルが高く、選手たちの本気がスタジアムをさらに熱くした。女子1500mはOACのモーディー・スカイリング(豪州)が4分07秒33で優勝。日本勢では森智香子(積水化学)が2位に入った。驚かされたのが、もうすぐ32歳になる森が大幅ベストで、日本歴代9位の4分10秒33をマークしたことだ。

 「自己ベストを4秒も更新することができて、自分でも予想以上の走りができたと思いました。一度走ったことのある競技場なんですけど、同じ場所なのかというぐらい雰囲気が違うんです。トラックのなかにも応援の方がいて、すごく距離が近く、みんなでタイムを出そうという雰囲気に乗れましたね。(4分10秒の)ペーシングライトより前で走っていましたが、まさか10秒台でゴールできるとは思っていませんでした。もっと上を目指していきたい気持ちが生まれました」と汗びっしょりの森が声を弾ませた。

 タイムレースで行われた男子800mは阿見AC所属でパリ五輪に南スーダン代表で出場するグエム・アブラハムが1分47秒41で優勝。北村魁士(山梨学大)が1分47秒85で3位に入った。

 女子800mはOACのベンデレ・オボヤ(豪州)が1分59秒37で制して、「皆さんの歓声と叫び声が私の力になりました。とてもいい思い出になりました」と観衆に感謝した。日本勢は川田朱夏(ニコニコのり)の2分03秒65(3位)が最高だった。

まさに“型破りな陸上イベント”を体現

 そして最終種目の男子1500mはお祭り騒ぎになった。ベースメーカーが400mを56秒、800mを1分56秒、1200mを2分56秒で引っ張る。ラストは手拍子でスタジアムがひとつになったのだ。

 OACのジェシー・ハント(豪州)が3分38秒98で真っ先にゴールへ飛び込むと、ラストスパートで順位を上げた遠藤日向(住友電工)が3分39秒52で日本人トップ(2位)に輝いた。

 優勝したハントは翌日が26歳の誕生日。表彰の後には、スタジアムに「Happy Birthday to You」の歌が響いた。今季最終レースを勝利で飾ったハントは、「歌のプレゼントもしていただいて驚きました」とうれしそうだった。

On Track Nights: MDC ©︎On

 今回はOnの未発売モデルを初めて着用。ブランド史上初のアッパー製造技術「ライトスプレー」を駆使したスパイクだ。「軽くて薄い。でも包み込まれている感じがして、走りやすかった。これ以上のシューズはないと思うくらいのシューズです」とハントは好感触を得ていた。

 日本勢では5000mでのパリ五輪出場を逃がした遠藤が奮起した。

 「今季はプレッシャーを感じながら走ることが多かったですけど、この大会は本当に素晴らしい。国内ではなかなか味わうことのできないレースで、走っていて楽しかったです。今日は3分40秒を切れたらいいなと思っていたんですけど、その目標をクリアできました。来年は5000mで東京世界陸上を走るのが目標ですし、12分台を狙おうかなと本気で考えています」と遠藤。今年の秋冬には10000mにもチャレンジする予定で、再び世界を目指して取り組んでいくつもりだ。

 緑のうちわがひらめいて、カウベルが鳴り響く。2,893名もの観客が集まり、真夏の夜の〝陸上夏祭り〟となった。

 On Track Nights: MDCを共同主催したTWOLAPS代表の横⽥⽒は大会を無事に終えて、充実の表情を見せていた。

「MDCを2021年から始めて、自分たちだけでできた部分と、できなかった部分がありましたが、Onとコラボするかたちでパワーアップできたかなと思います。小さな競技場のなかでの盛り上がり、密度みたいなものを作れたのはすごく大きかったですね。しかも中距離レースだけでここまでできた。非常に意味のあることだと思っています。ただ一回で終わりじゃなくて、やり続けることが大切。もっとお客さんを呼べると思いますし、きっちり育てていきたいです」

 1000mレースは「運営で脚が重かった」と完敗したが、中距離イベントとしては大成功だったと言っていいだろう。On Track Nights: MDCは今後もっともっと発展していくはず。この熱狂がさらに広がることを楽しみにしたい。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。