またとない追い風

 一人横綱の照ノ富士は両膝の古傷や糖尿病を抱え、満身創痍で休場が目立つ。昨年は2度優勝したが、それ以外の4場所は休場と苦闘をしいられている。それ故に後継者が待ち望まれる状況で、1月12日初日の初場所では早速2人が綱とりに挑む。大関の琴桜と豊昇龍。昨年11月の九州場所で琴桜が千秋楽相星決戦で豊昇龍に勝ち、14勝1敗で初制覇した。このいきさつにより、新横綱待望論がこれまで以上に高まっている。

 横綱昇進の過程で必要なのが横綱審議委員会(横審)の推薦。その内規には次のような文言がある。「2、大関で2連続優勝した力士を横綱に推薦することを原則とする。3、第2項に準ずる好成績を挙げた力士を推薦する場合は、出席委員の3分の2以上の決議を必要とする」。広辞苑によると、「準ずる」という言葉は「同等の扱いをする」との意味。厳密に解釈すると、成績によっては2位を意味する「準優勝」では必ずしも適合しない場合があり、これまでも優勝次点力士が次の場所に綱とりが懸かるかについて、議論になることがあった。

 昨年九州場所では豊昇龍も高く評価された。昇進問題を預かる相撲協会審判部の高田川部長(元関脇安芸乃島)は早々に、豊昇龍も初場所で横綱昇進に挑戦するとの見解を示した。横審の山内昌之委員長(東大名誉教授)は「来場所における横綱の誕生を深く願っている」と期待感を隠さなかった。両者とも9月の秋場所は8勝7敗。安定感抜群とは言いがたいが、追い風を生かさない手はない。琴桜は189センチ、181キロの巨体を武器にして攻める取り口が増えてきた。先代師匠でもある祖父の琴桜に続く最高位を目指す。豊昇龍は叔父に元横綱朝青龍を持ち、粘り強い足腰と鋭い勝負勘を兼ね備えている。ともに最高位に縁のある立場だけに、2021年名古屋場所後の照ノ富士以来の昇進となれば、余計に祝祭感にあふれそうだ。

大の里と日進月歩の実証

 もう一人の大関、大の里は輪をかけて将来性が豊かだ。こちらも192センチ、185キロと恵まれた体格から迫力十分の攻めを披露し、右四つを得意とする。新大関として臨んだ昨年九州場所では、これまで以上に取り口を研究されて9勝止まり。右差しを封じられたときに引いてしまう癖をどう改善していくか。最高位を狙う上での注目点となる。

 初土俵から最速の所要7場所で初優勝を果たした。新鋭の勢いに対し、意地を発揮したい他の力士たち。こうしたせめぎ合いを繰り返せば、全体的なさらなるレベルアップにつながる可能性も期待できる。かつて横審委員長を務めた作家の舟橋聖一氏は生前の著書「相撲記」で、大横綱双葉山を例に挙げ、その点について言及した。双葉山は1939年1月の春場所4日目に安芸ノ海の左外掛けに崩れ、不滅の連勝記録が「69」でストップした。その後、他の力士たちも外掛けを繰り出してきた。これに対し1942年春場所。6日目に鹿嶋洋、12日目に出羽湊がともに外掛けを試みたところ、双葉山は掛けられた自身の足の力をすっと抜くことで外掛けを無力化し、かわして白星を収めたという。舟橋氏は「相撲がいかに日進月歩しているかの一つの実証を示すものだと考えるのである」と表現した。研究によって熱戦が生まれ、活気づく土俵の息づかいが伝わってくる。

 新横綱だけではなく、大関候補もいる。若元春と若隆景の兄弟、ともに埼玉県出身の大栄翔と阿炎は三役の常連で、今年こその悲願を狙う。若手ではいずれも伊勢ケ浜部屋に所属する22歳の熱海富士に再入幕を果たした21歳の伯桜鵬、加えて24歳で中卒たたき上げの平戸海らの飛躍が待たれる。2021年秋場所後に優勝45度の横綱白鵬(現宮城野親方)が引退。戦国時代の様相から、次の時代の枠組みが浮かび上がってくる気配が漂う。

多面的な節目の年

 相撲協会は設立100周年。東京と大阪の組織が合併の流れとなり、財団法人の認可を得た大日本相撲協会が誕生したのが1925(大正14)年12月だった。「相撲の歴史」(新田一郎著)によると、合併の背景には不況や経営的苦境などがあり、その上で、皇太子(後の昭和天皇)の台覧相撲が後押しとなった。「このときに摂政宮賜杯を下賜された東京協会は、その光栄を相撲界全体で共有すべきであると、大阪協会を説いて、懸案の協会合同を一挙に実現させたのであった」と指摘。時代の流れを捉えた施策で、今に続く賜杯の登場ともなった。

 その後、太平洋戦争の敗戦や2011年の八百長問題など、様々な逆境を乗り越えて今に至る。世の中が合理的な指向に傾く昨今においてもまげを結い、着物を羽織る力士たちは伝統文化の継承者に他ならない。今年7月の名古屋場所は最新鋭の設備を兼ね備えた「IGアリーナ」に会場を移す。8月には大阪・関西万博の会場で興行を行い、10月にロンドン公演。12月には100周年記念式典とイベントが目白押し。協会関係者が以前口にしていた「2025年はいつにも増して大事な年になる」との説明もうなずける。

 他方、2024年の角界を騒がせた元幕内北青鵬の暴力問題の余波についても、動向が耳目を集めそうだ。責任を取る形で、師匠だった宮城野親方は伊勢ケ浜部屋付きとなり、宮城野部屋は伊勢ケ浜部屋に無期限で転籍した。関係者によると、毎場所後、伊勢ケ浜一門の浅香山理事(元大関魁皇)らが協会執行部に宮城野親方の様子などについて報告している。伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は今年7月に65歳の定年を迎え、師匠の座を降りる。一門のある親方は宮城野部屋について「伊勢ケ浜親方の定年を機に元に戻ればいいなとの思いはあるけど、後は上(執行部)が判断すること」と神妙に語る。節目の年に起こりうる多面的な事象。いろいろな要素を抱えながら歩みを止めないのも、角界といえる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事