大嶋RDは学生時代に棒高跳びをメインに活躍。大学卒業後はニュージーランドで学び、帰国後は日本陸連のスタッフとして国際大会にも帯同した。フルマラソンを4時間09分で走った経験もある。レースディレクターとして迎える初めての大会に大嶋RDはドキドキしている様子だった。

「東京マラソンは日本で最も大きなマラソンレース。まずは安全・安心を意識して、参加された方が終わって良かったなと感じていただける大会にしたいと思っています。そしてエリートの部は観ていてワクワクするようなレースにしていきたい。今回も素晴らしい選手がたくさん出てくださっていますので、記録を含めて面白いレースを展開してくれると思っています」

 昨年の大会が終わった直後から海外招待選手の交渉に入り、「今年の東京世界陸上で活躍していただけそうな選手と、2028年のロス五輪で活躍するような選手。その両面を意識して、お声がけしました」と大嶋RD。今大会も楽しみな選手が集結したが、どんなレースが繰り広げられるのだろうか。

男子は大会記録、日本記録の期待十分

 「男子は前回のチャンピオンで、パリ五輪銅メダルのベンソン・キプルト選手(ケニア)が再び、東京にやってきます。昨年は国内最高記録となる2時間02分16秒を樹立しました。今年はコースレコードの更新だけでなく、2時間01分台。もしかしたらもっと速い記録を狙うかもしれません。

24大会エリート男子優勝のベンソン・キプルト選手(ケニア)©東京マラソン財団

 そんなキプルト選手の対抗馬として熱い期待を集めているのがジョシュア・チェプテゲイ選手(ウガンダ)です。5000mと10000mの世界記録保持者で、東京五輪は5000mで、パリ五輪は10000mで金メダルを獲得しました。マラソンの適性を見るために一昨年12月のバレンシアマラソン(2時間08分59秒)に出場して、『十分にいける』と感じたようです。本格的なマラソン挑戦となる東京では、『2時間02分00秒を切るようなレースを目指したい』と聞いていますし、2月16日に同僚のジェイコブ・キプリモ選手がハーフマラソンで驚異的な世界新記録(56分42秒)を作りました。なおさら気合が入っているのではないでしょうか」

 陸上競技の熱いファンから大反響があったチェプテゲイ。今回の結果次第では今年9月の東京世界陸上はマラソンで勝負するのかもしれない。

 他にもパリ五輪5位で昨年12月のバレンシアマラソンで2時間02分38秒の2位に入ったデレサ・ゲレタ(エチオピア)、前回3位のヴィンセント・キプケモイ(ケニア)、一昨年4位のタイタス・キプルト(ケニア)、2019大会覇者のビルハヌ・レゲセ(エチオピア)らが上位をうかがっている。海外招待選手は2時間2分台3人、同3分台3人、4分台5人と2時間5分未満が11人という豪華メンバーだ。彼らが好記録を狙えるようにペースメイクも考えているという。

「トップグループは2時間02分を切るペースで進んでいくのではないでしょうか。次のグループは2時間03分台、3番手のグループは2時間05分台くらいになるのではと考えています。場合によっては2時間06分30秒くらいで4番手グループを作るかもしれません。日本人選手はどこのグループでいくのか迷うと思うんですけど、2番手グループに食らいつく選手が出てくることを楽しみにしています」

 日本記録は2時間04分56秒で、東京世界陸上の参加標準記録が2時間06分30秒。それから日本陸連が新たに導入したロス五輪の「ファストパス」の設定タイムが2時間03分59秒。日本人選手たちはこの3つの記録を意識しながら、レースを進めることになりそうだ。そのなかで注目選手は誰なのか。

「日本勢はパリ五輪で6位入賞を果たして、いま日本で一番強いんじゃないかと言われている赤﨑暁選手(九電工)が記録を意識されていると伺っています。それから昨年9月のベルリンマラソンで日本歴代2位となる2時間05分12秒とをマークした池田耀平選手(Kao)。このふたりは凄く楽しみですね。大迫傑選手(Nike)の『出場辞退』は残念ですが、井上大仁選手(三菱重工)は調子がいいと聞いていますし、天候などコンディションが良ければ、日本人選手も2時間05分00秒を切って、4分台前半が期待できるかもしれません」

 他にも2023大会で2時間05分台をマークした山下一貴(三菱重工)と其田健也(JR東日本)、前回30㎞過ぎに日本人トップを走った浦野雄平(富士通)、2月9日の全日本実業団ハーフマラソンを1時間00分22秒で制した市山翼(サンベルクス)らがどのようなレースを展開するのか。

 また東京五輪男子マラソン代表の中村匠吾(富士通)、2018大会で日本記録(当時)を打ち立てた設楽悠太(西鉄)もエントリーしている。それから10000mで27分28秒13を持つ小林歩(NTT西日本)と箱根駅伝で大活躍した太田蒼生(青学大)が初マラソンに挑むことになる。

 2月2日の別府大分毎日マラソンで若林宏樹(青学大)が初マラソン日本最高&日本学生新&日本歴代7位の2時間06分07秒をマークしたことと、ロス五輪の「ファストパス」(期限内に2時間03分59秒の設定タイムを突破した最上位の選手が内定する)が日本人選手のモチベーションを高めているはず。好タイムを期待せずにはいられない。

女子も〝大記録〟の可能性

「女子は前回大会で国内最高記録となる2時間15分55秒で優勝したストゥメ・アセファ・ケベデ選手(エチオピア)に注目です。『いいトレーニングができれば9分台を目指すこともあり得る』と聞いていますので、どこまで状態を上げてきてくれるのか。ケベデ選手の状況次第では、前々回大会の女王であるローズマリー・ワンジル選手(ケニア)、昨年のベルリンマラソンを2時間16分42秒で制したティギスト・ケテマ選手(エチオピア)の三つ巴になるのではないでしょうか。大会記録の更新は期待十分で、もっと速い記録を目指してもらいたいですね」

24大会エリート女子優勝のストゥメ・アセファ・ケベデ選手(エチオピア)©東京マラソン財団

 元世界記録保持者のブリジット・コスゲイ(ケニア)が「調整不良のため」に欠場となったが、他にも2時間17分台2人、2時間18分台4人と2時間20分未満の選手が9人出場する。

「ペースメイクはトップが2時間15分00秒を目指すような想定ですが、選手側から世界記録を狙う要望があれば、2時間09分台の超高速ペースにも対応します。続いて2時間17分台、3番手のグループが2時間20分を切るペースになるのではないでしょうか」

 日本勢は昨年のベルリンマラソンで2時間20分31秒をマークした細田あい(エディオン)、昨年の名古屋ウィメンズマラソンを2時間21分18秒の自己新で制した安藤友香(しまむら)らが参戦する。

「細田選手と安藤選手はおそらく2時間20分台を意識したペースになると思います。大阪国際女子マラソンで小林香菜選手(大塚製薬)が2時間21分19秒をマークしました。東京世界陸上代表を狙うのであれば、彼女より上の記録を出しておきたい。できれば20分切りを目指していただきたいですし、上のグループを追いかける展開に期待を寄せています」

進化を続ける東京マラソン

 東京マラソンは「走る楽しさ」を世の中に伝えただけでなく、チャリティ文化、ボランティア文化を日本に根付かせた功績がある。さらに今大会は新たな試みとして、「Duo Team」が試行される。

25大会で初めて試行実施されるDuo Team ©東京マラソン財団

 Duo Teamは安全にカスタマイズされた専用車いすに永続的な身体的障がいのため歩行不可能な人(ライダー)が乗った車いすを押すランナー(プッシャー)2人1組のチームのこと。脳性まひなど自力での走行が困難な方もマラソンに挑戦できる機会を提供する。今回大会はAbbottWMM大会に参加経験のある4組が指定したタイムで試行するが、来年以降は正式種目として、参加者も増やしていきたい考えだ。

「東京マラソンは様々な人に受け入れられるような大会じゃないといけないし、多様性も意識して、走る人だけでなく、支える人を含めてすべての皆さんに喜んでいただけるような大会にしていきたい。また、いずれは東京で世界記録が出るようなレースを実現できればと強く思っています」

 さらなる高速化に向けて、一部コースを変更する案も考えているという大嶋RD。2027年に第20回大会を迎える東京マラソンはこれからも進化を続けていく。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。