文=藤江直人

村井チェアマンが「皮下脂肪」と喩えた「純資産」

 Jリーグは毎年5月下旬に、クラブ経営情報を開示している。各クラブの前年度における決算情報を、Jリーグおよびクラブに関わるすべての人々に幅広く伝えていくもので、26日には3月決算の柏レイソル、ジュビロ磐田、Y.S.C.C.横浜を除く、J3まで含めた50クラブの2016年度決算が公開された。

 メディアに配布され、Jリーグの公式ホームページ上にもアップされる、A4版で3ページからなる「クラブ決算一覧」には『34』からなる項目にびっしりと数字が書き込まれている。

 項目のなかには日常生活では聞き慣れない専門用語も含まれているが、例えば、営業費用(支出)のなかの「チーム人件費」は年俸総額とほぼイコール。浦和レッズのそれがJ1平均15億7600万円を大きく上回り、ダントツの23億8100万円を計上していることにもうなずける。

 浦和は営業収益(収入)のなかの「入場料収入」でも23億7500万円と、他のクラブの追随を許さない金額を計上している。これにもうなずきながら項目を順に下へたどっていくと、一番下で「資本(純資産)の部 合計」という欄に行き着く。

 ここでマイナスを計上すれば債務超過となり、クラブライセンスを剥奪され、Jリーグからの退会を余儀なくされる。Jリーグの村井満チェアマンが「皮下脂肪」と比喩したこともある、各クラブの純資産もまた非常に興味深い数字が並んでいる。

 Jリーグ・経営本部のクラブ経営戦略部の青影宜典部長(兼クラブライセンスマネージャー)は、純資産の多寡が意味することをこう説明してくれた。

「クラブの体力といいますか、当然、純資産が多ければ多いほど経営は安定してくると言えます。私たちが『債務超過はダメ』と定めているのは、決して上乗りで言っているわけではなく、世間一般的に債務超過というのは倒産寸前の状態を表す指標のひとつだからです。一方で純資産が多すぎても、『有効活用していないじゃないか』という議論にもなるのではと思っています」

ヤンマーから支援された清武獲得の際の約6億円

©Getty Images

 2016年度の経営情報のなかで、実はセレッソ大阪の純資産の額に注目していた。

 ヨーロッパの冬の移籍市場が閉じる直前の日本時間2月1日午前8時直前に、日本代表MF清武弘嗣の移籍が合意に達した。C大阪がセビージャ(スペイン)に支払った違約金は500万ユーロ(約6億円)とされる。

 清武は当初、今シーズンを戦うチーム構想のなかに含まれていなかった。しかし、セビージャで出場機会を失った清武がJリーグへの復帰を検討し、その場合は愛着深いC大阪でのプレーを希望しているという情報をC大阪側がキャッチ。清武の意思を尊重し、年明けから慌ただしく交渉を開始した経緯がある。

 もっとも、セビージャが設定した違約金とC大阪側が提示した条件が大きく乖離。資金が潤沢ではないC大阪は違約金の先払いや分割支払いを提案するも先方から拒否され、破談もちらつきかけたところで、メインスポンサーであるヤンマーが支援する形で交渉が成立した。

「今年中に返せるかどうか分かりませんけど、いずれにしても借金となりますから。稼いで、どこかで返していかないといけませんよね」

 C大阪の玉田稔代表取締役社長は2月の段階で、苦笑いしながらこう話していた。純資産は資本金と資本剰余金等、利益剰余金を合計して算出される。このうち利益剰余金はこれまでの黒字あるいは赤字の累積額で、C大阪は2016年度で1億9600万円の累積赤字を計上している。

 対して資本金は3億1500万円なので、純資産は1億1900万円となる。リーグ全体で最も多い純資産を計上しているFC東京の19億3300万円、2位の鹿島アントラーズの18億7800万円と比べて、いわゆる「皮下脂肪」は薄いほうに属すると言っていい。

 つまり2017年度に限らず、多額の赤字は計上できない状態が続いている。純資産を上回る額の損失ならば、最悪の場合、債務超過状態に陥るからだ。実際、玉田社長はこうも語っていた。

「現状のままいけば、と仮定すれば、2017年度は単年度の赤字になると思います。それほど厳しいと思っています。だから、相当の気合いを入れて頑張らないかんですよね」

 ならば、その分だけ稼げばいいとなるが、これもなかなか難しい。2016年度の当期純利益は800万円。J2の舞台で広告料収入を15億500万円から17億3800万円へ、入場料収入を4億6400万円から5億1000万円へそれぞれ増やし、一方でチーム人件費を15億2300万円から14億9400万円へ圧縮した。

 開幕前にFW柿谷曜一朗をFCバーゼル(スイス)から呼び戻し、夏にはMF山口蛍が完全移籍からわずか半年で、ハノーファー(ドイツ)から予期せぬ形で復帰した。それでも必死のやり繰りで、1600万円の当期純利益を出した2015年度に続いて黒字を計上した。

優勝争いに絡めば賞金獲得と入場料収入増も

©Getty Images

 実質的に“マイナス6億円”からのスタートとなる2017年度へ向けて、玉田社長はクラブの体質を変えたいと力を込めていた。

「ウチはあまり利益を出せるクラブではなかったんですけど、そこは何としてでも自立していかなければいけないと思っています」

 もちろん、厳しい数字ばかりでもない。今シーズンからJ1を戦うことで、Jリーグからの均等分配金がJ2だった昨シーズンの9000万円から3億5000万円に増える。本来は2億1000万円だったが、DAZNを配信する英パフォーム・グループと結んだ大型契約を原資として今シーズンから増額された。

 さらに今シーズンから優勝すれば15億5000万円、2位は7億円、3位は3億5000万円、4位で1億8000万円が今後3年間に支払われる理念強化配分金も新設されている。J1昇格プレーオフの勝者がことごとく1年でJ2へ逆戻りしたジンクスをはね返すように、セレッソは今シーズン、上位につけてもいる。

 以前にJ1を戦った2013シーズンは「セレ女ブーム」を引き起こし、9憶5400万円もの入場料収入をマークしている。今後優勝争いに絡んでくれば、入場料収入でも昨シーズンからの大幅増を見込める。

 もちろん、フロントも清武獲得で支払った違約金をまず念頭に置き、赤字を計上しないために、さまざまな工夫を施して予算を編成しているはずだ。そうした結果として2017年度はどのような決算となるのか。

「皮下脂肪」が厚くないことを承知のうえで、それでも“情”を優先させて清武を迎え入れたC大阪の、ピッチのなかだけでなく外での戦いにも注目していきたい。


藤江直人

1964年生まれ。サンケイスポーツの記者として、日本リーグ時代からサッカーを取材。1993年10月28日の「ドーハの悲劇」を、現地で目の当たりにする。角川書店との共同編集『SPORTS Yeah!』を経て2007年に独立。フリーランスのノンフィクションライターとして、サッカーを中心に幅広くスポーツを追う。