後楽園ホールで起きた二つの悲劇
ひとつの興行で2人のボクサーが尊い命を落とすという衝撃的な事故を受けて、日本のボクシング界は再発防止のための対応を迫られている。
まず、従来は「12回戦制」だったOPBF東洋太平洋タイトルマッチが「10回戦制」に変更された。戦後の東洋連盟(OBF)から70年も12ラウンド制だった同タイトルマッチが今回のリング事故を機に10ラウンドに改められることとなったのだ。現在日本がOPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)の本部国を担当しているため、比較的スムーズに改定された。
これに続いて、JBC(日本ボクシングコミッション)が公認するもうひとつのアジア王座であるWBOアジアパシフィック・タイトル戦も10ラウンド制となった。8月12日のWBOアジアパシフィック・スーパーフライ級タイトルマッチからさっそくラウンドは短縮されて行われている。
強化される安全対策と浮かび上がる課題
JBCとJPBA(日本プロボクシング協会)は8月12日に緊急事故防止委員会を開催し、双方のトップが出席して迅速に安全対策を強化していく決意を表明した。
JBCは、選手の減量の見直し、健康診断の強化のほか、MRI検査の積極的利用などを提案している。MRIについてはプロテスト受験時のCTI検査に代わり義務付けるもので、A級(8回戦以上)昇格以降も定期的に行いたい意向。近年のリング事故はA級選手の試合で頻繁に起きている傾向にある。
今回の事故が起こる前、今年5月大阪で行われたIBF(国際ボクシング連盟)ミニマム級タイトルマッチでは元チャンピオンの重岡銀次朗選手(ワタナベ)が試合後に急性硬膜下血腫の診断で緊急開頭手術を受けた。また一昨年12月の日本バンタム級タイトルマッチでは故穴口一輝選手(真正)がリング禍の犠牲になっている。
神足、浦川両選手のケースも、ストップのタイミングが問題視されるような試合でなかった。技術レベルの高いA級選手がこうも立て続けにリング事故に見舞われるのはなぜなのか。現代のボクサーの傾向として「オフェンス能力が飛躍的に向上している」という意見もある。コンビネーション・パンチなど打撃技術は飛躍的にレベルが高まっているのに比べ、地味な防御技術のほうが追い付いていないという趣旨である。
試合で選手に異変がみられた場合の対応策についても強化が図られる。年間を通して試合が行われる後楽園ホールでの緊急搬出経路の確立、救急医療を受け入れてもらう協力病院の拡充などが挙げられる。英米などでは試合場での救急車の配備や、医師、看護師の待機等、緊急事態への備えはより厳格に定められている。
過去の教訓と未来への取り組み
JPBAは今回のリング事故後、「KO負けルール」の厳守を決議している。KO(TKO)されたボクサーはJBCルールで試合後90日が経過しなければ次の試合に出場することができないが、60日が経過した時点でCT検査などの指定の診断をクリアすればサスペンド期間を短縮できることになっていた。今後は90日ルールを厳格に守り、またKO(TKO)負けをしていない選手でも深刻なダメージがあればこれを適用するというものだ。
ほか、過度の減量やスパーリング数の見直しなど、試合に向けた選手の日常面に一層の危機感を持って臨むとしている。リング事故は試合で受けるダメージだけが原因ではないからだ。
またJBCはアマチュアボクシングを統括する日本ボクシング連盟とも会合を持ち、それぞれのドクターが出席して初めて合同医事委員会を開催した(8月22日)。プロとアマチュアではラウンド数などルールの異なる点も多いが、アマチュアでも練習時の事故が起きている。両者は互いに情報交換を行い、今後も知識の共有をしていく方針。
日本のリング事故は、海外のボクシング界にも大きな衝撃を与え、ニュースとして報じられている。プロボクシングは過去にもリング事故が起きるたびに、再発防止のために動いてきた。世界タイトルマッチが12回戦になったのも、実際に起きたリング事故(1982年11月のレイ・マンシーニ対金得九戦で14回KO負けした金が死亡)を受けたもの。古くは1963年のフェザー級戦で王者デビー・ムーアがKO負けし、これをきっかけにリングロープはパッド入りのものに変えられ、3本から4本に増えた(ムーアの死因は直接の打撃によるものではなく、ダウンした際に最下段ロープに後頭部を強く打ちつけたためとされている)。犠牲になったボクサーたちに報いるためにも、リング事故の発生確率を少しでも抑えるための取り組みは今後も続けなければならない。