3度目で見せた二刀流の完成形

 大谷翔平の活躍をメディアが伝説の一日と形容したのはこの日が初めてでない。

 まずはエンジェルス時代の2023年7月27日。

 この日はタイガースとのダブルヘッダー。その第1試合、先発した大谷選手は絶好調だった。力の伝わるストレートにえげつないスイーパー、8つの三振を奪う。それよりも圧倒的だったのは許したヒットがわずか1本ということ。111球を投げて自身初の完封勝利をあげ、大谷翔平¨投手¨として最高の登板だった。その45分後に始まった第2試合、こんどは大谷翔平¨選手¨として指名打者で2打席連続ホームラン「二刀流ここに極まる!」という伝説の一日だった。実は、この1か月後、大谷選手は右ひじの違和感で緊急降板する。当時、二刀流最後の輝きがこの日だったんだなと思ってしまった自分が、いまは情けなく感じてしまう。この時には、まさか2年後にこんな一日が生まれるとは思ってもみなかった。

 2度目の伝説が生まれたのは2024年9月19日。

 あのマーリンズ戦だ。去年はバッター大谷に専念した年だった。そこでのが「50-50」クラブの創設だ。前の試合までに48ホームラン49盗塁で迎えたマーリンズ戦。みなさんの記憶にもしっかり残っている瞬間だと思うが、この試合6打数6安打10打点、ホームラン3本、2盗塁ととんでもない数字を残した。50号のホームランは左方向への打球、バッター大谷翔平として史上初の「50-50」を達成し、歴史にその名を刻んだ日。もうピッチャー復帰をあきらめて打者に専念すべきだという声も聴かれた活躍だった。そんな言葉が、いまは空虚に聞こえてしまう。

 そして迎えた2025年10月17日。

 ナショナルリーグの優勝決定シリーズ第4戦。相手はリーグトップの勝率を残したブルワーズで、マウンドにはベテランとはいえ今季11勝をあげた左腕のキンタナ投手、またまた大谷選手に左をぶつけてきた。そして打線にはしぶとく、機動力も使える、一癖も二癖もある巧打者が並んだ。ここからは説明はもういらないと思うが、1回表のマウンドで3者連続三振、その裏に先頭打者ホームラン。そして中押し、ダメ押しと、飛距離は136m、143m、130mの衝撃の3発だった。投げては7回途中無失点、許したヒットは2本だけ。クイックモーションも完璧でブルワーズの機動力を完璧に封じた。まさに3度目の伝説の日は、投打二刀流の完成形ともいう日だった。印象的だったのはアメリカFOXスポーツで解説を務めたビッグ・パピこと、デビッド・オルティズ氏の言葉だった。「俺たちは誰もベーブ・ルースを生で見たことはない。ただ、今この時代に生まれて、大谷翔平を生で見られることは何より幸せなことだ」最大級の褒め言葉に違いない。

ぶれない信念

 この日を迎えるまで、大谷選手は厳しい現実をつきつけられていた。ワールドシリーズ連覇を目指すドジャースの不動のリードオフマンであり、チームのホームランキングでもある。大谷選手が打つかどうかが、そのままチームの勝敗を左右するといっても過言ではない存在だ。しかし、ポストシーズに入ってバットは湿りっぱなしだった。

 ポストシーズンの打率は1割5分8厘、ホームランは初戦となったワイルドカードシリーズ第1戦から実に8試合出ていなかった。相手、特に地区シリーズを戦ったフィリーズの大谷対策、すなわち徹底した左投手との対戦で、大谷選手の調子は狂わされていた。ボール球を振り、甘く入ったボールを見逃がしてしまう。特にインコースぎりぎりのストライクに腰を引いてよける場面もあった。

 ロバーツ監督からは「翔平がこのままなら、ワールドシリーズには勝てない」とまで言われた。その言葉を受けてかどうかはわからないが、リーグ優勝決定シリーズに入ってから大谷選手の打席が変わった。ボールをよく見て、ボール球を無理に振りにいかなくなった。フォアボールは確実に増えた。そんな大谷選手に対し、ブルワーズの名将パット・マーフィー監督はピンチの場面で申告敬遠する作戦をとった。しかし、メディアは「不調の大谷に申告敬遠は必要なのか?」と、マーフィー監督の采配に公然と疑義を呈した。ただ、いま振り返るとこのマーフィー監督の感覚は正しかったということだ。結果論かもしれないが、大谷選手はそのバットでブルワーズの夢を打ち砕いた。

 その活躍の導線として、第2戦と第3戦の間の移動日の練習で、大谷選手が異例のフリーバッティングをしたことが挙げられている。確かに、大谷選手がシーズン中に屋外でフリーバッティングをするのはドジャース移籍後初めてのことだ。ここで大谷選手は32スイングで14本の柵越えを見せたという。これは何を意味していただろうか。ボール球を振らないようにと慎重な打席を送っていたはずの選手が、半数近くをスタンドに運んだ。それはフルスイングのたまものだ。大谷選手が示したのは「ボールはよく見る、だけど当てに行くわけではなく、振りに行く」という信念だったのではないだろうか。そのぶれない信念こそ、大谷選手を伝説の一日へと導いたものに思えて仕方がない。

次に目指すのは

 世界を驚かせる活躍で、1試合の活躍でシリーズMVPに輝いた大谷選手だが、その戦いはまだ終わっていない。何度か書いたが、ドジャース目標は21世紀に入ってどのチームも達成していないワールドシリーズ連覇だからだ。その目標を果たさなければ、大谷選手自身が納得しないだろう。では、そのカギは何か?やはり大谷選手の働きになると考えて間違いないだろう。

 ワールドシリーズの対戦相手はブルージェイズに決まった。本当にバッティングのいいチームだ。ブルージェイズには、かつて大谷選手とホームラン王を争ったゲレーロJr.にスプリンガーもルークスもいる。ここを勝ち切るには、まずは打ち負けないこと。そういう意味で、完全復活したバッター大谷の役割は大きい。二刀流で3ホームラン、この情報は一瞬にして全米を駆け巡った。ブルージェイズの選手や監督にも、メディアは大谷について質問している。「眠れる大谷は目を覚ました。やっかいだな」という意識が植え付けられたことは間違いない。大谷選手を意識すればするほど、ベッツやテオスカー、フリーマン、スミスといった周りのバッターにチャンスが訪れる。仮に大谷選手が打たなくても、「大谷復活」は必ずチームにいい影響を及ぼすだろう。

 そして、ピッチャー大谷だ。ポストシーズンではリハビリの制限がなくなった。100球を超えても問題はない。ヤンキースの伝説のキャプテン、今は解説者のデレク・ジーター氏は「先発4番手に大谷選手が控えていることは大きい」と、エース級の投球が期待できる大谷選手の存在が相手には大きなプレッシャーだと指摘した。先発ローテーションは、リーグ優勝決定シリーズと同じ、スネル、山本由伸、グラスナウ、大谷と予想できる。史上最も安定していると言ってもいいドジャースの先発陣は、相手にとって脅威だ。さらに、ロバーツ監督は第7戦での大谷のリリーフ登板の可能性を口にしたことがある。これはリーグ優勝決定シリーズの前の発言だが、ワールドシリーズは泣いても笑っても最後の戦い。もし第7戦までもつれるとなれば、佐々木→大谷のリレーも夢ではなくなる。第4戦の先発で勝利、そして第7戦で胴上げ投手に。そんな漫画みたいな展開が、大谷選手を通して現実になる日が来るかもしれない。


VictorySportsNews編集部

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