穏やかな表情でユニクロ有明本部(東京・江東区)の一室を訪れた栗山氏は、今回参加する取り組みに熱い思いを抱いていることを明かした。
「もともと、(このプロジェクトの)Tシャツを買わせてもらっていて、これを買うと自分も誰かのためになれるのかな…みたいな感覚はあったんですよね。そういう中で、知人を通じてお話をいただいて、『ぜひ、やらせてください』とお願いしました。多くの大変な思いをされている方に、少しでもお手伝いができる機会はなかなかないし、個人的にはすごくうれしかったです」
これまで野球界のレジェンド・イチロー氏、元車いすテニス選手の国枝慎吾氏、作家の村上春樹氏、俳優の綾瀬はるかさんら、48組のそうそうたる面々が参加してきた「PEACE FOR ALL」からのオファーに、「世界的なすごい人ばっかりなので、僕で大丈夫ですか?とは思いました」と謙遜しながら、「やらせていただけるなら、お願いします」と快諾。「LET’S TALK TOGETHER.」の文字と、キャッチボールをする人や犬のイラストが描かれた、温かな空気に包まれたチャリティTシャツを完成させた。
全ての人が安全に暮らせる未来と世界の平和を願って、この取り組みを世界中に広げているユニクロ。理念に共感した栗山氏は、Tシャツに刻んだ「LET’S TALK TOGETHER.」の文字に、次のような思いを込めたという。
「LET’S TALK TOGETHER.」の文字が刻まれたTシャツ~~~
会って話そう!
便利な時代だからこそ、実際に会って直接話す。
顔を合わせる、それだけできっと伝わることもあり、相手の気持ちになって考えることもできる。
直接話すことこそ人がつながり、幸せや平和に向かう第一歩だと思うのです。
便利な時代だからこそ、大切に!
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世界との距離感について「WBCを戦ったこともあり、世界っていうのがすごく現実的に近づいたんです。僕らが子供の頃、世界って遠かったと思うんですよね。ところが、今の時代は本当に世界が近くなっている」と語る栗山氏。そんな“身近”になった世界の中で感じたのが、「会って話す」ことの重要性だという。
「問題があったり、苦しんでいる人がいたりとか、いろいろな状況がある。それが、はっきりみんなに見え出した、そんな時代になっていると思うんです。例えば、戦争にしても、戦争をしてはいけないと分かっているのになくならない。それぞれの都合によって、事情によって、起こってしまうこともある。ただ、自分でいろいろなことにぶつかって、直接顔を合わせて、こうやって一緒に空気を吸いながら話をすると、一致はしなくても折り合えるというか、絶対に融合できるはずだっていうのが僕の中であるんです。とにかく顔を合わせて喋ろうよっていうのがこの言葉の意味だし、言葉が通じなくてもキャッチボールだったらできるよねって」
イラストで描かれているのは、暴投になったボールに犬が飛びつくシーン。「一つの意図がいろんなところに影響を及ぼして、いろんなものを繋げてくれるんじゃないか」。そんな思いが、このTシャツには込められている。
SNSなど匿名性の高いツールや、リモートでの対話の一般化など、顔を合わせて会話する機会が失われていっている時代。「顔を合わせるからこそ分かり合える」と、改めて実感する契機になったのが、コロナ禍だったという。
「コロナは、(そうした考えを持つ)きっかけになりましたよね。オンラインで話をするとか、いろんなことが起こりましたけど、やっぱり直接言葉を交わし合って、何か方向性が出るっていうのは、野球の監督としても感じていたので、絶対間違いないだろうなっていうのはあります」
それが確信になったのが多くの対談集を出版している作家、五木寛之氏の言葉だった。「五木先生に会った時に『人と人って言葉を交わさなくても、同じところにいる、慈雨のように自分の思いだったり願いが相手にスーッと入っていくんです。だから人と人が会わなきゃいけないんです』って先生が言った時に、『ああ、やっぱり間違いないんだな。そうですよね、先生』って」。その感覚が、今回のTシャツに込めたメッセージへと昇華した。
ユニクロによる「PEACE FOR ALL」の取り組みは、22年6月にスタート。961万枚以上のTシャツを販売し、売り上げによる寄付金額は28億8000万円を超えている(25年12月現在)。寄付金は、ユニクロを展開する株式会社ファーストリテイリングが、利益の全額(1枚当たり日本における定価の20%相当)を、貧困、差別、暴力、紛争などによって影響を受けた人々に対して人道的支援を行う3団体(国連難民高等弁務官事務所=UNHCR、セーブ・ザ・チルドレン、プラン・インターナショナル)に届けられ、その資金は国際的な平和のための活動に充てられている。
栗山氏は「すごいですよね。大変な思いをしている世界の方に、思いはあっても、僕らが具体的に何かしてあげられることってすごく限られてしまうと思うんです。ところが、こうしたTシャツから、これだけ大きなものとして、ちゃんと皆さんをお助けできる」と、そのプロジェクトの“すごみ”を熱弁。「ユニクロさんもそうですし、柳井さん(ユニクロを運営する株式会社ファーストリテイリングの柳井正代表取締役会長兼社長)がやられたことに対しての尊敬というか、こうやって生きなきゃいけないんですよね、と。その大きさは別として、自分の夢を果たしながら社会に貢献するために頑張るんだっていう昔から言われているメッセージを改めていただいた、そんな感じはしました」と、会社経営を通じた社会とのかかわり方に、強い感銘を受けた様子だった。
その中で、今回栗山氏は普遍的、かつ今の時代を映したメッセージをTシャツに刻んだ。
「時代が逆行するというか、何か本当に言葉は悪いですけど、きな臭い空気に世界がなってきている。みんな分かっているのに、そう(いい方向に)ならない。だからこそ会話しなきゃいけないし、対話しなきゃいけないし、話さなきゃいけないっていうことだと思うんですね。すごくシンプルなことなんですけど、やっぱりみんなが意識しないと、そういうふうにならない気がするんです。例えば、オンラインで人と人が話している錯覚に陥る。話はできているんですけど、対話っていうか、いい意味でぶつかり合っていない気がするんですよね。この時代だからこそ、もともと先人たちが大事にしていたことを次の世代に伝えなきゃいけないと思います」
思いは「野球」にも通じるものがある。栗山氏の後を継いだ井端弘和監督のもと、かつての教え子である大谷翔平投手らがWBCの舞台に臨んだ中、しばしば質問されたのが「23年大会で世界一になれた要因」について。その答えは、野球の魅力の一つである「人が団結する素晴らしさ」だと、栗山氏は言い切る。
「結局、勝った要因が何かと言ったら、全員が自分のことよりも人のために、チームが勝つことを最優先にしてくれた、心が繋がったからなんですね。それから、(前回大会で戦った)チェコが今回も出ているんですけど、監督さんから『どこかのタイミングで会えませんか』っていう連絡が来たんです。野球環境に恵まれない中で、野球を本当に愛しているし、改めて野球への向き合い方をチェコの選手から感じました。世界が手を繋ぐとか、世界が協力するとか、そんなことも、この大会が表現できていたらうれしいなと思います」
だからこそ、日の丸を背負って戦う選手たちにも強く伝えたい思いがある。「(前回の大会で)野球の伝導士たれっていう思いを僕は伝えましたけど、やっぱり今の時代よりも良くなるように、次の世代に何かを、いいものを伝えていく責任っていうのがあると思っています。そういった思いをみんなが持てば、さらに大会の価値も上がっていくし、野球自体の価値も上がっていくということだと思うんですね」。それこそ、今回協力したプロジェクト「PEACE FOR ALL」と共通する理念。「そこの発想を僕は感じたので、ぜひお手伝いさせてくださいということだったんですけど」と栗山氏は明かす。
「それぞれにできることの範囲って違うと思うんです。例えば、大谷選手が配った 6万個のグローブ。僕もやりたいんですけど、そこまでは正直お金がないですよね(笑)。だったら、子供たちの野球をする環境をつくるとか、自分のできる範囲の中で(やっていく)。自分が今あるのは周りの人のおかげ。そういった意識、姿を見せながら前に進むというのがあったので、(指導した選手たちが)そういう社会貢献をしてくれている姿を見ると、何かすごくうれしいんですよね」
ちなみに、侍ジャパンは移動の際にユニクロの「感動ジャケット/パンツ」を着用しており、ユニクロは以前から栗山氏にとってなじみ深いブランドでもある。「僕はいまだに着ていますけど、動きやすさや着ていて窮屈じゃない感じに、すごく選手たちは喜んでいましたね。それは、すごくありがたかったです」と、世界一の“後押し”にもなったオフィシャルスーツへの感謝も忘れなかった。
また、この「PEACE FOR ALL」に参加できたことにも、栗山氏は強く感謝しているのだという。
「応援してくれる人がいなくなってしまったら、プロ野球って成り立たないんと思うんです。われわれがそうやって生活させてもらったりとか、野球をやらせてもらったりっていうのは、多くの人たちの思いによって成り立っている。皆さんに恩返ししていくのは、いいことだとか、すごいことじゃなくて、当たり前のように、普通のことのはずですよね。それが分からなければ、人として前に進まないっていうふうに思っているので。でも、(恩返しの)やり方が分からなかったり、気持ちがあるんだけどどうしたらいいか分からなかったりすることってあるじゃないですか。そういう意味では、こういう(「PEACE FOR ALL」のような)形をつくってもらって、参加させてもらえるのは、すごくありがたいことなんです。思いと形っていうのは、やっぱり両方必要なんだなって今回改めて思いましたし、そういう形の中に参加させてもらうことに、ものすごく感謝しています」
最後に栗山氏は、このTシャツに興味を抱き、手に取ってくれる人たちにメッセージを送った。
栗山英樹氏「僕は『自分のために何かして』っていうのは、まずないんですよ。だけど、この Tシャツは『買って』って言いますよね。意図がはっきりしているし、少しでも社会のためになるんだって分かっているので、『いいから買って』って。それが言えるっていうのは、すごくうれしいですね。そして、あとはぜひ対話してくださいということ。生活で、家庭の中で、お子さんもそうだし、奥さんともそうだし、お父さん、お母さんもそうだと思うんですけど、話したら解決することいっぱいあるはずなので。ぜひ、Tシャツを手に取ってみてくださる方には、会話しましょう、お願いしますっていう感じですし、そうなってくれたらうれしいですね」
たった1枚の、1500円のTシャツが生み出す社会貢献の新たな形。栗山氏の思いは、世界へと広がっていく。
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プロテニス界のレジェンドであるロジャー・フェデラー氏、日本だけでなく世界でも名の知られているプロテニスプレーヤーの錦織圭、車いすテニス界のレジェンドである国枝慎吾氏、現役プロ車いすテニスプレーヤーのゴードン・リードなど、テニス界を代表する人物が、現在、ユニクロのグローバルブランドアンバサダーを務めている。