厳しい言葉をかけてくれた先輩、後輩の存在
フリーアナウンサーの中川絵美里さんがMCを務める中、第1部では40歳まで欧州の第一線でプレーし、3度のワールドカップで日本代表のキャプテンを務めた長谷部さんが、選手時代を振り返りながら、自身が実践してきたコンディショニングについてトークを披露。会場のスクリーンに映し出された自身のサッカー年表を見ながら、20年以上にわたるプロ生活の中でどのように体と向き合い、高いパフォーマンスを維持してきたのかを聞かれると、その答えは「プロ入り当初からコンディショニングを強く意識していたわけではありませんでした」という意外なものだった。長谷部さんによれば、「浦和レッズでプレーしていた最初の2、3年は、翌日に練習があっても夜遅くまで友人やチームメートと出かけることがありました」という。
転機が訪れたのは、プロ生活が3年ほど過ぎた頃。周囲の選手たちの取り組みを見たり、先輩から助言を受けたりする中で、自分の生活を見直すようになった。
「先輩に、『お前、そんなことをしていてはダメだ』とはっきり言ってくれる人がいたのは大きかったですね」
その一人が、一つ年上の田中達也さんだった。周囲が飲みに出かけるような場面でも誘いに乗らず、プロサッカー選手としての一線を守る田中さんの姿勢は、長谷部さんに大きな影響を与えた。
年齢を重ねてからは後輩の姿からも学んだ。日本代表でともに戦った長友佑都さんや本田圭佑さんは、食事やコンディショニングに対する意識が非常に高く、それぞれの取り組みが刺激になったという。
ドイツで感じた日本人選手の意識の高さ
一方で、2008年1月にドイツへ渡った時、長谷部さんが意外だと感じたのは、コンディショニングに対する日本と欧州の意識の違いだった。
「日本人の方が圧倒的にコンディショニングを気にかけていると感じました」
日本では練習前にジムで体を動かすことが当たり前のように行われていた。ところが、ドイツでは違った。練習前にジムへ行くとほとんど選手がおらず、「これでできちゃうんだ」という驚きがあった。長谷部さん自身は、練習開始の約2時間前にクラブハウスへ入り、朝食を取ってから準備するのが日課だった。そうした姿を見た海外の選手たちも、少しずつ練習前に体を動かすようになったという。
クラブと日本代表の両立。移動と睡眠との付き合い方
日本代表選手としての生活では、ドイツから日本などアジア地域への長距離移動や時差への対応も欠かせない。だが、長谷部さんは意外にも移動そのものをそれほど苦にしなかったそうだ。それは、「どこでも寝られるタイプ」(長谷部さん)だったから。
「飛行機でも、時差がある環境でも眠ることができたので、30歳頃までは大きな問題を感じませんでした」
時差調整についても、無理に日本時間に合わせるのではなく、必要なだけ眠ることを重視した。代表活動は約10日間。その期間なら、欧州時間のまま生活するという考え方もある。無理をしないことも大切な調整方法だった。
現役時代を振り返って語る長谷部さん年齢とともに変わった体と頭の整え方
とはいえ、20代、30代、40代と年齢を重ねるにつれて、コンディショニングに対する意識は変化していった。若い頃は多少無理をしても問題なかったが、キャリアの終盤になるほど気をつけることは増えていった。長谷部さんが特に大切にしていたのは、体だけでなく、頭の中を常にクリアにしておくこと。
「体を良い状態にしていることと、頭の方を常にクリアにしていることをすごく大事にしていました。ここは相関性があると思っています」
体と心は別々のものではない。考えることやプレッシャーが重なり、頭がいっぱいになれば、体の状態にも影響する。そこで意識していたのがタイムマネジメントだ。
「自分が何をしなければいけないか、優先順位をしっかりつけて整理していくと、頭もある程度クリアになると思っています」
現役時代に培ったこの考え方は、指導者となった現在にも活きているという。
3度のワールドカップ、それぞれの環境
南アフリカ、ブラジル、ロシアと、3大会のワールドカップを経験した長谷部さん。大会ごとに環境が異なり、コンディショニングの難しさもあった。
初出場となった2010年の南アフリカ大会の時は26歳で、とにかく目の前のことにがむしゃらに取り組んでいた。2014年のブラジル大会では、キャンプ地の環境が想定と異なるなど、事前の準備だけでは対応しきれない難しさを感じた。
大会期間中のリフレッシュ方法も、それぞれの環境によって違った。ベースキャンプ地がゴルフ場の敷地内にあった南アフリカ大会では散歩したり、選手の中にはゴルフや卓球を楽しんだりする者もいた。一方、ブラジル大会では施設が十分に整っておらず、閉塞感もあったため、選手同士で外に食事に出かけるなど気分転換の時間をつくった。
長谷部さん自身は、どちらかといえば一人で過ごすタイプ。キャプテンとしてチームの問題や雰囲気について考え、ベッドに横になって天井を見ながら思考を整理していた。
「自分と向き合う時間をしっかり持つことは、すごく重要だと思います」
周囲と過ごすことだけがリフレッシュではない。自分に必要な時間を知り、それを確保することも長谷部さん流のコンディショニングだ。
若い選手たちのコンディショニングに対する意識の高さ
2024年に現役を退き、指導者の立場となった今は、若い選手たちのコンディショニングに対する意識の高さを感じている。練習前のジムでは選手それぞれが自分なりのメニューに取り組んでいる。GPSによる走行データや試合の分析に加え、指輪型のデバイスやアプリを使って日々の状態を数値化するなど、管理方法も大きく進化した。
ただし、データですべてが分かるわけではない。「メンタルや心の部は、数値だけでは見えないこともあると思います」と長谷部さんは言う。データの入力や管理そのものがストレスになる選手もいる。そうした場合には、無理に同じ方法を押しつけず、選手に合わせて調整することもコーチングスタッフの役割だと指摘する。
失敗から学んだ、眠ることと自分のリズムの大切さ
引退した今だから話せることとして語っていたのが睡眠にまつわるエピソードだ。2007年、浦和がJ1リーグ連覇に王手を掛けて横浜FCとのリーグ最終節に臨んだ際、長谷部さんは試合前夜にほとんど眠れなかった。当時23歳。横浜FC戦では自分のコンディションが良くないと感じ、チームも敗れて優勝を逃した。その経験から、大切な試合の前にどうしても眠れない場合には、医師に相談して睡眠導入剤を使うことも選択肢に加えた。
また、試合への集中の仕方も年齢とともに変わった。若い頃は試合の2日前から気持ちを高めていたが、それでは精神的に疲れてしまう。キャリアの終盤には試合直前にスイッチを入れ、それまでは普段どおりのルーティンを守ってリラックスして過ごすようになった。
40歳まで現役を続けた長谷部さんの話から浮かび上がったのは、コンディショニングには唯一の正解はないということだ。周囲から学び、自分の体の変化を受け入れる。そして、体だけでなく心や頭の状態にも目を向ける。長谷部さんが長い現役生活を通じてたどり着いたその考え方は、スポーツの現場だけでなく、日々の生活をより充実させたいと願う人たちにも通じるものだろう。
司会の中川さんと笑顔で語る場面もあり、イベントは終始盛り上がった質問コーナーでも長谷部流コンディショニングが明らかに
事前に募集された質問に長谷部さんが答える形式で行われた第2部では、より具体的な実践方法や、長谷部さん自身の考え方が明らかになった。
日々のコンディショニングがうまくいくときと、そうでないときの違いについて尋ねられると、「自分がやらなくてはいけないことと、自分のキャパシティが合っていないときは、体のコンディショニングもずれていく感覚があります」と言い、第1部でも語ったように、やるべきことを整理し、優先順位をつけることが重要だと語った。
また、睡眠が十分に取れなかったときには15~20分ほど仮眠を取ることも自身にとって有効な方法だとコメント。体を動かす時間がないとストレスを感じるため、「週5日、合計50キロ走ることを目標にしている」とも語った。自分に必要な習慣を知り、それを生活の中に組み込むことが、調子を維持する秘訣のようだ。
40歳まで現役を続けられた最大の理由については、意外にもシンプルな答えが返ってきた。
「最大と言われれば、自分がサッカーを好きだからですかね。楽しくて、いろんなプレッシャーがある中でもやりたいと思えました」
もちろん、それだけではない。30歳で加入したアイントラハト・フランクフルトに10年間在籍できたことや、日本人として身につけてきた「当たり前のことを当たり前にやる」という習慣も大きかったと振り返った。
さらに、国籍や年齢、文化の異なるメンバーと信頼関係を築く方法については、「まとめようとすること自体がどうかな」と独自の考えを披露。宗教や文化によって生活習慣も価値観も違うメンバーによる集団では、それぞれの違いを受け入れながらチームとして目指す大きな目標を共有することが大切で、「それぞれを尊重し合いながら目標に向かっていけばいい」と述べた。
子どもが生まれ、自分の時間を確保するのが難しくなったという質問者には、長谷部さん自身も同じ悩みを抱えていると明かしながら、「子どもがまだ寝ている早朝の“ゴールデンタイム”と、子どもが寝た後の“ゴールデンタイム”をいかにうまく使えるかを考えています」と笑顔混じりに返答。「子どもと過ごすことからもパワーをもらえる一方、自分自身を整える時間も必要」と言い、そのバランスを取ることは現在の課題でもあると率直に語った。
引退後に現役時代にはできなかったことに取り組めているか、という質問には、「むしろ現役時代の方が時間はありました」と回答。現在は日本代表コーチを務めながらドイツと日本の指導者ライセンス取得などに時間を投資していると言い、「アジアカップのある1月までは会食を断って、サッカーの試合を見て学ぶことを優先しています」と語った。自分で決めたことを中途半端にしないという姿勢は引退後も変わらない。
試合中に冷静さを保つ方法については、実は「結構、熱くなるタイプだった」と笑う。ただ、日本代表のキャプテンを務めていた時は、キャプテンマークを巻くことが一つのスイッチになっていた。特にレフェリーとの接し方には気を配り、試合前の挨拶で相手の反応を見ながら、どの程度フレンドリーに話すべきかを判断していたという。
モチベーションが上がらないときの対処法も興味深い。「今やっても多分うまく集中できない」と感じたら、無理に続けない。走りに行くか、ソファに座って天井を眺める。それでもダメなら、好きな和菓子を食べてお茶を飲み、一度気持ちを落ち着かせる。
「やってもダメなときってあるんですよ」
時にはいったん立ち止まり、自分をリセットすることも大切なのだ。
触りながらTENTIAL製品の魅力を語る長谷部さん トークの合間には、長谷部さんが愛用しているTENTIAL製品を紹介するコーナーもあり、パジャマとして使用している『BAKUNEメリノウールスウェット』、移動着として重宝しているという『テックスウェット フルジップフーディー』、そして、「コスパがすごく良いんですよ」と言いながら「掛け布団」を紹介した。
また、長距離移動の際のケアについては、移動後にシャワーや入浴をして、可能であれば走るなど体を動かすことを挙げた。長時間座っていた体を動かし、血流を促すことを意識しているという。
トークを終えた長谷部さんは、「こうして話すことで、自分のコンディションに対する整理もできました」と感想を述べた。40歳まで現役を続けた経験から語られたのは、特別な方法ばかりではない。自分の状態を知り、生活の中で無理なく続けられる習慣をつくること。睡眠は自分を支える大きな要素であること。トップアスリートの知恵は、日々を忙しく過ごす人々にとっても、十分に実践できるヒントに満ちていた。