文=新川諒、写真=新井賢一

4億7千万円を稼ぐスタンフォード大学のヘッドコーチ

 スタンフォード大学のアメリカンフットボールの指揮を執るデビッド・ショーは年俸410万ドル(約4億7200万円)を稼いでいる。日本のプロ野球でも得ることはない年俸を稼ぐ河田の上司だが、それでも大学アメリカンフットボールのヘッドコーチの中では19位に過ぎない(USAトゥディのランキングより)。現在カレッジフットボール界で一番高額収入を得ているのはミシガン大学の指揮を執るジム・ハーボーだ。実は2007-10年までスタンフォード大学でコーチを務め、今は名門に移り年俸900万ドル(約10億3800万円)という破格な収入となっている。この金額がヘッドコーチに支払われても成り立つマーケットの規模が米国の大学フットボール界にはある。

 Pac-12と呼ばれるカンファレンスに所属するスタンフォード大学もアメリカンフットボールだけで収入はおよそ60億。5万人収容のスタンフォード・スタジアムで毎年ホームゲームを6試合行い、チケット代、グッズ販売、そしてリーグが一括する放映権と莫大な金額が動き続ける。

夢のようなビジネスモデル

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 当たり前のことだが、大学でプレーする選手はあくまで“アマチュア”。給与は発生しない。ホームで開催する6試合分のチケットは完売となり、そこに訪れるファンがスタンフォードグッズに身をまとい、観戦のお供に飲食を購入すれば客単価は裕に1人100ドル以上を超える。更には車社会の米国では欠かせない駐車場にも大学敷地内に停めるためには1台25ドルほどかかってくる。もし5千人が招待客であったとしても、お金を払って試合に足を運ぶ来場客が4万5千人もいるということは、単純計算でもホームゲーム6試合分の売り上げだけで1試合2億円以上が考えられる。

“Broadcasting rights(放映権)”米国の大学スポーツにとってこれが大きな収入源となる。さらにはスポンサーやマーケティングの側面からもお金が入ってくる中で、それに対して掛かる原価は人権費、スタジアムの光熱費などに限られる。収入が支出の何倍も上回る夢のようなビジネスモデルが成立している。

返済不要。OBや支援者が選手の学費を払う仕組み

 日本では奨学金というと「借金をする」というイメージがあるが、スタンフォード大学では、選手に対してのスカラーシップ(奨学金)はOBや地元の支援者(スカラーシップドナーと呼ばれる)から支払われる。スカラーシップとは能力のある学生に対して、金銭の給付や学費の免除などの優遇が与えられ、米国ではポピュラーな制度である。1年間700-800万円ほどになる学費を寄付したい人たちが後を絶たない。これはスタンフォード大学のブランドそのものを象徴している面もあるが、自分の愛着のある大学に何かを“還元”したい人が米国には多く存在するのである。

 OBや地元の支援者は奨学金にだけではなく、大学の施設にも寄付している。アメリカンフットボールのチームが使用するミーティングルームにもスポンサーが付き、その人の名前が部屋に刻まれているという。

 米国では税金対策の一環として、国にお金を搾取されるくらいなら世話になった機関や団体に寄付をするという考えは一般的である。数年前にはオレゴン大学の収入155億円のうち、3分の1はナイキ創設者のフィル・ナイトによる寄付だったと、河田氏も記憶しているという。

 それでもスポーツは勝敗が左右する面もあり、スポンサーや寄付金はチームの成績によって大きく変化する側面もある。チームの勝利が続いたシーズンには金額が増え、負けが込んだシーズンの後は金額が露骨に下がってしまう。

役職までにもスポンサー名

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 チームが強くなっていく環境を作っていくために大学側も寄付金を促す体制をしっかり整えている。大学とはいえ試合が全米放送局で流れ、人気がプロ選手並みに高い選手が多く存在する。そんな彼らはいつも先頭に立ち、スポンサーをしてくれている人たちへの感謝を怠らない。いやらしいようでこれもファンを生み出していく“営業活動”の一環であり、自らがスポーツを続けるためにも、またチームへ支援してもらうためにもこれを行う必要があると選手も皆理解しているのだ。

 スタンフォード大学ではシーズン初めには選手たちが自らの学費を払ってくれているであろう個人のスポンサーに対して手紙を執筆する。選手1人1人がスカラーシップをもらっているわけではないが、スポンサーの存在無くしてプログラムが成立しないことを重々理解している。

 そして極めつけはコーチの役職にもスポンサーが付いていることだ。攻撃を司るマイク・ブルームグレンの正式な役職名はアンドリュー・ラック・ディレクター・オブ・オフェンスだという。アンドリュー・ラックとはNFLファンには馴染みのある名前かもしれないが、現在インディアナポリス・コルツのQBを務めるリーグを代表するスター選手だ。彼はこのスタンフォード大学出身者であり、全米ドラフト1位指名を受けてプロ入りした。それを記念してアンドリュー・ラックの名前を大学のどこかに残したいと思った老夫婦が匿名で多額の金額を寄付したのだ。

 国にむやみに税金を取られるのであれば、何かに貢献したい、自分のアイデンティティをどこかに残したいと思う米国人ならではの考え、そしてスポーツの文化が根付いていることが大学アメリカンフットボールビジネスの根底にあるのかもしれない。

【Vol.2はこちら】なぜ大学のアメフト部が60億も“稼げる”のか? 河田剛氏に聞く米国カレッジスポーツ驚異の構造

すべてが桁違いのアメリカンスポーツ産業のダイナミズムは、アマチュアの大学スポーツにおいても際立っている。スタンフォード大学アメリカンフットボールチームでオフェンシブ・アシスタントを務める河田剛氏に、米国のカレッジスポーツの儲かり続ける「夢のビジネスモデル」についてお話をうかがった。

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新川諒

1986年、大阪府生まれ。オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学時にクリーブランド・インディアンズで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者・ライターとして活動中。