インタビュー=岩本義弘、撮影=新井賢一

【第五回】川淵三郎×池田純。2人の革命児が語るスポーツエンターテイメントの経営と未来

日本バスケットボール界を統一した川淵三郎氏がその苦労を話し、池田純氏が聞き手としてその未来を尋ねた第5回。Bリーグが進むべく未来とは——

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見る立場から造られるスポーツ施設

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川淵 体育館というのはやる人の立場から見た建物であって、アリーナというのは、見るものの立場からの建物。それで言うと、アリーナは日本に数えるほどしかない。断言してもいいぐらい。特に、東京にはゼロだね。あくまで代々木第一体育館、東京都体育館だからね。そういう意味では埼玉と横浜は体育館とはちょっと違う。有明コロシアムもそうかな。あそこはテニスがほとんどだけどね。だから、過去の日本にはないような、アメリカのマジソン・スクエア・ガーデンもビックリするような、日本の技術力を駆使したアリーナを作ろうよという発想が、どうして出てこないのかわからない。だって、いろんな技術力やその他の日本全体の能力を駆使すれば、作ろうと思えばできなくはない。多少のお金がかかっても、長い目で見れば「世界に冠たるアリーナなんだよ」と言えるものができるはず。それが今の感じから言うと、ただ単に体育館を、見る側のものに変えるぐらい。例えばボタン1つでいろんなものが変わるとか、見る側の立場のために大きなビジョンをどう配置するかとか……。それから、体育館に行っていつも思う一番の問題は、トイレに女性をあんなに並ばすなよってこと。オペラハウスじゃないんだから。快適な居住性が必要なんだよ。ともかく居住性というのは最優先に考えるべき。そんなことを考えた施設が日本にあるとは思えない。

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(写真=1994年8月に芝の応急作業を行った三ツ沢球技場)

川淵 サッカーのJリーグができた時に、自分でチケットを買って見に行ったんですよ。まだ横浜には三ツ沢球技場しかない時代、日産スタジアムがまだできてない時に、その三ツ沢へ行ったんだけどバックスタンド席が5000円なんだよ。その座席はベンチを割り振っているだけで背もたれも何もない。ちょうどその頃、何年ぶりかに映画館に行ったことがあったんだけど、ソファみたいなすごい椅子になっていてビックリしちゃった。それも1500円とか2000円とかであんな椅子に座れる。「こっちは5000円でこれかよって、それをわかっているのか」ってJリーグの実行委員会に言ったことがある。クラブの社長が、そこに行って座って見ているとは思えなかったからね。さらにアメリカの話だけど、ローズボウル・スタジアムに行った時に長椅子の中に座らされた。安っぽいけどちゃんと背もたれがあって、1人当たりの席が確保できるようになっている。そういうことを考えたら、見る側のためのスポーツ施設というのは、まだ日本にはゼロだったよね。お客さんの背もたれもないんだから。そういうものは作ろうと思えば簡単にできるわけでしょ。見る立場のことを考えていない。映画館は、お客さんを集めるためにどうしたらいいのか。こんな席じゃまずい、それから自動入れ替えにしないといけないということになった。僕らの時代はいつ行って入っても自由で、前の上映が終わる頃に慌てて座るということをやっていた。その印象を持ったまま行ったら全然違っていて、映画館も変わったなと思ったんだけどね(笑)。要は、見る側から考えたスタジアムのあり方なんだよ。野球はどんな感じなんだろう?

池田 野球はだいぶ進んできていますよね。ソファみたいなものから寝そべれるもの、子どもが裸足でベタベタ歩きまわれるもの、いろんなものを用意してあります。見るというのもそうなんですけど、僕らは野球をつまみにして楽しむという文化を作りたいと思っていたので、いろんなシートを作りました。ローズボウルは僕も行きましたけど、古いけどそもそも格好いいじゃないですか。ああいうハードに対して、本当に正しいレガシーになる感じがまだ日本にはない。ワールドカップを日産スタジアムでやったけど、もう何年か経ったらあそこでワールドカップの決勝をやったことを横浜の人すら忘れていて、もったいないなと思います。正しいレガシーにするために、デザインとか多様なシートもそうですけど、その競技が好きな人だけではなく、地域の人やそこを訪れる人、本当にいろんな人が楽しめるようにあらゆる側面で工夫しなくてはいけない。お客さん目線とおっしゃっていましたけど、そういう目線を持つ人がもっともっと増えてこないと、スポーツを含めてエンターテインメントビジネス全体が発展しないと思うんですよね。

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池田 2025年までにスポーツ産業を15兆円にすると言っていますが、そうなるためには経営者も足りないと思うし、スポーツビジネスの人材がもっともっと育たなくてはならない。別に新しくつくる必要ばかりではないと思いますが、今ある既存の施設、ハードをリデザイン、リモデリングして、これからの裾野の広いスポーツビジネスにそぐうハードという点でもまだまだ足りない。それぞれの競技の聖地、レガシーとしてのハードという点でもまだまだ足りない。そしてハード作るときにも、スポーツビジネスを考えるときにでも、スポーツエンターテイメント先進国のアメリカを研究したりする視野もまだまだこれからだと思います。

川淵 ともかくね、アメリカのエンターテインメントを研究することだよね。何もすべてをマネするっていうんじゃなくて、その中で日本に合ったものを取り入れればいいんだよ。

既成概念の枠を外して自らルールを作る

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池田 スポーツ経営においては、しっかりビジネスをやるということと、地域にちゃんと密着するということですよね。親会社も含めて、地域のためにどうやってスポーツがあるべきかということを考えないと密着できないですよ。

川淵 バスケットのことで、自分自身がこういうことなんだって思ったことがある。初めに、bjリーグの15億円の資本金が債務超過寸前になっていて、「それをどうやって回収するのか、これを回収できない限りはリーグを統一することができない」とbjリーグはずっと言っていた。だから、うまくいかないわけでね。ここに焦点が全部集まり、最後にいつも、ここが難関でリーグ統一が進まなかったんだよ。そこばかり見ているから解決しない。15億円なんて捨てちゃえって(笑)。バスケットボールには63万人を超える登録者がいて、300億円、400億円にもなる市場を作れるんだから。15億円なんかガタガタ言わず、みんな退会してこっちに来いということで今回Bリーグがスタートしたわけでね。そういう考え方の枠を自分ではめ込んじゃって、そこからなかなか出られないんですよ。そこから出たのが横浜DeNAベイスターズじゃないの? 何百人かの投資家がいて、それに話をつけるのは無理だって、初めに思っちゃうから努力をしようということに普通はならない。「ここを突破しないと、突破したら変わるんだ」っていうものの考え方が日本人はできないんだよ。みんな、はめ込んだ枠の中でどうしようかと言うばかり。今回のバスケットで本当にそう思った。どうにもならないなって。

池田 Jリーグの構造を作られたのも、Bリーグを作られたのも、僕がベイスターズやらせてもらったのもおっしゃっていたとおりですよね。僕はルールにコントロールされてしまうのが勿体無さ過ぎて嫌いなんですよね。だったらコントロールするルールを自分で作ればいいと思っています。

川淵 そういうことだね。

池田 みんな既成概念って言うけど、自分たちでルールを作っちゃえばいいと思います。川淵さんは作った人。Bリーグも作られてすごいなと思います。

川淵 やっぱり行動するっていうことだよ。言うだけじゃさ……。でも、言うだけも言えないよ(笑)。やっぱり有言実行やね。たぶん池田さんもそうだと思うけど、失敗したらどうしようかなんて考えてやっていないはずだよ。僕はそんなの思わなかったもん。失敗したらどうしようかではなく、もうやるしかない。そう思ったよね。

池田 そういうことです。ダメだったらもう終わり(笑)。

川淵 本当、本当。

スポーツ界を導くリーダー像

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(写真=サッカー日本代表の本田圭佑。川淵三郎氏は「揺るぎない自信があって、自分の考えがしっかりしている」と本田を評価している)

池田 結局はリーダーだと思うんですよね。そのように決めて、恐れずにやってくれる。ルールにコントロールされないリーダーがいないと15兆円なんていかないと思います。

川淵 「今の若者は世界に出て行きたがらない」っていろんな人が言うけど、僕は全然心配してないもんね。やっぱりBリーグの若手経営者を見ているし、サッカーを見たって本田圭佑みたいなのがドンドンと出てきている。本田みたいな発想ができる日本人がいるんだなって感心したね。普通ならね、現役で自分がレギュラーになれない、この試合も出られないかもしれないというときに、選手ってほとんど発言をしなくなるんだよ。これは僕の経験から言ったって、そう。自分がチームの中でそれなりの地位にいて初めて、発言できるし何事も積極的になる。試合に出られなかったら落ち込んで、ものを言うどころじゃないでしょ。そういうときにでも「ミーティングの時間を短くして欲しい」とかなんとかって監督に言える本田はすごいよ。そういうことを言う選手はあまりいない。本田はそんなときにでも言える。本当に大したものだよ。それだけ揺るぎない自信があって、自分の考えがしっかりしているかなんだろう。あんな選手は今までにいなかった。

池田 軋轢(あつれき)なんか気にしないし、毀誉褒貶(きよほうへん)の世界なんか気にしないってことですよね。

川淵 そう。そういうこと。気にしていたらね、そんなこと言えないもん。そういうときは「試合も出られないヤツが何を抜かしやがんだ。落ち目になっているくせに」とかって、すぐ罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びるに決まっている。それをビクともせずに言える本田は、本当にすごいと思ってリスペクトしているよ。

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池田純氏との対談終了後に、「今日は楽しかった。池田さんの今後が楽しみで、期待しているよ」と締めた川淵三郎氏

【第一回】川淵三郎×池田純。2人の革命児が語るスポーツエンターテイメントの経営と未来

日本のスポーツ界に革新をもたらした、川淵三郎氏と池田純氏。Jリーグ、Bリーグの発足にたずさわり日本のスポーツ界に革命的なインパクトを与えた川淵氏。横浜DeNAベイスターズを5年経営し、横浜スタジアムを買収し黒字転換を達成した池田純氏。分野こそ違えど、両者は共通の視点を持つ。2人が危惧する、日本スポーツ界の未来とは。(取材:岩本義弘 写真:新井賢一)

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岩本義弘

サッカーキング統括編集長/(株)TSUBASA代表取締役/編集者/インタビュアー/スポーツコンサルタント&ジャーナリスト/サッカー解説者/(株)フロムワンにて『サッカーキング』『ワールドサッカーキング』など、各媒体の編集長を歴任。 国内外のサッカー選手への豊富なインタビュー経験を持つ。