目標は、大きく捉える

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――お二人ともチームを立て直すことに成功されたという共通点をお持ちですが、組織のトップに立ったとき、どのように目標を設定して、達成されたのですか?

池田 僕は、プロ野球の横浜DeNAベイスターズで球団の経営をしていましたが、野球ファンだけではなくて、横浜に住んでいる370万人の方々みんなに見てもらえるチームにしたいというのが目標でした。スタジアムに閑古鳥が鳴いている状態でしたから、日本の中で誰もが話題にする状態になることを目指そうと、まず大きな目標を立てました。ですから、あえて「野球、野球」と言わないようにしました。「野球の面白さを伝える」とか「野球は面白いですよ」と言っても、僕が子どもの頃とは違って、もう野球をやっていない人が増えている時代ですから、そうしたアプローチでは難しいのです。

――同じプロ球団ではなく、ディズニーランドやサッカーのFCバルセロナのような規模を比較対象にするという話を記事で読みました。

池田 横浜に住んでいる方々が皆、野球を楽しんでくれれば話は早いですけど、実際にプレーをしてもらおうと考えると、ハードルが高いですよね。道具は安くないし、チームの分をそろえるのは大変です。横浜の皆さんに、野球に触れてもらうために僕たちができることは、スタジアムでプロの本当の姿を見せることでした。「本物」に、まず触れてもらおうということです。その先のことを考えず、まず本物を見てもらうことを優先しました。だから、スタジアムにおける試合以外の楽しみを充実させて、ディズニーランドのような楽しみもありますよ、映画館に行くような楽しみもありますよ、ビールがおいしいですよ、家族で来ると楽しいですよという野球以外の楽しみをスタジアムの中で増やして、スポーツとエンターテインメントを融合させることで、僕はマーケットを作って行きました。

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(写真=井上氏「再建へ全身全霊」  記念写真に納まる、(右から)柔道男子日本代表の井上康生新監督、斉藤仁強化委員長、女子の園田隆二監督)

――スポーツでありながら、ディズニーランドのようなエンターテインメントの楽しみまで求めていくというのは、単に目標が大きいというより、目標自体に広がりを感じます。井上監督は、リオデジャネイロオリンピックでは選手に対して「目標は、金メダルだと豪語しなさい」と全階級で金メダルをいくつかではなく、全階級で金メダルという高い目標を掲げられましたよね。

井上 全日本の監督という立場になった以上は、4年後のリオ五輪という目標が明確に見えていました。ですから、逆算した上で物事を進めていきました。その中で、池田さんと重なる部分があるとしたら、目標の中に複数の要素が入っている点かもしれません。

先ほど、池田さんが言った「本物」という言葉には、共感するところがあります。私は「強さ、地力」という言葉に変えて、必要性を選手に伝えています。柔道でも、あらゆる勝負に勝てる本物の強さ、地力を持っていなければ、大事なところで勝てません。細部の技術だけでなく、シチュエーションの想定と準備をする力も必要です。その場しのぎの強さでは、いけないのです。それでも、まだ、どれだけの準備をしても勝てる保証は得られない世界ですから、あとは確率を少しでも上げていく準備、戦いが必要です。

「目標は金メダル」と言い切ることは、その追求をし続けることも意味します。その上で、私は、全選手と金メダルを目標に戦っていくために、全日本というチームに3つの大きなテーマを立てました。まず、「毎年行われる世界選手権や4年後に行われる五輪のチャンピオンを数多く育てること」、次に「柔道を通して社会を生きていく力を身につけること」、最後に「柔道を通じて社会貢献をできる人になってもらうこと」です。

勝つこと以外も含めた目標ですので、勝てば良いというわけではありません。私自身が柔道を通じて、生きていくために必要な要素をたくさん学びました。ですから、選手たちにも、柔道家の子どもたちにも、一般の方々にも、選手が戦う姿から生きていく力を少しでも感じ取ってもらいたいという思いがありました。これは、柔道の創始者である嘉納治五郎先生が話されていた、柔道を通じた社会貢献でもあります。五輪で勝って、人々に夢や感動を与えることも、私は大きな貢献だと思っていますので、3つのテーマを少しでも達成できるように努力をしていきました。

目標に応じた意識改革

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池田 井上さんの著書『改革』を読んで「あっ、日本代表の強化を人間教育から始めるんだ、すごいな」と思いました。練習方法などだけでなく、選手や指導者の意識自体を変えていったんですよね。捉え方が本質的だなと思いました。練習量を重視したトレーニングも変えたのですよね?

井上 「とにかく集中して1分でも10分でも多く練習をした選手が勝つ」と教えたとして、それは本当なのかという疑問が生まれますよね。やはり、現実に起きている問題を、指導者が理解した上で選手たちに伝えて進めていかないとダメだと思っていました。ですから、どのような練習をしなければいけないのか、世界で勝つためには何を研究しなければいけないのかを突き詰めていくことが非常に大事かなと思ったので、その点に関しては選手たちにも問いかけながら、一緒に学んでいったところがあったかもしれません。

池田 ベイスターズが強くなっていった過程と似ていますね。今までは、お客さんの大切さとか、体の作り方などを座学で教えていなかったんです。職人的な価値観が強くて、3割打てれば良いんだというような狭いところでしか考えられない選手が最初は多かったです。でも、例えばイチロー選手などもそうですけど、世界に目を向けて見れば、技術だけでなくて強い身体が重要ですし、選手が身体について知ることも大事です。だから、座学で選手の意識を変えていきました。

【第二回】井上康生✕池田純 組織再生の極意 改革できるリーダーとは

「『改革』とは、「これまでなかったこと、やったことのないこと、それをやることによって大きな刺激を与えること」と定義した井上康生監督。彼が断行した代表選手派遣見送りという柔道界史上初の出来事に関して、今、その心境を明かす。

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今回対談した2人の書籍がポプラ社より発売中

『改革』(著・井上康生)、『しがみつかない理由』(著・池田純)、それぞれが書いた書籍を読めば、今後連載される2人の対談内容の理解が深まります。

井上康生・著『改革』(本体1500円+税)は、「なぜ井上康生は日本柔道を再建できたか?」をテーマにロンドン五輪後からリオ五輪までの4年間の「井上改革」について記したものです。柔道に関心のある方だけなく、停滞する組織に関わる方などにも参考になる一冊です。


井上康生(いのうえ・こうせい)

全日本柔道男子監督。東海大学体育学部武道学科準教授。柔道家。シドニー五輪100kg級金メダル、アテネ五輪100kg級代表。2016年のリオデジャネイロ五輪においては、1964年の東京五輪以来となる「全階級メダル獲得」を達成する。同年9月に、2020年の東京五輪までの続投が発表された。著書に『ピリオド』(幻冬舎)、監修書に『DVD付 心・技・体を強くする! 柔道 基本と練習メニュー』(池田書店)がある。

池田純・著「しがみつかない理由」(本体価格1500円+税)は、「ベイスターズ社長を退任した真相」がわかる一冊で、赤字球団を5年で黒字化した若きリーダーが問う組織に縛られず、自分だけができることをやり抜く生き方について書かれています。


池田純(いけだ・じゅん)

1976年1月23日横浜市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、住友商事株式会社入社。その後、株式会社博報堂にて、マーケティング・コミュニケーション・ブランディング業務に従事。企業再建業務に関わる中で退社し、大手製菓会社、金融会社等の企業再建・企業再生業務に従事。2005年、有限会社プラスJを設立し独立。経営層に対するマーケティング・コミュニケーション・ブランディング等のコンサルティングを行う。2007年に株式会社ディー・エヌ・エーに参画。執行役員としてマーケティングを統括。2010年、株式会社NTTドコモとのジョイントベンチャー、株式会社エブリスタの初代社長として事業を立ち上げ、1年で黒字化。2011年、株式会社ディー・エヌ・エーによる横浜ベイスターズの買収に伴い、株式会社横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。2016年までコミュニティボールパーク化構想、横浜スタジアムの運営会社のTOBの成立など様々な改革を主導し、5年間で単体での売上が52億円から100億円超へ倍増し、黒字化を実現した。2016年8月に初めてとなる自著「空気のつくり方」(幻冬舎)を上梓。

平野貴也

著者プロフィール 平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト『スポーツナビ』の編集記者を経て2008年からフリーライターへ転身する。主に育成年代のサッカーを取材しながら、バスケットボール、バドミントン、柔道など他競技への取材活動も精力的に行う。